第2話 消えたサーバー、消えた笑顔
石橋さん、朝から会議だって言っていた。準備をしなくてはならないので、次の日はいつもよりも早くに出社した。
パンプスを鳴らしながら、通いなれた道を歩く。
通り過ぎる社員達が、朝の挨拶をしてくれて、それに私もにこやかに応えていった。
何だか最近、凄く自然に笑顔が零れる様になったような気がする。
毎日、会社へ来るのが楽しくて仕方ない。
もちろん仕事が最優先なのは、頭の中では分かってる。でもね、直人さんの仕事をこなす姿を見るのが、毎日毎日楽しみで。もちろん、自分の仕事に支障をきたさないように、努力しているつもり。だけど、浮かぶ笑みは止められないの。
幸せな気持ちが、溢れかえる。
夕べ過ごした、直人さんとのひととき。会社では見れない、照れた微笑や耳に心地いい声を思い出すと、身体の底から力が湧いてくるような気がしてくる。
今日も一日、頑張ろう!
心の中で気合を入れて、私は居室に向かった。
いつも私が出社するよりも、三十分早く着いた。よしよし、余裕がたっぷりある。ゆっくりと会議室の準備をしよう。
まだ、人気もまばらな企画室内……あれ?その一箇所に、四人ほどの社員が集まっている。
「おはようございます。どうしたんですか?」
ポーチを机に置いて、僅かな人だかりに挨拶をした。
男性社員ばかりのその集団が、一挙に私に振り返る。思わずびくりと身体を縮めてしまった。だって、雰囲気が何ていうか……怖かった。鬼気迫る、って感じの表情を皆浮かべていた。
「ど、どうしたんです?」
「山岸さん、昨日停電のメール、来てなかった?」
「え?」
停電のメール? そんなの、見てない。
私が首を傾げると、男性社員の一人が頭を抱えていきなり叫び始めた。
「マジかよー!! どうすんだよ、データ全部ぶっとんじゃってんじゃんよぉー!」
「え、え、何が一体……」
全然読めない。何があったの?
戸惑う私に、深い溜息をついた男性が、ぽんとパソコンの本体のようなものを叩いた。
あ、それって……企画室のサーバーだ。うちの部署は、独自のサーバーを持ち、室内で管理をしていた。
私はこのサーバーを使うことはないんだけど、大事なものだっていうことは分かる。だって企画室員が共有する情報、データは全てこのサーバーに保存しているから。
そのサーバーの電源が、消えている。
…………消えている!? 嘘!
「昨日の停電で、中身全部オジャンだよ。あのな、山岸さん。停電がある時は、前もってちゃんとこのサーバーの電源を落としておかなくちゃならないんだ。それ、前にも言ったよな?」
静かなその声から、怒りを感じる。
って、待って。私? 私のせいなの、もしかして。
何てこと、嘘でしょ。
まだ、起った事態が理解出来ていない私は、男性社員を見渡して、そして慌てて自分のパソコンを立ち上げた。
メール、メール…………思い出して、停電のお知らせなんて、来ていた?
いつも、確かに夜中に工事とかしたりして、停電になる時には、ちゃんと総務から連絡が来ていたけど、ここの所そんなメールを受けた記憶が無い。
段々心臓がバクバクしてきた。立ち上がるのが遅いパソコン、いつものことだけど今日はますます遅く感じてしまう。
早く、早く。
やっとメールを開ける状態になり、私はざっと総務からの連絡を調べた。だけどやっぱり、私のところにはそのお知らせは着ていない。
「昨日、停電があったって、どうして分かったんですか?」
パソコンから顔を離さずにそう聞くと、男性社員の一人が髪をガシガシと掻きながら私のところへと歩み寄ってきた。
「朝来たら、サーバーがダウンしているから、もしかしてと思って。社内掲示板を見てみたら、停電の知らせが載っていたんだ。山岸さんのところには、そういう連絡が別途メールで行っているだろうけど、俺たちんとこにはわざわざそういう知らせは来ないから」
「昨日の停電の件は、私も知りませんでした……」
思わず声が小さくなる。
掲示板に、載っていただなんて。それじゃあメールが来なかったなんて、言い訳出来ない。
完全に、私の確認ミスだ。毎日、ちゃんと掲示板をチェックしているのに。どうして昨日に限って確認を怠ったんだろう。
浮かれた、罰が下ったのかなあ……。
直人さんと心が通じて、お付き合い出来る様になって、毎日楽しくて、嬉しくて。仕事も頑張っているつもりだったけど、でもやっぱり浮かれすぎていたのかも。
ずずーんと私は一気に落ち込み、立ち上がって頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。昨日は、掲示板を見るのを忘れていました……」
「どうすんだよ、消えたデータは返って来ないんだぞ!? それに石橋、今日の会議の資料、サーバーに入れているはずだ。まずいぞ、コレって相当」
「あいつ、昨日珍しく気合入れて作業していたもんな。何時からだ、会議は」
「確か、朝イチって言ってたよな。九時……あと一時間もねえぞ!?」
そして続々と出社する社員が増え、そして起きた重大な事態を知り、企画室は大騒動になっていった。
ああ、どうしよう……!
私のせいだ。謝って、済む問題じゃない。それは分かるけど、どうしていいか分からない。
おろおろした私の肩が、ぽんと叩かれて振り返ると、直人さんが不思議そうな顔をして立っていた。
「どうしたの? 騒がしいけど」
「な……不破さん、どうしよう、私…………!」
私が事の次第を説明していると、相変わらず一昔前のサーファーばりの茶髪の石橋さんが、お気楽な顔で手を上げた。
「よー、まどか、早いな。悪いな、今日はよろしくなー」
「石橋さん、ごめんなさい!!」
私は、大事な会議を控えている石橋さんに謝った。こんなことしか、出来ない。元々、パソコン苦手だもの。
消えてしまったデータの中身なんて、聞いてもきっとチンプンカンプンだけど、でも凄く重要なものだっていうことは分かる。
どうしよう、どうすればいいの?
私の脳裏に、『クビ』の二文字がチラついた、その瞬間。私の腕が、ぐっと掴まれて後ろへ引き寄せられた。
ふらつく足を、何とか踏ん張らせると、わたしの目の前に壁……じゃない。紺色のスーツの後姿だ。それが、私の目の前にある。
何が、起きているんだろう。
私の頭の中は、混乱してしまって、収拾がつかない有様になってしまっていた。




