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恋するアフロディーテ  作者: 沙莉
真実の想い

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第3話 背中の盾と、冷徹な正論

一斉に私に集まった目線を防ぐかのように、ふいに私の前に立った背中は、直人さんのものだった。


後悔の念と、企画室員の皆に申し訳ない思いでいっぱいの私の目の前に立つ直人さんは、静かに口を開いた。


「山岸さんに、全部罪を押し付けるのは、おかしいと思う」


まさか。


信じられなかった。


あんなに照れ屋さんで、誰とも自ら進んで口を利かない直人さんが。


私を、こんな多くの人の前で庇ってくれている。それも、はっきりとした口調で。


一瞬、社員たち皆が私と同じ思いを抱いたようで、静まり返ったけど、でも。


一人の男性社員が慌てるように直人さんに言った。あの、『どうすんだよぉー!』って頭を抱えてた人だ。


「そんな、山岸さんに罪を押し付けるなんてしてねえよ。だけど、庶務担としてはさ……」


「社内ウェブページを確認するのは、庶務だけの仕事じゃない。大事な知らせは、メール以外でも掲示板に載ること、今までもたくさんあっただろう。それを今まで、誰が教えてくれていた? 山岸さんだろ。総務が山岸さんにメールを送信して来なかったのは、きちんとあちらに報告すべき失態だけど、でも、俺たちもちゃんと毎日、自分で掲示板をチェックするべきだった。山岸さんに、頼りすぎてたんじゃないかな」


直人さん……!


私はいつも無口な彼の言葉に、凄く熱い思いを感じて、そして心が暖かくなった。


皆、当然のように私を責める。私もそれを甘んじて受け、そして後悔の念で張り裂けそうになったけど、でも。


直人さんは、企画室全体を考えてくれて……確かに、直人さんの言うこと、度々あった。


掲示板に載せられて、メール配信されない重要な事柄なんてたくさんある。それに気付くたび、私は企画室員全員に、その内容を一斉送信していた。


それが、当たり前になってた。私も、企画室員たちも。


だからこそ、仕事を休めなかったりするけど、それが遣り甲斐に変わっていったのも事実。


だけど……違うのかもしれない。私は、皆の注意力というか、社内を見渡す力を奪っていたのかもしれない。


直人さん、気付かせてくれてありがとう。


でもね、やっぱり私、責任の重さ、感じる。


だから、彼の背中に触れ、もう一度皆に謝ろうとしたその時。


ずっと黙りこくっていた石橋さんが、深い溜息をついて私をびくりとさせた。


だって一番間近で被害を受けたのは、彼。どうするんだろう、これから間もなく始まる会議……あと、三十分を切ってしまった。


その石橋さんが、ひょいと身体をずらして私を覗き込んだ。


「んだよ、まどか。なんつう顔をしてんだ。別嬪が台無しだぞ」


「だって……本当に、申し訳なくて…………」


私がシュンとなって言うと、石橋さんは茶色い髪に手を当てて、肩を竦めた。


「ムカつくけどな、不破の言うとおりだ。誰もまどかを責めることなんざ出来ねえよ。俺もなー、全部サーバーに資料入れていたのが悪い。ま、珍しくやる気を出したバチが当たったのかね」


いつものように、軽い口調。だけど、だけど。


昨日、本当に頑張っていたもの。定時過ぎても、帰る様子なんてなくて。それを知っているだけに、私は更に落ち込んでいった。その私に、いつものように軽い口調で、石橋さんは笑った。


「まー、会議は適当に誤魔化すさ」


「しかし、何も資料がないんじゃ……」


「お前、シャレになんねえぞ。分かってんのかよ、社内とはいえ会議だぞ? 上層部も来るんだろ?」


石橋さんに心配げに、男性社員たちが言う。重ねて大丈夫、と言おうとしたらしい石橋さんの前から、いつの間にか移動した直人さんが、自身のパソコンを開きながら電話を手にしていた。


「もしもし、企画室の不破です。サーバーがクラッシュしました。至急サポートをお願いします」


電話の先は、内線、情報セキュリティ部のようだった。


うちの会社はパソコンが最重要なので、その問題解決のためにある部署。いわば、パソコンのエキスパートが集まる部署だ。


でも、データが消えてしまっているのに、どうにもならないんじゃないのかな…………そう不安で直人さんを見守っていると、彼はいつものように、冷静なままにキーボードを操りだした。片肩に、受話器を挟みながら。


「……ええ、昨夜の停電によるクラッシュです。確率は低いかもしれませんが、復旧を試みたいんです。レイドが破損しているのか、これから調べて頂けませんか。出来る限り、リカバしてもらいたいので……ええ、済みませんがよろしくお願いします」


そう言って電話を切った直人さんは、石橋さんに僅かに顔を向けた。それでもまだ、指先はキーボードの上を舞ったまま。今、認証コードを入力中のようだ。


「石橋、最後にデータを保存した時間は?」


「え? ええと、二十三時だったかな」


思わず素直に応えてしまった石橋さんは、その後すぐに苦々しげな表情を浮かべた。本当に、直人さんのことが嫌いなのね。でも、こんなに一生懸命石橋さんのために動いてくれているのに。


直人さんの優しさに、私は凄く感動してしまっていた。


彼の先ほどの電話での言葉の意味が、チンプンカンプンだったけど。でも、直人さんがまるで天敵のようにいつも攻撃してくる石橋さんのために、頑張ってくれているのは分かる。


その姿を見て、私は迂闊にも、涙が出そうになってしまった。


「……ああ、駄目だな。やっぱり昼にバックアップされてた。十時間分以上だけど、今から補えるか?」


「へ?」


きょとんとした石橋さんが、直人さんのパソコンのディスプレイを覗き込んだ。そこに映し出されたのは、パワーポイントで作られた資料。


石橋さんの、作りかけの資料だった。


「うっそー!!」


「どうして!? え、マジで!?」


一斉に直人さんの周りに人だかりが出来て、大きな騒動に変わる。


え、何で? もう、復旧できたの? 信じられない!!


私も言葉一つ出ずに驚いていると、直人さんは少し照れたように頬を赤らめて私を見上げた。


「本当はあまりいい方法じゃないんだけど、バックアップシステムを組み込んでいたんだ。もちろん、室長からは許可を得ているから、問題はないよ」


「ええ!? つまり、直人さんのPCが、サーバーのバックアップをしてたってこと?」


「まあ、俺のPCというか、そういう外部のサーバーにうちのサーバーのバックアップをさせていたって感じかな。一日に、一度しかバックアップしないんだけどね」


そう言って、直人さんは恥ずかしそうに微笑を浮かべた。


いけない、思わず直人さんって言っちゃった。でも、直人さんもまずは今はそんなことを気にしていない様子で。呆然としている石橋さんを、自分の机に座らせた。


凄い、凄い! どうしてそんなに機転が利くの。そんなこと、誰もきっと思わない。サーバーのデータが失われてしまうなんて危機感、持つことなんてないもの。


私は、あまりの直人さんの仕事の出来っぷりに感動しつつ、彼から目を離すことがもはや不可能になっていた。


「もしかしたら、サーバー復旧できるかもしれないので。復旧したら、メールで連絡します。バックアップシステムのガイダンスとアドレスを送信しますので、自分のPCにとりあえず今残ってるデータを戻してください」


そう言って、集まった人々を解散させた直人さんは、なぜかとても面白く無さそうな顔をして、彼ののパソコンを操作する石橋さんをちらりと見て、私に近づいた。


表情は、全くいつもと変わらない。穏やかだけど、少し照れたような端正な顔。


それが、私に近づいて。こんな状況だっていうのに、私のドキドキが膨れ上がっていく。


「まどかちゃん、気にしないでいいからね」


「え……?」


小さな小さな声だったけど。二重にも驚いてしまった。だって、まどかちゃんて。それに、気にしないでいいって……。

でもね、気にするよ。私…………。


うな垂れた私に、更に直人さんは顔を近づけて囁いた。


「まどかちゃんのせいじゃないって言っても、気にするだろ? 意地でも復旧させる。まどかちゃんのせいには、させないから。だから、気にしなくていい」


息が詰まるかと思った。


直人さんの言葉とは思えなかった。


意地でも、何て言葉を使う人と、思わなかったから。


しかも、それって私のために……?

嘘でしょ、信じられない。


瞬きを繰り返す私に、直人さんはにこりと微笑んで……耳は真っ赤だったけど。それでも、ぽんと私の肩を一つ叩いた。


「郵便物の配達、まだなんじゃない?」


ああ、そうだった! それに、会議室の準備もまだしていない。まずい!


まるで直人さんが乗り移ったかのように、ガンガンキーボードを叩く石橋さんに、声を掛けた直人さん。仕事の分担を申し出たみたい。


それに果たして、石橋さんが甘えるのかどうか分からない。


でも、普段のあの関係で、歩み寄って手を差し伸べてくれた直人さんの懐の深さに、今の私はただただ感動するしか出来なかった。


しかも……しかも!!




まどかちゃんのせいには、させない。




その言葉、凄くずっしりと心に来たよ。本当に、嬉しかった。


ぎゅっと手のひらを握り締めて、室長室へ向かう私に、「まどか」と、そう呼びかける声がした。


振り返ると、里佳だ。少し真剣な表情で……それはそうか。いくらある程度のデータは残っているとはいえ、今まで培ってきた努力の結晶が吹き飛んでしまったんだもの。


里佳は、バリバリ仕事をこなす企画室員。彼女も、ショックを受けているだろう。


「里佳、ごめんね。でも、何とか不破さんが……」


言いかけると、里佳はぎゅっと眉を寄せて険しい顔で私を見据えた。


「まどか。不破さんはああ言ったけど、でも私は今回のことの責任の一部は、やっぱりあんたにあると思うわ」


いつもの明るい里佳の声じゃない。それだけ、彼女は怒ってる。


ずきん、ずきん。胸が痛い。


「ご、ごめ……」


「今までのあんただったら、誰かの助けを借りた言い訳なんてしなかったはずよ。それを何? 不破さんに助けてもらうのを待つばかり?」


「里佳……」


「甘えすぎじゃないの? それを、公私混同っていうの、知ってる?」




痛いところを、突かれてしまった。




公私混同。まさに、してる。


だって浮かれているもの、私。直人さんと心が通じ合って、嬉しくて仕方ないんだもの。


もっともっと、近づきたいんだもの……。




「まどか、変わったわね。前のあんたは、こんなんじゃなかったわ」


里佳はそう言い放ち、私に背中を向けて席に戻った。




私、変わった…………?




こんなんじゃ、なかった…………?






今まで味わったことのないショックと、よりによって一番仲が良かった里佳に言われた悲しみで、私は呆然と立ち尽くしてしまった。

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