悪女令嬢の悪意
◇
「……許さない。絶対に許さないわよ、あの小娘……っ!」
路地裏に歩みを進めながら、私はギリッと爪を噛み、血が出るほど唇を噛み締めた。
ショーウィンドウのガラスに、自分の顔がうっすらと映る。
かつて、常に社交界の中心にいて、男たちがこぞって私に跪き、宝石やドレスを貢いできた、非の打ち所のない美貌……。
それが今はどうだ……肌はくすみ、目元には醜い皺が寄り、頬にはシミが浮き出ている。
どう見ても、くたびれた中年女の顔だ。
「クソッ……!」
エリザのような、必死に化粧品を買い漁っては塗りたくる哀れな女たちを見下し、「私は何もしなくても美しい」って、絶対の優越感を抱いていたのに……!
あんな魔女の呪いのせいで、私の完璧な顔に、こんな惨めなシワとシミが刻まれてしまった。
本来ネマの化粧品なんて、私には必要なかったんだ。
ただ「持っていないとダサい」から、男に貢がせて少し使っていただけだ。
それだけで、なぜ私がこんな理不尽な目に遭わなければならないのか。
でも、ネマへの怒り以上に、私が何よりも許せないのは……あのラフィナという小生意気な聖女だ。
(この際、女は皆平等に醜く劣化すべきなのよ……!)
皆が等しく老婆になったのなら、まだ我慢できた。
その中でも軽症の私なら、再び優位に立てたからだ。
なのに、あいつだけが抜け駆けをして、若く美しい素顔を保っている。
それどころか、私が手に入れたくても決して手が届かなかった王国の至宝、シルアレク王子からの圧倒的な寵愛まで独占している……。
(あいつの顔を、ぐちゃぐちゃにしなきゃ気が済まない……! 男から見向きもされない、醜い化け物にしてやるわ)
あの生意気な顔が、二度と男から見向きもされないような、一生消えない傷をつけてやれば……そうすれば、シルアレク王子だって目を覚まして、あんな醜い女は捨てるに決まっている。
あいつをチヤホヤしてる男共も、目を覚ますだろう。
そうなれば、最も軽症の私が再び一番美しい女になれる……!
◇
私は黒いベールで顔を隠し、足早に神殿の前にある広場へと向かった。
そこには、呪いの治療を受けようと順番を待っている、醜い顔をした被害女性たちが暗い顔で群れていた。
私は彼女たちの集団に紛れ込み、わざと聞こえるように、大きなため息をついて囁き始めた。
「……本当に、腹立たしいわよね。聖女様は、ずっと前からこの呪いのことを知っていたのに、私たちには黙っていたんだから」
「え……?」
周囲が、ざわつき始める。
「考えてもみなさいよ。彼女だけが一切化粧品を使わず、一人だけ無傷だったのよ? 私たちを全員化け物にして、自分だけが国中の男たちを独占するために、わざと見捨てたに決まっているじゃない」
私の悪意に満ちた嘘は、絶望と嫉妬に飢えていた女たちの間に、乾いた薪に火を放つようにあっという間に燃え広がっていった。
女たちの目に、聖女への明確な憎悪が宿るのを確認し、私はほくそ笑んだ。
これで、あの聖女に味方する奴はいなくなる。
これから『ズタボロになる愚かな聖女』に、同情する人間はいなくなるのだ。
下準備を終えた私は、王都の裏路地にある薄暗い酒場へと向かった。
そこには、ネマの呪いで婚約者が化け物になり、絶望と怒りで自暴自棄になっている柄の悪い貴族の男たちが、昼間から酒をあおって管を巻いていた。
「……ねえ、貴方たち。聞いてちょうだい」
酒場に入り、血走った目をしている男たちのテーブルに近づくと、私は声を潜めて囁いた。
「あの聖女ラフィナ……彼女、本当は呪いのことを最初から知っていて、私たちを見捨てたのよ」
「なんだと……!?」
「本当よ。自分だけが若さを保つことで、男たちを独占するためにね。私がこの目で見たわ。あいつ、路地裏で自分の計画が上手くいったって笑っていたのよ」
ありもしない噂を吹き込むと、行き場のない怒りを抱えていた男たちの目に、明確な『敵意』が宿った。
「あいつのせいで、俺たちの人生はめちゃくちゃになった……!」
「女がみんな劣化したせいで、結婚相手がいなくなっちまった!」
「あの聖女だけ綺麗な顔をしてるから、求婚してやったのに……! 殿下に色目使って守らせて……何様のつもりだ!」
愚かな男共だ……実に御しやすい。
こいつらは誰でもいいから、自分たちの理不尽な不幸の責任を押し付け、八つ当たりできる『サンドバッグ』が欲しいだけなのだ。
私は心の中で冷たく嘲笑いながら、さらに男たちを煽り立てた。
「許せないわよね。……ねえ、あの聖女を好きにしていいわよ」
「好きに……って、王子の庇護下にある女だぞ?」
「大丈夫よ。綺麗な顔をしているから、王子も魔法にかけられているだけ。あの生意気な顔に傷をつけて、醜くしてしまえば……王子だって、あんな汚れた女、すぐに捨てるはずだわ」
男たちは顔を見合わせた。
その瞳には、聖女という手の届かない存在を蹂躙し、引きずり下ろすという下劣な欲望と、暴力への渇望がギラギラと浮かび上がっていた。
「……違いない。あの澄まし顔を、恐怖で歪ませてやる」
「王都から若い女が居なくなって、大分溜ってるしな。たっぷり発散させてもらうぜ」
「傷モノ聖女なんて、何の価値もない。あのアホ王子も手を引いて縁切りするだろうさ」
「お高くとまった聖女様を、ぐちゃぐちゃにしてやるよ……!」
男たちが下卑た笑みを浮かべて、足早に酒場を出ていく。
その後ろ姿を見送りながら、私は自分でも分かるくらいに、歪んだ笑みを浮かべた。
(さあ、絶望しなさい聖女ラフィナ。貴女も泥水の中に引きずり込まれて、誰からも愛されない醜いゴミになるのよ)
王都の裏路地で、取り返しのつかない最悪の罠が、静かにその口を開けようとしていた。
◇




