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すっぴん聖女はイケメン王子に溺愛される ~私以外の女が化粧で劣化した事件~  作者: ネペタ


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逆鱗の王子

 

 ドゴォォォォォォンッ……!!!


 鼓膜を突き破るような凄まじい轟音と共に、路地裏の上空から『何か』が隕石のように墜落してきた。


 石畳が爆発したかのように砕け散り、猛烈な土煙と衝撃波が吹き荒れる。

 私に飛びかかろうとしていた男たちが「うわあっ!?」と間抜けな悲鳴を上げて弾き飛ばされる中、私はとっさに顔を腕で覆った。


「な、なんだ……!? 何が起きた!?」


 男たちが、むせ返りながら顔を上げた先。

 土煙が晴れたクレーターの中心から、一人の男がゆっくりと立ち上がった。


「――僕の愛するただ一人の女性を、凌辱し、汚し、傷つけようとしたな……!」


 地獄の底から響くような、絶対零度の声。


 そこに立っていたのは、おそらく公務をすべて放り出し、転移魔法で空から一直線に飛んできたシルアレク殿下だった。


 その姿には、いつも私に甘いポエムを囁く『ぽわぽわした王子様』の面影など微塵もない。


 海のように深い青い瞳には、一切の理性を焼き尽くした、冷酷極まりない殺意だけが沈んでいた。


 空から降下する直前、男たちが口走っていた下劣極まりない言動を聞き取っていたのだろう。


 王族として、いや、頂点に立つ捕食者としての圧倒的な怒りのオーラが、路地裏の空気を完全に凍りつかせていた。


「で、殿下……!? なぜ、こんな所に……っ!」


 リーダー格の男が震え上がって後ずさった瞬間、シルアレク殿下の姿が掻き消えた。


「がはっ……!?」


 次の瞬間には、殿下は男の懐に潜り込み、その鳩尾(みぞおち)に無造作な前蹴りを叩き込んでいた。


 男の身体が「く」の字に折れ曲がり、肺の中の空気をすべて吐き出して石壁に激突する。

 剣を抜くまでもない。

 殿下は流れるような身のこなしで、悲鳴を上げて逃げようとした二人目の男の首根っこを掴み、そのまま石畳に顔面から叩きつけた。


 メキョッ、と乾いた骨の砕ける音が響く。


「ぎゃあああああっ!! 鼻が、俺の顔がぁぁぁっ!!」


「うるさい。その薄汚い口で、二度と彼女の事を喋るな」


 絶叫する男の腕を、殿下は軍靴で容赦なく踏み砕いた。

 嫌な音が響き、男は白目を剥いて血溜まりの中に沈む。


 速い――。そして、恐ろしいほどに重く、洗練された暴力だ。

 ただの飾り物の王子ではない……彼は王位継承者として、幼い頃から血を吐くような武術の鍛錬を積み重ねてきた『超一流の戦士』なのだ。


「ひ、ひぃぃっ! お、お許しを! 俺たちはただ、あの女に唆されて……!」


 残った男たちが、酸の瓶とナイフを放り出し、地面に額を擦り付けて無様に命乞いを始めた。


 しかし、シルアレク殿下は冷たい見下すような視線を向けたまま、腰の長剣をゆっくりと引き抜いた。

 チャキリ、と冷酷な金属音が路地裏に響き渡る。


「貴様らの罪は、万死に値する」


 殿下の声は、どこまでも平坦で、それゆえに静かな狂気を孕んでいた。


「僕の愛する人を、己の下劣な性欲の捌け口にし、尊厳を奪い、その顔を溶かして辱めようとした。……その悍ましい事実は、いかなる言い訳を並べようと覆らない。楽に死ねると思うな。生きたまま肉を削ぎ、手足の骨を一本ずつ丁寧に砕き、王宮地下牢の暗闇の中で永遠の絶望を与えてやる」


 殿下が剣を振り上げ、恐怖に失禁する男たちに最後の一撃を振り下ろそうとした瞬間。


「……殿下、そこまでです」


 私は静かに声をかけ、殿下の背中にそっと触れた。


「ラフィナ……っ! しかし、こいつらは君を!」


「私は無傷です。それに、こんなゴミ虫たちのために、殿下がご自分の手をこれ以上汚す必要はありません。……それに、本命のネズミは別にいますから」


 私が路地裏の入り口の暗がりを見据えると、殿下はハッと我に返ったように剣を下ろし、「ふう」と深く荒い息を吐き出した。

 

 その瞳から冷酷な殺意がすっと引き、いつもの私を気遣う優しく温かい色に戻る。


「……すまない、ラフィナ。神殿でリンリルから『ラフィナ様が危ない』という話を聞いて、転移魔法で飛んできたんだ。こいつらの吐き気を催す企みを聞いて、僕の理性が完全に吹き飛んでしまった……! 怖い思いをさせて、本当に申し訳ない……!」


「全然怖くなかったですよ。むしろ、新しい聖魔法を試す的がなくなって、少し残念なくらいです」


「えっ、君もやる気だったのかい!?」


「それはさておき……殿下がこんなに強いなんて知らなくて、少し驚きました。すごく頼りになって……なんだか感動しました」


 私が素直な感想を口にすると、殿下はぱっと顔を輝かせ、先ほどの冷酷な処刑人と同じ人物とは思えないほどに、耳を真っ赤にして照れ始めた。

 色んな意味で、本当に素直な人だ。


「さて……」


 私は気を取り直し、男たちが倒れ伏す路地裏から、ゆっくりと外へと視線を向けた。


「安全圏から高みの見物を決め込み、人の尊厳を泥で汚そうとした黒幕を引きずり出しましょうか。……ティエリー様、捕まえましたか?」


 私の問いかけに応えるように、路地裏の入り口の影から、翠色のローブを着た宮廷魔法使いが、光の縄で縛り上げた一人の女を引きずりながら姿を現した。


「ええ。ネズミ一匹、逃がす私ではありませんよ殿下が空から派手に突っ込んでいくものですから、私は裏口の封鎖に回らせていただきました」


 ティエリーの冷ややかな笑みの足元で、上等なドレスを泥まみれにしながらもがいていたのは――私を地獄へ突き落とす計画を立て、それを覗き見てほくそ笑んでいた、伯爵令嬢ビネッタだった。


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