手がかりと活路
進むにつれて命の危険が増す、魔の森の深部。
一歩足を踏み出すごとに、魔力濃度が具現化したような深い暗闇が、私たちの結界を蝕んでくるようだった。
そんな息の詰まる行軍の中、私は結界を展開しながらも、神経を集中させてネマの潜伏先を探索し続けた。
そんな時――。
ふと足を止め、右側――正規の獣道から外れた名もなき暗がりの方角へと顔を向けた。
「……ん?」
「どうしたんだい、ラフィナ。何か見えたのか?」
私がピタリと立ち止まったことで、殿下もすぐに足を止め、警戒するように剣の柄に手をかけた。
ヴィノンとヤンバラもすかさず周囲に鋭い視線を巡らせる。
私は小さく首を振り、鼻先で空気を嗅ぐようにクンクンと息を吸い込んだ。
「いえ、見えたわけじゃありません。匂いです」
「匂い?」
「はい。奥へ進むほどに、むせ返る魔力の匂いが濃くなっているはずなんですけど……だからこそ、はっきりと分かるんです」
私は暗闇の一点を、指先で真っ直ぐに指し示した。
「あっちの方向だけ、不自然に『匂いが薄い』場所があるんです」
私の言葉に、皆が顔を見合わせた。
「匂いが薄い……? いや、俺にはどこを向いても、同じ腐った酒の匂いしか感じねえぞ?」
「私もです。どの方角も、等しく致死量の魔力が渦巻いているようにしか感知できません」
「本当かい、ラフィナ?」
ヤンバラが首を振り、ヴィノンが不思議そうに目を細める。
シルアレク殿下も私の感覚を疑ってはいないものの、自分たちには全く感知できないため、首を傾げていた。
だが、最後尾で魔力探知を行っていたティエリーは、ハッとしたように顔を上げ、私が指し示した方角を眼鏡の奥の鋭い瞳で凝視した。
「……この深部で、魔力濃度の薄い場所……」
「ティエリー、何か分かるのか?」
「いえ、私にも魔力の『薄さ』そのものは感知できません。ですが……論理的に考えて、この異常な高濃度の魔力空間において、局所的に魔力が薄まる自然現象などあり得ないのです」
ティエリーは一歩前へ出て、探求者としての熱を帯びた声を発した。
「もし本当に、そこだけ魔力が薄いのだとすれば、理由は一つしかありません。……何者かが、意図的にこの狂った魔力濃度を『上書き』して、別の力でそこだけ環境を隔離しているということです」
その言葉の意味を理解し、その場にいた全員の間に、ピンと張り詰めた緊張感が走った。
「この深部で、わざわざ空間を隔離して魔力濃度を薄めている場所……まさか」
「ええ……『奴の隠れ家』かもしれません」
ティエリーの推測に、私は静かに頷いた。
世界中に呪いの化粧品をばら撒き、この異常な森の奥深くに潜伏している見えない魔女。
こんな致死量の魔力の中で、いくら魔女とはいえ四六時中生活できるはずがない。
必ず、安全に息ができる『拠点』を作って身を潜めているはずなのだ。
「……行きましょう。私の嗅覚が、そっちだと言っています」
「分かった。ラフィナの感覚を信じよう」
殿下が力強く頷き、ヴィノンとヤンバラも無言で武器を構え直して私の前に出た。
私は自身の『浄化の本能』だけをコンパス代わりとし、獣道すらない禍々しい木々の隙間を縫って、慎重に歩みを進めていった。
一歩、また一歩と進むごとに、確かに周囲の押し潰すような魔力濃度が、ほんの僅かずつだが和らいでいくのを感じる。
そして、黒く捻じ曲がった木々のトンネルを抜け、視界がふっと開けた――その瞬間だった。
「なっ……」
「これは……」
私たちは全員、言葉を失ってその場に立ち尽くした。




