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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
メデューサの瞳

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第4話 総務の洗礼と、秘密の守護騎士(ナイト)

つ、疲れた……。


食堂で、私はぐったりとテーブルにうつ伏せてしまっていた。それを可笑しそうに、コーヒーを片手にした里佳が笑っている。


「なあに、情けない。まだ初日の、しかも半日しか過ぎてないじゃないよ」


うう、分かっているわよ。だけど、凄かったんだもの。



今朝、総務初出勤をした私は、尾崎主任と真菜の大歓迎を受けた。もうこの二人、今にも泣き出すんじゃないかって勢いの歓迎っぷりで。


私の総務部の人々への紹介もそこそこに、そこから尾崎主任の怒涛のレクチャーが始まった。


「基本的な作業は同じだから。いい、これとこれは、こうしてこっちで処理していって……」


PC画面を、呆然と見やる私。尾崎主任は、それを時折確認し、「ここまでは大丈夫?」なんていいながら、ガンガン先へと進んでいく。


そして粗方説明が終わったと思ったら、私の前に山積みの書類が。


「う、うそ……」


思わず呻いた私に、尾崎主任はにこりと微笑んで言った。


「嘘じゃないわ。これがしばらく、毎日続くから。ほら、決算の処理」


決算の処理!? 決算って、一ヶ月も前だったのに! 未だに処理を続けているの!?


……世界が違う。私が今までいた、企画室とは。


呆然とし続けてもいられないので、私は言われるがままに上からの書類を、他の働く社員たちと同じように処理し続けていた。


もう、途中で何を自分がしているのか分からなくなってくる。危ない、危ない。ミスしそう。少し頭を休めなくちゃ。


そう思った私の隣に、二人の煌びやかな服をまとった女の子が立った。


「山岸さぁーん、総務へようこそぉ」


「すんげー嬉しいんですけど。だってメイクのレクチャーしてもらえるし?」


「だよねー。てか、山岸さんてやっぱ綺麗っすねー」


……どう反応すればいいのだろうか。


里佳だったら、ぶっちぎれて「仕事しろー!」って叫びそうだけど。それは私にはマネできない。しかも初日だし。


とりあえず、にっこりと笑って立ち上がり、彼女達に頭を下げた。


「ご挨拶が遅れてごめんなさい。これから、どうぞよろしくね?」


こんな感じで大丈夫かな。頭を上げると、女の子達が、お互いの身体をバンバン叩いている。それにまず、驚いた。


「すんげー、すんげー!! なんつう優雅なお辞儀! やっぱ違うね、元から違う!」


「基礎が違うんだから、私らにはマネできねえっつーの。てか、メイクで何とか誤魔化すしかなくね?」


「だよねー、っつうわけで、山岸さん、メイクしてくんない?」


い、いきなりですか。


引き攣った私は、弾丸トークの二人を見比べ、そして小さく溜息をついた。


ある程度は、主任から聞いていたもの。覚悟はしていた。だから、私は私の方法で頑張っていくしかない。


彼女達に、私はにっこりと笑って言った。


「ごめんなさいね、私がメイクをしてあげるのは、定時後っていうルールなの。仕事中は仕事をしなくちゃ。ほら、こんなに山になってるから、ね?」


そう言って書類を叩くと、彼女達はお互いの顔を見合わせ、そして発した言葉が、


「ふーん、大変なんすね」


がくっ……力が抜ける……というか、どうしてこんなに仕事をしている人としていない人の差があるんだろうか。


尾崎主任に、私はどうも納得がいかなくて。尾崎主任も忙しそうだから、メールを使って聞いてみた。




『暇そうにしている子達がいますが、彼女達に仕事を回しますか?』



すると、返事はすぐに返って来た。



『彼女達は彼女達の特別プロジェクトを組んでもらっています。人それぞれに合った内容の業務をしていますのでご心配なく』



ううーん、どういうことだろうか。


始終スマホをいじったり、自分磨きをしているだけのように見えるんだけどな。


だけど後で主任に聞いて驚いた。


彼女達、やる気なさそうな子グループは、雑用処理は向かないと自他共に認めている存在。このままでは、クビになってしまう。


それを尾崎主任は阻止するために、彼女達の利用するネットワーク……つまり、携帯なわけだけど。それを使わせて、マーケティングをさせているそうだ。


市場調査を、スマホで?


首を傾げた私だったけど、一人の女の子が「あっ!」と声を上げた。


「主任! 西芝が、株価上げてきやがりましたけど! これ、絶対なんか開発した臭いんすけど!?」


「ああ、本当。それじゃ、すぐに常務へ詳細をメールして。西芝の発した速報もチェックしてね」


「あーい、りょうかーい」


何て感じでやりとりしている。


何かここ……どこ?


私は自分自身がよく分からない状態になりながらも、与えられた終わりの見えない仕事をこなして、長い長い午前中を過ごしたのだった。



「はあ……」


自分で選んだ道だから、グチとか言いたくないけど。でもやっぱり出てしまうのは溜息。


ああ、こんなの嫌だ。もっと前向きに考えなくちゃ!


「まどかぁ、大丈夫? 各所の決算の処理と平行に、これから経理の決算もあるんだけど」


心配そうな真菜の言葉に、私はびくりと身体を震わせた。


ほ、本当に? 経理? どうして!


「だってほら、前期から総務と経理を合併したじゃない。リストラ兼ねて」


ああああ! そうだった。すっかり自分と関係ないと思って忘れていた。


うちの会社も、他の会社と同様に、不況の波が押し寄せていて。


総務と経理を合併するという無茶をしてくれたのだった。それをすっかり忘れていたなんて、私ったらなんてダメ女……。


「うう……」


小さく唸りながら、何とか自分を奮い立たせようとしていた、その時。


「遅くなっちゃった。あれ、山岸さん、大丈夫?」


低すぎず、ふわりと耳に入ってくるその声。


そして私を覗き込むその空気と共に漂う香り。


私はシャキーンと目が醒め、ばっと身体を起した。目の前にいる、里佳と真菜が、ぎょっとしているけど、知ったことではないわ。


私はすんなりと出た笑顔を浮かべて、隣に立ったそのいい香りの持ち主を見上げた。


「大丈夫よ! 不破さん、お疲れ様!」


もう、どうしてかしらね。あれだけヘロヘロになっていたのに、直人さんの声を聞いただけでもこんなに元気が沸いてくる。


ニコニコ笑顔の私の前に、里佳と真菜がいたもんだから、直人さんは座っていいものかどうか戸惑っている。


そんなに気を使う子達じゃないのに。二人とも、直人さんが私の彼だって知っているんだから。


「座って座って。あ、でも先に食事を選ぶのが先よね。私もまだ食べてないの。一緒に選ぼう?」


「え、まだ食べてなかったの?」


休憩始まって、もう二十分過ぎているものね。でも、全然食べる気しなかった。


だけど今は、直人さんと一緒に食事を選んで一緒に食べたい。


私は財布を取り出し、直人さんと二人で食券を迷いながら買って。私が選んだものと、あなたが選んだもの、お互いに美味しそうだねなんて言いながら席に戻って。


二人でニコニコしながら食べ始めたら、頬杖をついて、私たちを始終見ていた里佳が、冷えた眼差しでボソッと呟いた。


「史上最強のバカップルがここにいるよ、真菜」


「えー? そんなこと言ったら失礼だよ。確かに見ていてうっとおしいけど」


なんて失礼な友人達なの!!


私が頬を膨らませ、直人さんが顔を真っ赤にしていると、ふと思い出したのか、真菜が直人さんを覗き込んだ。


「あのこと、言っちゃおうかなー。言ったらきっと、まどか喜ぶもんね。そしたら、仕事へのエネルギー倍増になるもんねー」


直人さんは、真菜にきょとんとしていたけど。すぐに更に顔を赤くして、目の前で両手を振った。


「よ、横峰さん、余計なこと……!」


「あ、面白い反応。不破さんていじりがいあるー」


大喜びの真菜と、大慌てな直人さん。私と里佳は、何が何だか分からない。


すると、真菜はくすくすと笑って教えてくれた。直人さんはもう、食事の手を止めて頭を抱えている。


「あのね、不破さんがこの間、報告書を出しに来た時なんだけど。その時、たまたま対応したのが私で。それでね……」


その時、報告書を提出しながら、直人さんが真菜に言った言葉は。


『まどかちゃん……ええと、山岸さんは、気を使いすぎたりとか、頑張りすぎたりするところあるから、フォローしてあげて欲しいんだ』


真菜は、その言葉を聞いて、果たしてその言葉の真意は総務へ来ることなのか、それとも普段の生活に対して友人としてなのかと尋ねたら。


『普段私生活だったら、俺が見れる部分があるけど、総務部内だと俺は山岸さんを護ってあげられないから……』


そう言ってくれたそうで。


もう私は、感動以外、どんな言葉を表せばいいんだろうか。


ジーンとして、ウルウルして。隣で恥ずかしそうにしている直人さんに抱きつくのを我慢するのが精一杯。


だってだって。私を護ってくれるって。そう言ってくれたのよ!? 信じられない。しかもそれを、私の友人に。


「もー、びっくりしたわよ。寄りによって不破さんの口から、そんな言葉が聞けるなんてねえ。メチャクチャ見直した。ごめんね、不破さん。今までキモイとか思ってて」


真菜は、悪びれずあっさりととんでもないことを口にしてたけど。でも私はもう有頂天になってしまって、この地上に意識が戻るにはもう少し時間が掛かりそう。


里佳は、何か分からないけど大爆笑しているし。


私は直人さんのスーツの裾を、そっと握って。それだけじゃ足りなくて、こっそりと腕を引っ張って、その腕を下ろさせて、これだけの人がいる中で、きゅっと手を握った。


心配してくれて、ありがとう。


その言葉は、二人きりになったら言うから。だから、今はこれだけで。


硬直してしまった直人さんの手のぬくもりに、私がうっとりして幸せ気分を満喫していると、背後から甘いのんびりした声が流れて聞こえた。


「あのぉー、ここ、いいですかぁ?」


そう言って指差したのは、直人さんの隣。


そしてその声を発したのは、長い髪をふわりとウェーブさせている、可愛い顔立ちの女の子。


今の企画室庶務担当の、芹沢さんだった。

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