真の目的
「……やはり、貴女か。聖女ラフィナ……」
「なぜ……ユリアリス様が……? それに、その姿は……」
予想外の事態に、私は混乱しながら、無意識に疑問を呟いていた。
「下がっていろ、ラフィナ! 相手が何者であろうと、あれが世界を脅かした魔女であることに変わりはない!」
その時、いち早く動いたのはシルアレク殿下だった。
殿下の鋭い号令と共に、ヴィノンとヤンバラが左右から同時にネマへと斬りかかる。
「悪党が、どんなツラしてようが関係ねえ! ぶっ飛べや!」
「凍てつけ……!」
ヤンバラの豪快な大剣が唸りを上げ、ヴィノンの絶対零度の魔法剣が空気を凍らせながらネマの細い首筋へと迫る。
さらに後方からは、ティエリーの放つ極大の雷撃魔法と、殿下の不可視の風の刃が同時に襲いかかった。
王国が誇る最強の四人による、一切の容赦がない同時攻撃。
しかし――。
シャアアッ……!
彼らの攻撃がネマに届く直前、彼女の周囲に展開された目も眩むような『純白の光の壁』が、すべての威力を完全に無に帰した。
「なっ……!?」
「俺たちの攻撃が……消えた!?」
物理的な攻撃も、強力な破壊魔法も、ネマに傷一つ……髪の毛一本すら、揺らすことはできなかった。
「無駄です」
ネマは、眼前に迫る男たちの刃を意に介する様子もなく、冷ややかに言い放った。
「貴方たちの暴力も、粗野な魔法も、極限まで高められた聖魔力の前では何の意味も持ちません。……大人しくしていなさい。用があるのは、そこの彼女だけです」
ネマが視線を向けるだけで、圧倒的な聖魔力の圧力が男たちを弾き飛ばし、地面に膝をつかせた。
「ぐっ……! でたらめな聖魔力量ですね……どうやら、本物の大聖女ユリアリスのようだ」
「大聖女だと……? ふざけるな!」
ティエリーの呟きを聞いて、シルアレク殿下が剣を杖代わりに立ち上がろうとしながら、ネマを睨みつけた。
「国中の女性から若さを奪い、絶望に叩き落としておいて、何が聖女だ! 君がユリアリスなら、なぜそんな事をしたんだ? ……まさか、僕の叔父のディレイが作り出した魔導器で、大聖女が『用済み』と言われていた事への復讐か!? だから、若さに執着したのか!」
……長年に渡り、魔の森に結界を張って、強力な魔物を封じ込めていた大聖女ユリアリスだったが、国王の弟・ディレイが、結界を作り出す魔導器を完成させたことで、ユリアリスは役目を終える事となった。
その際に、ユリアリスは『時代遅れで用済み』という空気が、一部とはいえ世間にあったのだ。
その時、ユリアリスは40代に入る頃で、絶対的だった聖魔力が衰えていたのも、それに拍車をかけた。
魔導器完成に沸き立つ中、ユリアリスは火が消えるように聖女を引退して、王都から去っていった……。
「叔父を恨んでいるなら、それは逆恨みだ! それに、我々王族を始め国民の大半は、大聖女が『用済み』などとは全く思っていなかった! そんな風評で、貴女ほどの人がこんな事しないでくれ!」
シルアレク殿下の必死の訴えに対し、ネマは心底つまらなそうに氷のような冷笑を浮かべた。
「復讐? 若さへの執着? ……下らない。そんな低俗な事のために、私が動くと思っているのですか?」
「何だと……?」
「かつて、大聖女として私が張っていた結界……。そして、ディレイ殿が命を懸けて作ったという魔導器の結界……。それは『臭い物に蓋をする』だけの応急処置に過ぎません。現に、結界内の魔の森は、こんなにも禍々しい瘴気に満ちている。あなた方も、ここに来るまでに十分思い知ったでしょう」
それは、まさにその通りだった……。
「もし魔導器が壊れれば、それでお終いです。凶悪な魔物が群れを成して王都を蹂躙し、強力な瘴気が国を包み込むでしょう。魔導器の製作者はもういません。同じものなど二度と作れない。結界を張れる大聖女も、もういない……」
ネマは魔の森の暗闇を見渡し、静かに……そして、狂気すら孕んだ確固たる意志で告げた。
「私の目的は、この魔の森を『中から』完全に浄化する事です。この魔の森の異常な魔力は、人間を死に至らしめ、魔物を狂気に駆り立てる。だから、蓋をするのではなく、中から全てを『浄化』する。この死の森に蠢く濃密な瘴気を根こそぎ祓い、正常な森に還す」
「森の、浄化……!?」
途方もない目的に、その場の全員が息を呑んだ。
この致死量の魔力が渦巻く広大な森すべてを浄化するなど、神の御業に等しい。
「そのために、『全盛期の聖魔力』が必要でした。だから魔法で若さを吸い上げ、聖魔力に満ち溢れていた15歳の自分に戻ったのです」
実際に15歳のユリアリスの姿と、攻撃全てを無効化する聖魔力を目の当たりにしてるので、信じざるを得なかった。
「その目的の為に、あの『呪いの化粧品』を作って流布させた……という事ですか」
ティエリーが納得したように呟くと、シルアレク殿下は疑問を投げかけた。
「その媒体に『化粧品』を選んだのはなぜだ? 『聖女は化粧禁止』なのも関係してるのか? 化粧をする女性への妬みがあったとしか思えない」
「いいえ……単純に若さを吸い取るのに、最も効率が良かったからです。化粧品は『若い女性』というターゲット層と重なりますし、ここには材料も豊富にあります……。それに……」
ユリアリスの瞳に、冷たい感情が宿る。
「化粧に対して、『妬み』など感じた事がありません。むしろ、自己満足に浸り、自尊心を肥大化させ、同性にマウントを取り、男に媚びる。そんな女たちの姿が、大変滑稽に見えていました。なにより、化粧をして『綺麗になった』と喜んでいる割に、全く綺麗に見えなかった……私なら、もっと綺麗になれる化粧品を作れると思いました」
淡々と話すユリアリスに、私たちは驚愕した。
それで、本当に大ブームを巻き起こす高品質な化粧品を作り出して、同時に仕込んだ呪いで『若さ』を回収して、全盛期の大聖女に変貌を遂げている……。
有言実行の魔女……本当に、この人が『ネマ』なのだと実感した。
「だからといって、無関係な女性たちを犠牲にしていい理由にはならない!」
「……この国に住んでいる以上、魔の森の脅威は無関係ではないと思いますが……。いずれにせよ、私が自分勝手な事をしているのは承知しています。目的を達成できれば、呪いを解いて女性たちを元に戻すのでご安心を。逆に言えば、それまでは無理にでも協力していただきます」
そう言うと、ユリアリスは真っ直ぐ私を見据える。
「ラフィナ……私は、あなたを待っていた……」
15歳の姿をした伝説の大聖女が、ゆっくりと私の方へ歩み寄る。
「こうして『全盛期の私』になったとしても、一人でこの森すべてを浄化するのは不可能です。もう一人、同格の大聖女が必要でした。昔、幼い頃のあなたを見た時、破格の才能を感じました。そして、私が化粧品を世に出した後も、貴女だけは一切化粧をせず、その『悪臭』を的確に見抜いていた」
私が、ネマの化粧品を『臭い』と言っていたのは、ネマ本人にも伝わっていたようだ。
そのネマであるユリアリスは、私のすっぴんの顔を、値踏みするように見つめた。
「私が仕掛けた呪いが発動して、女性たちが醜くなったことで、化粧をしていない自分だけがもてはやされ、男に溺れるようならそれまでだと思っていたけれど……まさか溺れるどころか従えて、この死の森の深部までくるとは……。あなたのその力、ぜひ私自身で確かめさせてもらいます」
彼女は初めて微笑みを浮かべて、私に向けて純白の光を構えた。
その顔を見て、『私を待っていた』という言葉は嘘ではないと確信した。
「……なるほど。言いたいことは分かりました」
私は短くため息をつき、静かに前へと歩み出た。
男たちの心配そうな視線を背中で受け止めながら、私は右手の指先に超高密度の光を凝縮させていく。
「私からも、言いたいことは山ほどありますが……ひとまず貴女の戯言に付き合ってあげますよ」




