大浄化
私とネマ――大聖女ユリアリスは、手を繋いで、禍々しい暗雲が立ち込める魔の森の空を見上げた。
「殿下たちは、結界の端まで下がっていてください」
「ああ……頼んだよ、二人の『大聖女』」
シルアレク殿下たちは剣を収め、息を呑んで私たちの背中を見守っている。
「行きますよ、大聖女ユリアリス。貴女が溜め込んだ莫大な力、すべて出し切ってください。私もありったけの聖魔力を放出して『浄化』を行います」
「頼みます。私は魔の森全域に広がる術式を展開して、『浄化』を行き渡らせます」
ユリアリスが静かに目を閉じ、祈りの姿勢をとった。
次の瞬間、彼女の華奢な15歳の身体から、世界中の女性から吸い上げた途方もない量の『生命力』が、純白のオーラとなって天に向かって噴き上がった。
私はその圧倒的なエネルギーの奔流を、自分の聖魔力と重ね合わせ、ただひたすらに『清浄』の概念へと変換していく。
二人の大聖女が揃って、初めて成し得る奇跡の御業。
「「『大浄化』!!」」
私たちの声が重なった瞬間。
魔の森の最深部から、太陽そのものが顕現したかのような、巨大で神々しい『光の輪』が天を貫いた。
ドオオォォォォッ……!!!
光の柱は上空で弾け、目も眩むような純白の波紋となって、広大な魔の森全体を高速で呑み込んでいった。
それは破壊の光ではない。
再生と慈愛の光だ。
光の波が通過した瞬間、それは起きた。
黒く捻じ曲がり、腐臭を放っていた木々は、パラパラと黒い表皮を剥がれ落とし、本来の瑞々しい茶色の樹皮を取り戻していく。
枯れ果てていた枝からは、一斉に青々とした若葉が芽吹き始めた。
肺を焼き、脳を麻痺させていた泥のように重い『どす黒い瘴気』は、光に触れた端からシュワシュワと音を立てて消滅し、ただの澄み切った風へと変わっていく。
「おおおっ……! な、なんだこりゃあ……!」
「森が……死の森が、生き返っていく……! これが、大聖女の奇跡……!」
ヤンバラが目を丸くして大声を上げ、ヴィノンが震える声で感嘆を漏らす。
ティエリーも、言葉を失ってただただ眼鏡の奥の目を大きく見開いていた。
そして、この奇跡の光は、魔の森だけに留まらなかった。
ユリアリスが、この『大浄化』の燃料として、自身に溜め込んでいた『女性たちから奪った若さ』をすべて解放し、使い切ったことで、世界中を覆っていた呪いも同時に霧散していった。
◇
――同じ頃、王都。
顔を隠して引きこもっていた、シルキーを始めとする国中の被害女性たちが、顔の異変に気づいて鏡を覗き込んでいた。
ドロドロに崩れ落ちていた化け物のような顔や、不自然に老け込んだ皺が、淡い光と共にパラパラと剥がれ落ちていく。
重く苦しい呪縛と、作られた美しさへの異常な執着から解放された彼女たちの顔は、憑き物が落ちたように穏やかで、ありのままの自然な素顔を取り戻していた。
『治った……! 私の顔、治ったわ……っ!』
王都中に、歓喜の涙と声が響き渡る。
呪いから解放され、本来の自然体で生きる喜びを、彼女たちはようやく取り戻したのだ。
◇
「……終わった、のですね」
陽の光が差し込む、美しい緑の森。
むせ返るような酒の匂いも、息苦しい重圧も、完全に消え去っている。
死の森は、爽やかな自然の森へと変貌していた。
私と繋いでいた手をゆっくりと離し、ユリアリスがほうっと深く、満足げなため息をついた。
「ありがとう、ラフィナ。……貴女のおかげで、私の長年の心残りが、ようやく果たせました」
直後……彼女の身体を包んでいた淡い光が解け、その姿がみるみると変化していった。
集めた若さをすべて大浄化のために使い切り、その目的を達したことで、彼女の時間を固定していた魔法が完全に解けたのだ。
目尻には優しいシワが刻まれ、肌には年相応の落ち着きがある。
カルネア様と同じ、四十代の気品ある女性の姿。
それが、大聖女ユリアリスの、何も偽っていない『本当の姿』だった。
「……随分と、重い仮面を被っていたみたいです。今の私は、とても清々しい気分です」
本来の姿に戻ったユリアリスは、自分の両手を見つめ、憑き物が落ちたような、どこまでも穏やかな笑顔を浮かべた。
「お疲れ様でした、ユリアリス様。そのお姿も、とても綺麗ですよ」
私が本心からそう告げると、彼女は照れくさそうに少しだけ頬を染めた。
「ラフィナ!」
背後から、シルアレク殿下たちが駆け寄ってくる。
誰もが、生まれ変わった美しい森の景色と、穏やかな表情を取り戻した大聖女の姿に、言葉にならない感動と安堵を浮かべていた。
偽りの美しさで、世界を狂わせた「魔女ネマ」は、もうどこにもいない。
そこにあるのは、途方もない重責をようやく下ろし、真の解放を手に入れた一人の気高き大聖女の姿だった。




