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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
星に願いを

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第4話 レンズ越しに伝わる『可愛い』

直人さんの手のぬくもりに、甘えてしまった。


散々泣いてしまったら、今度はとっても恥ずかしくなってしまって。どうしよう、顔を上げられない。


直人さんの腕にしがみ付いたまま、私が無言でいると、直人さんはごそごそとポケットを探り、私の顔を僅かに上げさせて、ハンカチで私の目元を押さえた。片手で、器用に。


驚いた私は、そこでハッと気付いた。私、泣いてしまった。ということは、メイクが崩れている。


とんでもないブサイクな状態を、直人さんに晒してる……!?


「あ、あの、ちょっとだけ待っていて!」


私は慌ててバックを手に、化粧室へと向かった。鏡で見たら、やっぱり。マスカラやアイラインが涙で崩れて、まるでパンダみたい。


あああ、何て顔を直人さんに見せてしまったんだろう。恥ずかしい! 穴があったら入って蓋をして、閉じこもりたいよ。


どうしよう、戻りたくない。どんな顔をして、直人さんに会えばいいの?


しょぼんとして、それでもメイクを完璧に修復して。


トボトボと席へと戻ると、ボーッと一点を見つめていた直人さんが私に気付き、にこりと微笑んだ。


「お帰り、大丈夫?」


なんとも無いような顔で、出迎えてくれた。グチャグチャになってしまった私の顔を見て、本当はきっと驚いただろうに。


直人さんの優しさに、私は沈んでいた心がちょこっとだけ晴れて、恥ずかしながらも笑みを浮かべて、直人さんの前に座った。


「乾杯、しよう?」


直人さんがそう言ってくれて、私もビールのジョッキを手にして。


今日一日、無事に終わったことに乾杯をした。


さっき、私が突然泣き出してしまったことには直人さんは、何も触れずにいてくれて。他愛ない話をしていた。聞かれても、凄くきっと困った。理由が私自身にも分からない。多分、色んなことが最近あって、それで心が混乱してしまっていたんだと思う。


私は、周りが思っているよりも、自分自身で思っているよりも。ずっと弱い人間なんだって実感した。


でも、それを直人さんは受け止めてくれている。だからこうして、今、私の前にいてくれる。それがとても嬉しかったの。直人さんの傍は、凄く心地いい。安心していられる。


浮かれたり沈んだりが激しい私でも、直人さんの傍にいれば、いつでも私でいられると思う。


ずっとずっと、傍にいたいな。体温を感じられるくらい、傍にいたい。


そんなことを考えながら、メニューを眺める直人さんの長い睫に見とれながらも、ふいに聞いてみた。


「ねえ、直人さん。どうしてうちの会社を選んだの?」


だって直人さんくらい頭のいい人だったら、もっと条件のいい大手の会社でも入れたと思う。


うちの会社は、そこそこ大手と言われる会社だけど、業績がいいとはあまり言える状態ではないし。


そう思って聞くと、直人さんはメニューをぱたんと閉じて、少し照れたように話し始めた。


「俺が中学生の時だったんだけど。俺の父親が経営していた会社が、傾き始めてね。多角経営をしていたんだけど、手広くやりすぎたんだな。危なくなってきた時に、手を差し伸べてくれたのが、うちの社長だったんだ」


パソコンが好きだからとか。


企画に興味があったからとか。


そんな理由だと軽く思っていた私は、直人さんの言葉に驚いて、驚きすぎて。瞬きを繰り返すことしか出来なかった。


直人さんは、グラスを手にしたまま、僅かに目を落として。そして時折考えて止まりながらも、言葉を続けていった。


「その時に社長が助けてくれなかったら、家は破綻していた。その後、親父は病死して、会社は当時役員だった人が継いだんだけど。でも、俺はどうしても社長に恩返しをしたくて。それで、うちの会社に入社することを決めたんだ」


お父様、もう亡くなってしまったんだ。きっと今の直人さんの姿を見たら、喜んで下さるに違いない。


恩返し、しているよ。会社にメチャクチャ貢献しているじゃない。直人さんが決めた、いくつものプロジェクト。私は知っているもの。


あんなに熱意をもって、仕事をこなす直人さんの心の中を聞けて、私は感動してしまった。


そうだったんだ。そんな理由があったのね。


話していて、照れてしまったのか、手で顔を仰ぐ直人さんに、私はにこりと微笑んだ。


「話してくれて、ありがとう。それから、ごめんね?」


「どうして? いや、返って大した話じゃなくて……」


「ううん、そんなことない。ただ、お父様のこと……」


私にはまだ経験がないけれど、でも自分の親が亡くなってしまったこと、話すの辛いと思うもの。


そう感じた私が言うと、直人さんはくすりと笑って首を振った。


「気にしないで。でも、残念だな」


「え?」


「父さんに、まどかちゃんを会わせたかったな。きっと凄く可愛がったと思うよ」


「ええー? そんな、私なんて気に入っていただけるかしら」


私、かなりおバカだし。空気読まないし。そう思って頬に手を当てると、直人さんはぐいとジョッキを煽ってくすくすと笑った。


「絶対、気に入る。断言出来るよ。……まどかちゃん、今度さ、その、今度……」


言いよどんだ直人さんに、私は首を傾げて続きを待った。すると、直人さんは眼鏡を少し上げて、私を真っ直ぐに見つめた。


「今度、家に来てくれないかな」


僅かに真剣なその眼差しに、私はドキドキがマックスになっていく。


「家にって、直人さんの?」


「うん、あの、妹が、まどかちゃんに会いたがっていて……」


「妹さん、いるんだ?」


知らなかった。また一つ、直人さんのことを知った。ふふ、どんな人なんだろう。直人さんに似ているんだったら、きっと綺麗な人なんだろうな。


それにね、私に会いたいだなんて。直人さん、ご家族に私のことを話してくれているんだ。凄く凄く嬉しいよ。


実は、私も家族に直人さんのことを自慢しまくっているんだけど。私も会ってもらいたいなって思っていたのを、直人さんが同じ思いでいてくれたことに、感激してしまう。


「妹さん、いくつなの?」


「十四歳。年、離れているんだ。まだ、中学生なんだけど、化粧とかに興味があるみたいで。まどかちゃんのことを話したら、会いたいってうるさくて。あ、もし嫌だったら、別に無理しなくても」


そっか。そういうのに、興味がある年頃だものね。うん、教えちゃう。バシバシ教えちゃうわ。


まだ、メイクデビューするには早いけど。肌、荒れちゃうからね。


だけど、テクを伝授する分には構わないだろうし。


何よりも、直人さんのご家族に会えるなんて。興奮して止まらなくなっちゃうわ。


「お会いしたい。ぜひ、紹介して? 出来たら、お母様がいらっしゃる時に」


そう言ったら、直人さんは照れたような、嬉しそうな顔を浮かべて頷いてくれた。


気合、入るわ。大人しめなスーツで行こう。メイクもナチュラルめで。気に入って頂けるように、頑張らなくちゃ。


心の中で、すでに臨戦態勢ばりの気合を入れている私に、直人さんはごそごそとスマホを出し、私に困ったように首を傾げた。


「その、あの……お願いが、あるんだけど」


「なあに?」


珍しい、直人さんからのお願いだなんて。私がにこりと微笑むと、直人さんは、暗い店内でも分かるくらい、カーッと顔を赤くした。


「今話した妹が、どうしても、まどかちゃんを写真、撮って来いってうるさくて……一枚だけでいいから、撮らせてもらえないかな」


何だ、そんなこと。そうよね、兄弟の恋人って、気になるよね。一人っ子の私には分からないけど、きっとそうだと思う。


私は頷いて、髪を軽く直して、椅子に座りなおした。


「はい、どうぞ?」


そしてにっこりと微笑を浮かべると、直人さんはぎこちない動きで、スマホのレンズを私に向けて。カシャッと音を立てて、写真を撮った。


「どう? 撮れた?」


直人さんの傍に寄り、画面を覗き込むと。うん、まあまあかな。笑みを浮かべた私が映ってる。


直人さんは、嬉しそうにそれを保存して、半腰で立つ私を見上げた。


「ありがとう、まどかちゃん。妹、きっとびっくりするよ。こんな綺麗な人が彼女だなんて、絶対思ってないだろうから」


「ええー? そんなこと……」


「あ、そうだ。これ、待ち受けにしよう。設定って、どう変えるんだっけな」


えっ、私の画像を待ち受けに!?


私は凄く恥ずかしくなってしまって、両手を顔面で大きく振った。


「やだやだ、駄目! だったら、もう一度撮って? もっとちゃんと……」


「これがいい。この画像がいいんだ。凄く可愛く撮れてるよ」


直人さんは、目を細めて微笑みながら、設定画面をいじってる。ううー、待ち受けにするなんて、恥ずかしいのに。でも、嬉しいけど。


けど、それならばと私もスマホを取り出して、照れて嫌がる直人さんを、一枚と言わずに何枚もバンバンと取り捲った。こんなチャンス、もういつ訪れるか分からない。


照れ屋な直人さん、写真を撮らせてくれることなんてないから。だから、今日は私のを撮ってもらったことを免罪符にして、たくさん写真撮っちゃった。


厳選して、一番いいのを待ち受けにしちゃおう。


その後、私たちは更に写真を撮りあったり、二人での初めての写真を撮ったり。頬を寄せて撮ったこの一枚、ずっとずっと大切にするわ。


そして、お互いの家族の話をしたりして。地元に住んでるの直人さんは、遠い私の田舎の話をしたら、楽しそうに目を輝かせて聞いてくれた。


嬉しい、楽しい時間。こんな時間が、永遠に続けばいいのにな……。

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