悪女の末路
「離して! 私に気安く触らないでよ、この平民上がりの魔法使いがっ! 私は伯爵令嬢よ! こんな乱暴な真似をして、ただで済むと思っているの!?」
泥だらけのドレスを引きずりながら、ビネッタはティエリーの光の拘束から逃れようと、ヒステリックに金切り声を上げていた。
しかし、ティエリーはまったく意に介さず、彼女をゴミ袋でも扱うかのように無造作に私の足元へと放り投げた。
「ただで済まないのは貴女の方ですよ、ビネッタ嬢」
私が冷たく見下ろすと、彼女はギリッと歯ぎしりをして、憎悪に満ちた目で私を睨み上げた。
「……私は悪くないわ! お前が一人だけ綺麗な顔をして、殿下をたぶらかしているのが悪いのよ! 国中の女が苦しんでいるのに、こいつだけが幸せになるなんて間違ってる! 私はただ、平等にしてやろうとしただけよ!」
自分の醜悪な嫉妬を正当化し、あまつさえ「平等」などという言葉で飾り立てるその姿に、私は心の底から軽蔑を込めてため息をついた。
「……平等、ですか。貴女は、自分が嘲笑っていたエリザ様よりも、遥かに醜いですね」
「な、なんですって……っ!」
「確かにエリザ様は、紛い物の美しさにすがって自滅した。でも、盲目的であれ彼女は『美しくなりたい』と必死だった。……でも、貴女はどうですか?」
私は、這いつくばる彼女の目線までしゃがみ、その老けた顔を真っ直ぐに見据える。
「貴女は、自分の持っていた『生まれつきの美貌』という武器がなくなった途端、ただ他人の足を引っ張って、泥沼に引きずり下ろすことしか考えない」
ビネッタは私から目を逸らして、唇を震わせていた。
「他人の悪意を扇動して、自分は安全な場所から笑っている。……貴女の心は、ネマの呪いなんか関係なく、最初から腐っていたんですよ」
「っ……! こ、このクソアマぁぁっ! 孤児院上がりの下民の分際でぇぇっ!」
逆上したビネッタが、狂ったように私に掴みかかろうとした瞬間。
シルアレク殿下が私の前に立ち塞がり、見下すような氷の視線で彼女を射抜いた。
「黙れ。これ以上、その汚い声でラフィナを罵るな」
王族としての絶対的な威圧感に当てられ、ビネッタは「ヒッ」と喉を鳴らして凍りついた。
そして、ティエリーが指先を少し動かすと、光の拘束がギリッと締まり、彼女は呻き声を上げて再び地面に伏した。
「殿下……この扇動者と、実行犯のゴミども。いかがなさいますか?」
ティエリーが、静かな声でシルアレク殿下に問いかける。
殿下は、ビネッタと気絶している男たちを、まるで路傍の石ころでも見るような冷たい目で見下ろした。
「王族と聖女に対する反逆、および重大な傷害未遂……そのすべてを、王城の広場で白日の下に晒し、相応の報いを受けさせる」
「承知いたしました。この者たちは私が連行します」
ティエリーがそう言うと、その場にいた全員を光のロープで拘束して、転移魔法で姿を消した。
路地裏に静寂が戻ると、殿下はふうと息を吐き、私に向き直って困ったように笑った。
「すまない、ラフィナ。結局、僕がしゃしゃり出て、君の新しい魔法の実験を邪魔してしまったね」
「いえ。殿下の蹴りの方が、私の魔法よりよっぽど痛そうでしたから、彼らにはお似合いの罰です」
こうして、王都の闇に蠢いていた陰湿な悪意は、実行される前に完全に摘み取られたのだった。
***
数日後。
王城の正面に広がる大広場にて、公開裁判が執り行われた。
広場には、事件の噂を聞きつけた多くの市民や、ベールを被った被害女性たちが集まっていた。
公開裁判の場に引き出された実行犯の男たちは、すでに殿下の『尋問』によって心身ともに完全に破壊されており、虚ろな目で震えるばかりだった。
実行犯の男たちには、『貴族の身分剥奪の上、最下層の地下採掘場での無期無賃労働を命じる。決して日の光を浴びることは許されない』という重い刑が下された。
男たちは泣き喚いて命乞いをしたものの、『聖女を強姦し、顔を焼き、身体を切り刻もうとした』というおぞましい罪状が読み上げられると、群衆からは同情どころか、石や汚物が容赦なく投げつけられた。
そして、次に広場の中央に引き出されたのは、粗末な罪人服を着た主犯格であるビネッタだった。
『伯爵令嬢ビネッタ。己の嫉妬から虚偽の噂を流布し、扇動して聖女を害そうとした罪は重い。よって、伯爵家は爵位を降格、当人であるビネッタは貴族籍から除籍とする』
「そ、そんな……! 嘘よ、私が平民になるなんて……っ!」
絶望して叫ぶ、ビネッタ。
しかし、彼女に対する本当の『罰』は、ここからだった。
私は静かに進み出て、広場を見渡した。
集まった被害女性たちは、ビネッタの身勝手な嫉妬によって自分たちが利用され、さらに現状唯一の希望である聖女を害そうとした事実に、怒りと軽蔑の眼差しを彼女に向けている。
私は壇上の前に進み出て、青ざめて震えるビネッタを見下ろした。
広場が水を打ったように静まり返る。
「ビネッタ元令嬢。貴女の顔の『呪いの進行』は、私がすでに浄化して止めてあります。これ以上、命に関わるような腐敗は起きませんし、老婆のように崩れ落ちることはありません」
「あ……あ、ありがとう、ございます……聖女様……」
ビネッタが涙を浮かべ、すがりつくように顔を上げた。
私を侮辱したり、皮肉を言う気力は、さすがにもう残っていないようだ。
しかし、私は一切の感情を交えずに、冷徹にその続きを口にした。
「ですが、ネマを討伐した後に予定される『失われた若さを取り戻すための治療』……それを、貴女には行いません」
「……え?」
ビネッタの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
「私は聖女として、被害に遭ったすべての女性を救うつもりです。しかし、私を貶め、治療の希望そのものを破壊しようとした貴女を助けるほど、私はお人好しではありません。その『おばさん』の姿で一生を過ごしてください。いずれ、本当の『おばさん』になれるだけマシだと思ってくださいね」
「そ、そんな……っ! 嫌よ、そんなの嫌ぁぁぁっ! 私の人生が終わってしまうじゃない!」
この老け顔のまま、今まで見下していた平民として、生きていかなければならない。
強者女性として美しさを鼻にかけ、他人を嘲笑っていた彼女にとって、それは耐え難い地獄だろう。
ビネッタは地面に這いつくばり、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き叫んだ。
「ごめんなさいっ! 謝るから、私が悪かったからぁ! お願い、私を治してぇぇぇっ!!」
しかし、広場に集まった群衆――特に、被害女性たちから彼女に向けられる視線は、氷よりも冷たかった。
彼女たちにとって、聖女は『元の顔に戻るための唯一の希望』だ。
その聖女を、まさに『亡き者』にしようとしたビネッタは、全被害女性を敵に回したも同然だった。
「自業自得よ!」
「自分がしたことを後悔しろ!」
「一生這いつくばっていなさい!」
そんな冷酷な罵声が、四方八方からビネッタに浴びせられる。
地位と美貌で他人を見下していた、かつての『強者女性』は、誰にも同情されることなく、惨めな底辺へと落ちていった。
完全なる因果応報の結末だった。




