明かされる想い
無事に任務を果たした私たちは、魔の森から王都へと帰還した。
魔の森の浄化という前代未聞の偉業を成し遂げ、女性たちの呪いも解けたことで、私たちは熱狂的な歓声と、国を挙げた盛大な出迎えを受けた。
まるで凱旋パレードのように、王城までの華やかな道のりを歩く。
王都の沿道を埋め尽くす人々の中には、たくさんの女性たちがいて、笑顔で歓声を上げていた。
ネマの化粧品で絶望していた女性たちが元に戻った姿を見て、安堵と達成感が込み上げてくる。
聖女としての使命を果たせてよかった……心からそう思えた。
「ラフィナちゃん! ありがとう……!」
多くの感謝の声援の中から、シルキーの声が聞こえた。
元に戻ったシルキーは、涙を流しながら満面の笑顔を見せていた。
私も自然と笑みが漏れて、手を振って応える。
シルキーが、笑顔で外に出られるようになったことに目頭が熱くなった。
「聖女様……! 救っていただき、本当にありがとうございました!」
最も重症だった公爵令嬢エリザも、素顔を取り戻して、沿道から感謝を伝えていた。
呪いで変貌した化け物でも、化粧で塗りたくられた仮面でもない……彼女本来の素顔は、地味であろうと豊かに輝いて見えた。
王城近くの神殿の前では、リンリルが手を大きく振っていて、隣でカルネア様も優しい笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい! ラフィナ様! 無事に帰ってきてくれて嬉しいです!」
「貴女なら成し遂げられると、信じていましたよ。リンリルちゃんも、ラフィナの帰りを信じて、街の浄化を一生懸命やってくれていました」
「ただいま戻りました、カルネア様。ただいま、リンリル……お留守番、お疲れ様。よく頑張ったね」
「はい……ありがとうございます!」
リンリルを抱きしめて労うと、安心したように、泣きながら抱きしめ返してくれた。
その温もりに癒されながら、私は深く息を吸った。
王都に帰ってきてから、ずっと感じていたけれど、『悪臭』が一切しない。
化粧品の臭いはもちろん、瘴気の臭いもまったくない。
私が長年夢見ていた『無臭』の世界――。
ユリアリスとの『大浄化』によって、思いがけずそれが実現したようだ。
何の憂いもなく、思いっきり呼吸ができるのは本当に感無量で、生きている喜びと実感が湧いてくるようだった。
◇
残る問題は、『ネマ』の処遇だ。
ユリアリスは、ティエリーの転移魔法で王城へと転送されていた。
私たちと合流した後、国王陛下と王妃様が待つ、玉座の間へと向かった。
「……国王陛下、ならびに王妃様。長らくご無沙汰してしまい、申し訳ございませんでした」
玉座の前に進み出たユリアリスは、静かに膝をつき、深く頭を垂れた。
四十代の、年相応の姿に戻った彼女の背中は、どこか小さく見えた。
「私は、自らの身勝手な絶望と傲慢さから、国中の女性を呪い、この国を恐怖に陥れました。……いかなる極刑も、甘んじて受ける覚悟でございます」
静まり返る玉座の間。
しかし、玉座から立ち上がった国王陛下と王妃様の顔に、罪人を断罪するような怒りの色は一切なかった。
あるのはただ、長年の友を思いやるような、深い慈愛と後悔の色だけだった。
「……面を上げよ、ユリアリス」
国王陛下が静かな声で促すと、ユリアリスはゆっくりと顔を上げた。
「そなたの『ネマ』の件……確かに、国を混乱に陥れる重罪と言える。しかし、此度の魔の森浄化は国を恒久的に救う偉大な功績だ。女性たちの呪いも解け、瘴気も一切なくなった。罪と秤にかけても、国への貢献は計り知れない。……よって、そなたの『ネマとしての罪』は不問とする」
「しかし、それでは……」
戸惑った様子で、ユリアリスは異議を唱えるが、国王陛下は遮るように言った。
「そもそも、そなたを追い詰めてしまったのは、我々の責任でもあるのだ」
国王陛下がそう言うと、王妃様がユリアリスの目の前まで歩み寄って、震える両手を優しく包み込む。
「ユリアリス……貴女が、どれほど深い孤独の中で結界を護り続けてくれていたか、私たちは知っていました。……それなのに、一番大切な『真実』を伝えそびれてしまったこと、本当に申し訳なく思っていました」
「真実……?」
「ええ。貴女を追いやったと誤解させてしまった、ディレイの本当の想いを……」
王妃様の言葉に、ユリアリスが息を呑む。
国王陛下が、静かに、噛み締めるように語り始めた。
「我が弟、ディレイが己の命を削ってまで魔導器の開発に心血を注いだ理由。それは、他でもない……愛するそなたを、魔の森の結界維持という重責から解放するためだったのだ」
「……え?」
ユリアリスの瞳が、信じられないものを見るように大きく見開かれた。
「ディレイは第二王子だった頃から、そなたを心から愛していた。だが、大聖女という立場にあるそなたに、軽々しく想いを告げることはできなかった。だからディレイは、そなたが聖女職を引退しても国が安泰であるよう、魔導器という代わりの結界を作ることに、己のすべてを懸けたのだ。……すべては、そなたを自由にし、自らの妻として迎え入れるために……」
「私を……妻に……? ディレイ殿下が……? 嘘です……だってディレイ殿下は、私に一度もそんな素振りを……ただの一度も、愛の言葉なんて……」
困惑するユリアリスに対して、国王陛下が、弟の無念を代弁するように静かに首を振った。
「ディレイは、魔導器が完成した時に、自分の口から直接想いを伝えると言っていたのだ。よく決意を語っていたよ。『彼女の作り出す結界は、あまりにも偉大すぎる。僕がそれに追いつき、彼女を安心させられる完璧な魔導器を作らなければ、彼女にプロポーズする資格がない』と……」
「『必ず自分で想いを伝える』というディレイの意志を尊重し、私たちは、心から応援して見守っていたの。……でも」
国王陛下と王妃様は、無念そうに目を伏せた。
「まさに命を削ったことの反動だった……。魔導器完成のために、無理をして禁忌の魔法を使い、結果として……想いを伝える前に、亡くなってしまった。そして、我々が真実を伝える前に、そなたも姿を消してしまったのだ」
私は、ユリアリスとの戦いで、彼女の過去の記憶に触れた時のことを思い出した。
ユリアリスにとって、魔導器は『自分の存在意義を奪う機械』だった。
しかも、ディレイは国の英雄として偉業を称えられ、それまで結界を維持してきた大聖女の功績は霞んでしまい、余計に『大聖女は時代遅れ』というレッテルを、強く印象付ける結果になった。
必死で結界を維持してきたのに『用済み』の烙印を押されたことで、限界まで消耗していたユリアリスは心を病み、逃げるように王都を離れてしまった。
ディレイの想いとは、正反対の……あまりにも残酷なすれ違いだった。
「ごめんなさい……貴女が何も言わずに去ったのは、結界の重責から解放されて、ついに自分の人生を自由に歩み始めたのだと……私たちはそう思ってしまったの。想いは伝えられずとも、ディレイの苦労が報われたのだと、そう勘違いしてしまった……」
王妃様が、ポロポロと涙をこぼしながら、ユリアリスの手を強く握りしめた。
国王陛下も、沈痛な面持ちで語り掛ける。
「あの時、世間にあった『大聖女は時代遅れ』という不名誉な空気を払拭し、正式にそなたの功績を称えたかった……我々は、そなたへの感謝を一日たりとも忘れたことはない。そなたは、いつまでもこの国の偉大な大聖女なのだ。……辛い思いをさせて、本当にすまなかった」
その言葉を聞いた瞬間――ユリアリスの目から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。
「ああ……あああぁぁぁ……っ!」
自分は『用済みのおばさん』として、国から見捨てられたわけではなかった。
それどころか、命を懸けるほどに深く愛し、大切に思ってくれていた人がいた。
それを知らないまま、彼が残した『自由』という名の贈り物を、呪い、憎み、蔑ろにしていた。
「本当に……私は……自分勝手で……独りよがりな……人間です……」
残酷すぎるすれ違いと、今になって知った大きすぎる愛に、ユリアリスは王妃様の腕の中で、子どものように声を上げて泣き崩れた。
その悲痛な泣き声を、私はシルアレク殿下の傍らで、彼女の途方もない苦しみが、涙とともに浄化されていくのを静かに見守っていた。
◇
玉座の間での謁見の後……。
私たちは、王宮の奥にある静寂に包まれた、王族の墓地へと足を運んでいた。
立派な白亜の墓石――ディレイ殿下の眠る墓の前に、ユリアリスはそっと膝をつき、清らかな白い花束を供えた。
「……遅くなって、ごめんなさい。ディレイ殿下」
彼女は墓石にそっと触れ、愛おしそうに、そして懺悔するように涙を流した。
「貴方の愛に、貴方の優しさに、気づいてあげられなくて……本当に、ごめんなさい……。そして、ありがとうございます。私を愛してくれて。私を、自由にしてくれて」
震える声で紡がれる、懺悔と、感謝の言葉。
その様子から、ディレイ殿下への想いが痛いほど伝わってきた。
王妃様に聞いた話だと、ディレイ殿下は今のシルアレク殿下に似た美貌の持ち主で、王都の女性たちから絶大な人気を誇っていたらしい。
しかし、ディレイ殿下はユリアリス一筋で、ひたすら魔導器開発に打ち込んでいたそうだ。
当時のユリアリスは、歴代最高の聖女として名を馳せ、優れた容姿を持つ美人だったこともあり、男性からの求愛がすごかったという。
しかし当の本人は、強力な聖魔力の影響か、男性にまったく興味がなく、すべて断ったりスルーしたりしていたらしい。
ディレイ殿下からの控えめなアプローチにも、無関心だったそうだ。
それでも、ディレイ殿下は王族であり誠実な人物であったため、無下にはせず、和やかな交友関係はあったのだという。
「……不思議な気持ちです。あの頃は、『研究熱心で立派な王族の方』という印象以上の感情は湧かなかったのですが……今思い出すと、素敵な男性だったと胸が熱くなります」
頬を染めて呟くユリアリスに、私は聖女特有の現象について述べた。
「おそらく聖魔力が衰えたことで、男性への防衛本能が消えたのでしょう。聖女が年齢を重ねてから結婚引退するのは、聖魔力がなくなり、男性に興味が湧くからだと推察できますから」
男性と契ると、聖女は聖魔力を失う。
ゆえに、それを防ごうと無意識に男性を拒絶する本能が働くが、年齢とともに聖魔力が衰えるとそれもなくなるため、男性を受け入れたり、求めたりできるようになるのだろう。
「年をとって、聖魔力が衰えたことに絶望していましたけど……いいこともあるのですね。もう手遅れですけど……この胸の温かさを大切にして、彼に愛してもらえたことを忘れずに、私が犯した罪を償いながら生きていきたいと思います」
ディレイ殿下の墓前に、ユリアリスは穏やかな表情で語りかけた。
静かな風が吹き抜け、墓石の周りに咲く花々が優しく揺れる。
まるで、ディレイ殿下が彼女の涙を拭い、微笑みかけてくれているようだった。




