魔物襲来と2人のエース
その日の夕刻。
ティエリーが王都の地下で「不自然な魔力」の痕跡を発見したことで、私たちが対策を練ろうとしたまさにその時だった。
――カンカンカンカンカンッ!!
突如として、けたたましい警鐘が鳴り響いた。
同時に、王都の北側から悲鳴と怒号、そして強固な防壁を破壊するような凄まじい轟音が連続して轟いた。
「な、なんだ!?」
「ラフィナ!! 大変だ!」
神殿の庭に、王宮から転移魔法で飛んできたシルアレク殿下が血相を変えて現れた。
その手にはすでに、冷たい輝きを放つ長剣が握られている。
「殿下! 何があったんですか……!?」
「王都近郊に生息していた魔物たちが、いきなり結界と北門を破壊して、王都内へなだれ込んできたんだ! しかも、ただの魔物じゃない。どれも異常に凶暴化して、理性を失っている……スタンピード(大暴走)だ!」
「王都の外から……なるほど、地下で集めた瘴気を壁外へ放出し、弱い魔物を強化させて王都を襲わせる計画ですか……!」
ティエリーが、舌打ちをしながら神殿の門を開け放つ。
王都の北側――美しい北区の街並みの向こうから、黒い土煙と火の手が上がっているのが見えた。
本来なら『魔の森』にしかいないはずの凶悪な魔物たちが、王都の街を蹂躙しようとしている。
被害女性たちが生み出した『絶望の瘴気』。
それを集めて、魔物に注ぎいで狂暴化させるなんて……。
「……趣味が悪い。こんな事するなんて、誰であろうと絶対に許せない」
私が静かな怒りを露わにすると、ティエリーは冷静な口調で返した。
「犯人の目星はついていますが、今は襲来した魔物を排除するのが最優先です」
「ラフィナ、ティエリー! 北区の広場に、騎士団とギルドが防衛線を張っている! もし、あそこを突破されれば中央まで火の海だ! 僕たちも王都を守るために行こう!」
この魔物を倒せないようでは、『魔の森』攻略なんて不可能だ。
私の攻撃聖魔法が、実戦でどれほど通用するのかを試す機会になる。
「はいっ!」
私たちは転移魔法で、戦気と悲鳴が交錯する北区の広場へと向かった。
◇
広場では、すでに王国騎士団と冒険者ギルドが必死の防衛線を敷いていた。
だが、瘴気で強化された魔物たちの突進力は凄まじく、次々と盾を弾き飛ばされ、前線が崩れかけている。
「ひぃっ……!」
陣形の崩れた隙を突き、瘴気を纏った巨大な魔物が、尻餅をついた若い兵士に向かって凶悪な爪を振り下ろそうとした、その瞬間だった。
「――陣形を崩すな。後退は許可していない」
空気を凍らせるような、ひどく冷たく、静かな声が響いた。
直後、魔獣の足元から一瞬にして『氷の華』が咲き誇り、その巨体を足先から完全に凍結させる。
ピキィィィンッ! という甲高い音と共に、氷の彫像と化した魔獣を、一閃の剣閃が美しく粉砕した。
「すごい……一撃で……」
氷の破片が舞う中、そこに立っていたのは、王国騎士団の純白の制服を纏った一人の美少年だった。
漆黒の髪に、切れ長の鋭い目つき。
手には、冷気を放つ細身の魔法剣が握られている。
無駄な動きが一切ない……氷結魔法と冷徹な剣術を組み合わせた圧倒的戦闘力。
彼こそが、王国騎士団が誇る、若くして最強の騎士、ヴィノンだった。
「おいおい氷の坊ちゃん! 独り占めはずるいぜ!」
ヴィノンの活躍に見惚れる暇もなく、今度は広場の反対側から、豪快で野性味あふれる大声が轟いた。
群れを成して襲いかかってきた狼型の魔物たちに対し、燃えるような赤髪で短髪の男が、自身の背丈ほどもある『巨大な大剣』を軽々と振り被って突っ込んでいく。
「オラァァァッ!! まとめてぶっ飛べや!!」
ズドォォォォォンッ!!
男が大剣を地面に叩きつけた瞬間、凄まじい衝撃波と爆風が巻き起こり、群がっていた魔獣たちがまとめて宙に吹き飛ばされ、絶命して地に落ちた。
土煙の中からニカッと豪快な笑みを浮かべて現れたのは、分厚い筋肉を革鎧で包んだ、高身長で野性味あふれる美青年。
冒険者ギルドのエースにして、規格外のパワーファイターであるヤンバラだ。
「どうだ、俺の剣圧は! 氷の坊ちゃんのちまちました剣より、威力があって派手だろ!」
「……野蛮人が。周囲の被害を考えろと、いつも言っているだろう」
熱血のヤンバラと、冷血のヴィノン。
まるで水と油のような二人だが、彼らが最前線で暴れ回ってくれたおかげで、崩れかけていた北区の防衛線が見事に持ち直していた。
「素晴らしい連携……いや、単独行動の連続だね。助かったよ、ヴィノン、ヤンバラ」
シルアレク殿下が広場の中央に躍り出ると、二人のエースは驚いたように振り返った。
「シルアレク殿下……! なぜこのような前線に……!」
「おうおう! 殿下に、宮廷魔法使いの兄ちゃんじゃねえか! ……ん? そっちのお嬢ちゃんは誰だ?」
ヤンバラが、大剣を肩に担ぎながら無遠慮に私を指差した。
すかさず、ヴィノンが厳しい声で嗜める。
「口を慎め、ヤンバラ。その方は神殿の聖女様だ。しかし、確かに……」
ヴィノンの鋭い視線が、私の顔を品定めするように見つめた。
「噂には聞いていたが……本当にネマの化粧品を使用せず、被害を免れていたとは……。殿下に寵愛を受けているのも頷ける」
「ほう! お嬢ちゃんが、あの噂の聖女か! それがなんでまた、こんな場所にいるんだ!?」
確かに聖女がこんな戦場にいるなんて、戦闘のプロフェッショナルの彼らからしたら不思議に思うだろう。
私は、彼らを見上げて淡々と返した。
「瘴気で暴走した魔物を退治しにきたんです」
「……本気ですか?」
「ガハハハッ! 聖女のお嬢ちゃんが魔物退治!? 笑えない冗談だぜ!」
ヴィノンが怪訝な顔をし、ヤンバラが豪快に笑い飛ばした、その時――。
彼の背後の瓦礫の影から、瘴気にまみれた蛇型の魔物が、音もなくヤンバラの首筋に向かって飛びかかってきた。
「危ないっ!」
「チィッ……!」
ヴィノンが魔法剣を構え、ヤンバラが振り返ろうとするが、間に合わない。
私は彼らの言葉を遮るように、無造作に右手を横へ振るった。
「『浄化』」
ピシャァァァッ!!
私の手から放たれた目も眩むような光の奔流が、ヤンバラの背後空間を瞬時に飲み込んだ。
その「清浄な光」に触れた瞬間、巨大な蛇の魔獣は悲鳴を上げる間もなく、瘴気ごとチリとなって消滅した。
瘴気を『浄化』させる聖魔法……瘴気で強化された魔物そのものを消し去る事が可能なのは道理だろう。
「…………は?」
「なっ……!?」
その様子を、ヤンバラが目を点にして口をぽかんと開け、ヴィノンが驚愕に目を見開いて私を凝視した。
剣で斬るわけでも、複雑な魔法を組むわけでもない。
ただ手を振っただけで、凶悪な魔物を完全消滅させたのだ。
常識外れの現象を見て、二人のエースが完全にフリーズしている。
「さて、この調子で魔物退治を続けましょう」
私が涼しい顔で促すと、シルアレク殿下が誇らしげにフッと笑い、長剣を構え直した。
「彼女は僕の愛する女性であり、世界の希望だ。……さあ、王国とギルドの若きエースたちよ。僕たちに遅れを取るなよ!」
「……ええ、殿下の剣、しかと見せていただきます。……聖女様、先ほどの態度をお詫びします。貴女の実力、疑う余地もありません」
「まったくだ! こりゃあ気合い入れねえと、お嬢ちゃんに全部良いとこ持っていかれちまうからな!」
冷徹な氷の騎士と、熱血の豪腕冒険者。
頼もしい二人の前衛を味方につけ、私たちは、絶望の瘴気に染まった王都北区の広場を縦横無尽に駆け抜け始めた。




