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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
真実の想い

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15/19

第5話 公私混同のその先へ

キス一つで、全てが解決する……




だったら。一度だけだったら。




どうしてだろう、一瞬だけ、そう思ってしまっていた私は、瞳を閉じかけていた。


疲れてしまったのかもしれない。拒否しても、拒否しても言い寄ってくる石橋さんに。


だったらいっそ、一度だけ、キスだけならと。この時は、そう思ってしまった。




「まどか……」


小さく囁く声。


その声を聞いたとき、私はカッと開眼し、そして両手を石橋さんに突き出した。


「いやっ!!」


「ま、まどか?」


よろめく石橋さんは、それでも踏みとどまり、更に私に手を伸ばした。


ぞくりとするほどの嫌悪感が私を襲った。


なんてことをしそうになったのだろう、私は。ここで唇をこの人に許したら、私はもう直人さんに顔向けなんて出来ない。出来る訳が無い。


再び近づきつつある石橋さんに、私は目をぎゅっと瞑って叫んだ。


「嫌だって言ってるでしょー!!」


叫びながら、私は両手だけではなく、両足もバタバタと激しく動かした。触れられたくない。私に触れていいのは、直人さんだけなのよ!


一瞬、つま先がくにゃりと何かに当たったような気がする。


「ぐぁ!?」


石橋さんは激しく唸り、私の手を離してその場に蹲ってしまった。


え……何があったの?


しばらく悶絶していた石橋さんは、冷や汗を流しながら窓に手を当てて半腰で立ち上がった。うう、と低く唸りながら。


その姿を見て、私は自分が何をしでかしたのか気がついた。


その、あの、ええと……男の人の急所? そこをキックしてしまったのだった。


「ちょっと、石橋さん!? 大丈夫?」


思わず慌てて声を掛けると、石橋さんは真っ青になった顔でちらりと私を見て、まだ低く唸りながらも苦笑を浮かべた。


「すげえな、全力で拒否されちゃったよ……」


「あの、ええと……」


「あーあ、やっぱ俺、力づくって駄目だ。向いてねえ。くそー、悔しいな。だけどな、まどか。お前は俺を拒否したけど、不破は男だからな。誘惑に勝てるかどうか分かんねえぞ」


石橋さん、何が言いたいの。さっぱり言ってる意味が分からない。


力づくって……私、押し倒されたかもしれないの!? ひぃ、危ない!! 怖い!


だけどそのことよりも、誘惑という二文字が私の脳裏に焼きついた。


ピコーン、ピコーンと危険信号が頭の中を駆け巡る。私に危機を……直人さんの危機を知らせてる。


私はまだ青ざめた石橋さんのネクタイを握り締めた。


今日、石橋さんには、とっても迷惑を掛けてしまったけど。でも、今のでチャラよ。セクハラで訴えないであげるわ。


だってそれよりも、聞きたいから。


私はにこりと笑って、石橋さんにぐいと顔を近づけた。


もうさっきまでの恐怖心は消し飛んでいた。それよりも、何かが私の中で湧き上がっている。


もし、万が一、直人さんに何かあったら。私はその相手を絶対許さない。


「教えて。何のこと?」


目を眇めて微笑んだら、石橋さんは見たことがないほど顔を引き攣らせた。






数分後、私は会議室を飛び出していた。社内だというのに、走る私。通り過ぎるおじさまが眉を潜めて何か言っているけど、聞こえない。


だって、だって。信じられない。




石橋さんを煽ったのが、里佳だったなんて。




『欲しいのなら、奪い取ればいい』


そう言ったと、石橋さんは教えてくれた。きっと、里佳は直人さんのことが好きで、それで邪魔な私を石橋さんの手に堕とさせるために言ったのではないかと、そう言っていた。




嘘でしょ、里佳。だって私には、一言も直人さんに対するいい言葉を言わなかったじゃない。


『まどかがねえ、あんなジミーを選ぶとは』


そんなことばかりを言っていたのに。それって気持ちの裏返しだったの? 


全然気付かなかった。


もしそうだとしたら、私、直人さんを好きな里佳に対して、散々のろけてしまって。傷つけてしまったかもしれない。


申し訳ない気持ちが膨れ上がるけど、でも。




辿り着いた第五会議室。ここに、里佳と直人さんが二人きりでいるはずだ。


中で、何が起きているんだろう。


『不破さん、私なら、まどかよりももっといい思いをさせてあげられるわ』


『な、南條さん……?』


『ふふ、可愛い。真っ赤になってる。さあ、私がリードしてあげるから、ね?』


『あっ、南條さん……里佳…………』


嫌だ!! 絶対ダメ!


私は自分の妄想に震え上がり、ノックしたのも慌しく、会議室の扉を勢いよく開いた。


「そこまでよっ、里佳!!」


そう叫ぶと、狭い会議室に隣り合わせで座っていた里佳と直人さんが、驚いた顔をして私に振り返った。


そして里佳が、にやりと笑うと、直人さんの腰に手を回しそうになる。それを見て、私は悲鳴に近い声を上げて、二人の間に割って入った。


「やだ、ダメ!! いくら里佳でも、直人さんは渡さないわ!」


「ま、まどかちゃん、どうしたの?」


背後で直人さんがびっくりしたような声で言うけど、私の目は里佳を見据えたまま。そして里佳は、赤いルージュを塗った唇を弓形に作った。


「あらあら、どうしたの、まどか」


「とぼけても無駄よ。全部石橋さんに聞いたわ。石橋さんに、私を力づくで直人さんから奪い取るように煽ったそうじゃないの!」


「ふうん、やっと行動に起したんだ。で、どうなったの? 押し倒された? キスの一つもしてやったの?」


里佳は長い足を組み、面白そうに私を見上げる。


なっ、何てことを言うの、直人さんの前で!!


私は、カァッ! と顔が熱くなってくるのが分かった。それと共に、怒りが増してくる。しれっとした里佳の態度、信じられない!


「何もないわよっ! それよりも、里佳には絶対直人さんは渡さないんだから!」


「私が不破さんを? はっ、興味ないわね、こんな笑顔一つ浮かべられないような、無愛想なつまらない男なんて」


え?


興味、ない?


混乱してきた私。何で、どうして。じゃあ、石橋さんを何で煽ったの?


口をパクパクさせている私の前に立った里佳は、短めの髪を掻き揚げ、私の胸に指を突きつけた。


「まどか、私はあんたが嫌いなの」


ストレートな里佳の言葉に、私は更に言葉を失った。


一番仲のいい友人だと思っていた里佳の、まさかの言葉。


動揺して、何も言えなかった。


そんな私を見ながら、里佳は唇の端を上げた。


「ずっとあんたが嫌いだった。いつも笑顔を浮かべて、頑張ってます! ってオーラを出して。それでいて、皆から好かれて、信頼されて。眩しすぎるのよ、あんたは」


そんな……信じられない。里佳から、そんな目で見られていたなんて。


私なんて、企画室の皆のサポートをするくらいしか能がなくて。化粧だって、好きだから頑張ってる。頼まれて、嬉しいから『アフロディーテ』なんて恥ずかしい異名を持ちながらも続けていた。


私にしたら、里佳の方がずっと眩しいのに。美人で、キビキビしていて。仕事が出来る女性の代表! みたいな感じで。


「眩しいから、気になる。そして、イライラすんのよ。どうしてそんなに浮かれてるの。不破さんと他の皆との対応を変えたら、あんたに憧れる男たちの攻撃が、不破さんにますます向かうことが分からないのかしら、この馬鹿は。ずっと、そう思ってたのよ」


里佳の揶揄するような声に、はっとした。


確かに、最近私、浮かれすぎてた……職場では、出来る限り『不破さん』と呼ぼうと努力していたけど、でも。嬉しい気持ち、高鳴る想いは隠せなかった。


「だから、お灸をすえてやろうと思ったのよ。石橋さんなら、普段からあんたに言い寄ってるからね。まあどういう行動に出るか予想ついたし。そして、まどかがどう反応するかも分かってたわ。今頃、股間押さえて蹲ってるんじゃないの?」


「凄い、何で分かったの!」


思わず言ってしまった私は、無言で立ち上がった直人さんに気付き、はっと口元を押さえた。


「石橋が、なんだって?」


直人さんの、眼鏡越しの目が細まった。こ、怖いよ、その目!


どう説明しようか迷った私に、更に里佳が言った。


「まあこれで、石橋さんのウザいアプローチも、しばらく影を潜めるだろうし。万々歳じゃないの。まどか、これに懲りて、しばらくは幸せモードを控えなさいよ。あんたみたいなのは、絶対仕事に支障をきたすんだから。あの失態は、あんたの色ボケが撒いた種よ」


里佳はぽん、と私の頭を軽く叩いて会議室の扉を開いた。


呆然としている私に、里佳は出て行きすがら振り返り、にやりと笑った。


「そうだ、今晩はまどかの奢りね。いいところに連れて行ってよ」


「でも、だって、私のこと、嫌いじゃ……」


戸惑って言う私に、里佳はもうシャキッとした背中を見せて手を振った。


「あー、嫌い、嫌い。大嫌いよ。今日は日本酒飲みたいから、和食の店ね。任せたわよ」


そう言って、里佳は出て行ってしまった。


何だったんだろう。一体……。


立ち尽くした私の肩に、ふいに重みが掛かった。振り返らなくても、それは直人さんのものだと分かるけど。嬉しいよりも、何だかビクビクしている私。


「え、えっと、直人さん……?」


「大体、話の流れは掴めた。要は、南條さんに一番煽られたのは、まどかちゃんってことだよ」


ええ!? 里佳から私、煽られたの?


何だかよく、まだ分からないけど、でも。


グサッと来た、あの『まどかが嫌い』って言葉は、額面どおりに受け取らなくてもいいのかな?


私、馬鹿だから言われた言葉をそのまま信じちゃうけど。でも、今晩、一緒に飲みたいって言ってくれたから。


きっと、違うよね、うん、違うはず。


そっか、私を心配してくれたんだ。


私は何だか嬉しくて、さっきまでの緊迫感を忘れて、にこにこ笑顔を浮かべてしまったんだけど。グッと肩を掴んだ直人さんの力が強くなった。痛いというほどじゃないけど、でも。


背中に感じる鬼気迫るような雰囲気を感じて、怖い。


「まどかちゃん、石橋、今どこにいる?」


その声には、逃げられない。私は直人さんを連れ、さっきまでいた会議室に戻った。


するともうそこには石橋さんはいなくて、ならばと居室に戻ると、やっぱり自分のデスクに座っていた。


「石橋」


突然、直人さんが小さく呼びかけ、石橋さんは眉を寄せて彼を見上げた。


「ああ? 会議の礼は言わねえぞ。お前と共同企画だってことにしたんだから、それでいいだろ」


「そうじゃない。そんなことは、どうでもいい」


珍しく言い切った直人さんは、次の瞬間、急に真っ赤になり、俯いてしまった。


私も言われた石橋さんも、訳が分からずにいると、直人さんはぐっと手を握り締め、石橋さんを真っ直ぐ見据えた。


「ま、ま……まどかちゃんは、お、俺の彼女だから。だから……だから、手を出すな!」


何度も詰まりながら、どもりながら。


顔を、茹でダコのように真っ赤にしながらも。


それでも、直人さんは言い切ってくれた。


私は感激してしまって、両手を口に当てて、涙が出そうになるのを堪えた。抱きつきたいのを、我慢するのが精一杯だった。


石橋さんは、驚いたように私と直人さんを見比べて、そして面白くなさそうな顔で、ディスプレイに目を向けた。


「んだよ、『直人さん』に『まどかちゃん』かよ。あーあ、やってらんね」


「石橋さん……でも、私、本当に……」


「俺は認めねえ。不破ごときに負けて堪るかってんだ。くそ、不破、今日の企画、絶対通すぞ。んでもって、次の企画は俺が勝つからな!」


「同じ企画室で、勝つも負けるも……」


「うるせえ、まどか! これは男の勝負なんだよ! 女は口出しすんな!」


ムッ! 何よソレ。


私が唇を尖らせると、まだほんのりと顔を赤くしたまま、くすりと笑った直人さんが、腰を屈めて立ったまま、机の上にあった付箋にメモを走らせた。そして、それを私に渡した。


見ると、それは英文で。有り難いことに、筆記体じゃなかったけど、でも私にはチンプンカンプン。本当に本気で、英語って苦手。


直人さんもさっさと机に向かってしまったので、私は付箋に書いてあった言葉をネット辞書で調べてみた。幸い、そんなに長い文章ではなかった。


「ええと・・・・・・?『Iwill never let you go. I will never hand you over to anybody.』・・・・・・翻訳っと」


ぽちっと日本語変換をしてみて……私はその場で泣き崩れそうになってしまった。


だって、嬉しくて。


そこに表れた日本語訳は、


『絶対きみを手離さない。誰にも渡さない』


そうあった。




私も。私もあなたを離さないわ。これからも、想い続けていくから。だから、覚悟して。


里佳に言われたことも、頭に入れながら、二人で社内恋愛していこう?


私はその付箋を宝物にしようと心に決めながら、こっそりと私のスマホから直人さんのスマホにメールを打った。


私が出来る、情けないけど心をこめた英文。




『I love you』




僅かに振り返ると、もうガンガン仕事を再開している直人さんの背中が見える。




大好きよ。愛してる。




あなたに、私の想いが届きますように。

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