聖魔法攻撃とボス撃破
押し寄せる魔物の群れを、私たちは凄まじい速度で片付けていった。
ヴィノンの氷刃が敵の足を止め、ヤンバラの大剣が粉砕し、撃ち漏らしたものをシルアレク殿下が神速の剣で斬り捨てる。
そして、後方からティエリー様が的確な攻撃魔法で援護し、私が広範囲の瘴気を纏めて『浄化』して消し去る。
急造のパーティーとは思えないほど、完璧な連携だった。
しかし、北区の広場から魔物の数が減り始めたその時――。
ズズズズズ……と、地殻の底から響くような不気味な地鳴りが王都を揺らした。
「な、なんだぁ……!?」
ヤンバラが声を上げた先、崩れ落ちた北門の瓦礫を踏み越えて現れたのは、これまでの魔物とは次元の違う異形の化け物だった。
獅子、大蛇、そして猛禽類が醜く混ざり合ったような、家ほどもある巨大な合成獣(合成獣)。
何より異常なのは、その全身にドロドロとした極めて濃密な『瘴気の装甲』で覆われていることだった。
おそらく、集めた瘴気の残り全てを注ぎ込んだ、この襲撃の『切り札』だろう。
「デカかろうが関係ねえ! ぶっ飛ばす!」
ヤンバラが咆哮と共に跳躍し、空中で渾身の大剣を振り下ろした。
だが――「ガキィィィンッ!!」 という甲高い金属音と共に、ヤンバラの巨体が大きく弾き飛ばされた。
「ぐおっ!? 嘘だろ、俺の全力の剣が弾き返されやがった!」
「下がれ、ヤンバラ!」
空中で体勢を崩したヤンバラをかばうように、ヴィノンが前に出て冷気を纏った無数の突きを放つ。
しかし、絶対零度の氷刃も、瘴気の装甲表面で砕け散るばかりで、傷一つ付けられない。
「物理攻撃が通じないなら、これならどうです」
後方からティエリーが、極限まで圧縮した雷撃の魔法陣を展開し、合成獣の頭部へ向けて特大の雷を撃ち放って、凄まじい轟音が鳴り響く。
しかし、土煙が晴れた後に現れた合成獣は、全くの無傷だった。
魔法のエネルギーすらも、分厚い瘴気の装甲が完全に吸収、あるいは弾き飛ばしてしまったのだ。
「……なるほど。あれほど濃密な瘴気となると、もはや強固な物理的・魔法的絶対障壁として機能するようですね。厄介な事です」
ティエリーが舌打ちをした。
王都最強の前衛の物理攻撃も、最高峰の魔法も通じない絶望的な状況。
そんな中、私は右手を軽く回しながら、合成獣を見据えた。
「とにかく、あの特濃瘴気を消し去ればいいんですよね」
「ラフィナ?」
シルアレク殿下が振り返る中、私はヴィノンとヤンバラの前に歩み出た。
「おいおい、お嬢ちゃん! なに前に出てきてんだ! 危ねえぞ!」
ヤンバラが制止する声を無視して、私はキメラの正面に立った。
「……ティエリー様、先日教わったアレ、さっそく実戦で試してみますよ」
「おや」
ティエリー様は眼鏡をスッと押し上げ、好戦的な笑みを浮かべた。
「ええ、ぜひ。貴女の奇跡を『最強の矛』へと昇華させた、新しい力……見せていただきましょう」
私は小さく息を吸い込み、右手の「人差し指」を、咆哮を上げる巨大合成獣へと真っ直ぐに向けた。
いつもなら、呼吸と共に肌で外の世界とすり合わせて放出する聖魔力。
それを、今回は体内から指先への一点のみに、猛烈な勢いで集束させていく。
(ただ放出するんじゃない……膨大な聖魔力量を極限まで圧縮して、一点に撃ち抜く……!)
私の指先に、目も眩むほどの超高密度の光球が生まれた。
合成獣が私の放つ光に気づき、巨大な腕を振り下ろしてこようとした、その瞬間。
「『放射浄化」』」
私が静かに呟くと同時、指先から放たれた『光のレーザー』が、空気を焼き切るような音と共に一直線に射出された。
ズドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
圧倒的な光の奔流が、合成獣の巨体を貫くと共に、巨体を覆うように飲み込んでいく。
ヤンバラの大剣も、ヴィノンの氷剣も、ティエリーの魔法も弾き返した分厚い『瘴気の装甲』が、私の光の矢に触れた瞬間、ジュワッという音と共に蒸発し、吹き飛ばされていった。
理屈を超えた物理破壊も伴う浄化の一撃。
光が晴れた後には、分厚い装甲を完全に剥がされ、醜く柔らかい本来の肉体に穴が開いた、剥き出しの合成獣の姿があった。
「闇の装甲が……消し飛んだだと……!?」
「マジかよ、お嬢ちゃん……! 一体どんなデタラメな出力してやがるんだ!」
ヴィノンとヤンバラが、戦慄と驚愕に目を見開く。
「今だ! ラフィナが作ってくれた隙を、絶対に無駄にするな!」
シルアレク殿下の鋭い号令が響き渡った。
その声に弾かれたように、二人のエースが同時に地を蹴る。
「ガァァァッ! ぶっ潰れろォォッ!」
ヤンバラが跳躍し、今度は何の障害もない合成獣の太い前脚に大剣を叩き込み、その巨体を大きく体勢崩させる。
「凍てつけ」
ヴィノンが滑るように合成獣の懐に潜り込み、魔法剣を一閃。装甲を失った肉体の関節が瞬時に深く凍結し、合成獣の動きを完全に封じ込めた。
「『重圧』」
さらにティエリーの魔法が上空から降り注ぎ、見えない重力の鎖が合成獣を地面に縫い付ける。
「グルァァァァッ!?」
身動きが取れなくなった合成獣の頭上へ、シルアレク殿下が鳥のように高く跳び上がっていた。
長剣に、王族特有の青白い強大な魔力が限界まで込められる。
それは、学生時代にティエリーとの出会いを経て、無駄を完全に削ぎ落とした、最も洗練され、最も美しい必殺の一撃。
「これで……終わりだッ!」
殿下が流星のような速度で剣を振り下ろした。
青い閃光が合成獣の巨体を脳天から両断し、巨大な魔獣は断末魔の叫びを上げる間もなく、真っ二つに裂けて崩れ落ちた。
残った肉片も、周囲の空気に満ちる私の残存聖魔力に触れて、瞬く間にチリとなって浄化され、完全に消滅する。
「……ふう。なかなか、しぶとかったですね」
私が右手を下ろして肩の力を抜くと、広場に静寂が訪れた。
王都を脅かした魔物の大群は、一匹残らず一掃されたのだ。
「す、すげえ……」
大剣を肩に担いだヤンバラが、信じられないものを見るような目で私と殿下を交互に見つめ、やがて腹の底からガハハッと豪快に笑い出した。
「恐れ入ったぜ! 殿下の剣と、嬢ちゃんのでたらめな魔法には度肝を抜かれた! 戦闘は俺らの仕事で、王族や聖女は専門外だと思ってたが、とんだ間違いだったぜ!」
「……ええ、同感です」
ヴィノンも魔法剣を鞘に納め、私に向けて深々と、それはもう見事な最敬礼の姿勢をとった。
「貴女は神に祈るだけでなく、自らの手で道を切り開く力を持っている。まさに……真の『希望の刃』だ」
生真面目な氷の騎士は、私に対して敬意を表し、忠誠を誓うように頭を下げた。
「そんな……仰々しいですよ。私はただの聖女ですし、王都を守るのは国に仕えるものとして当然の事です」
「いやいや、聖女初の攻撃魔法……凄まじい威力でしたね。尤も、ラフィナ殿にしか出来ない芸当ですがね」
私が淡々と返すと、ティエリーが歩み寄りながら満足げに笑った。
シルアレク殿下も剣を納め、汗を拭いながら私の隣に並び立つ。
「怪我はないかい、ラフィナ。君の新しい魔法、最高に美しくて、最高に格好良かったよ」
「ええ、殿下の剣も綺麗でしたよ。無駄がなくて」
私が素直に褒めると、殿下はまたパァッと花が咲いたように顔を輝かせた。
私たちは互いに無事を確認し合い、王都を襲ったスタンピードを見事に鎮圧したのだった。
「さて……」
ティエリーが、不意に冷ややかな声を出して、広場の奥の路地へと視線を向けた。
「表のゴミ掃除が終わったところで……裏でコソコソと画策した『犯人』を捕えましょうか」




