実力を知るための手合せ
「……手合わせ?」
予想外の提案に、私は目を瞬かせた。
ティエリーは真剣な表情のまま、言葉を続ける。
「ラフィナ殿の力は、底が知れません。……王妃様の皮膚病を治した『解毒』の聖魔法。殿下や王妃様のお話では、貴女は『さらっと簡単に済ませた』そうですが、魔法学の観点から見れば、とんでもない芸当です」
「買い被りですよ。『瘴気』や『呪い』という実体のないものを『浄化』するよりも、『毒』という物理的なものを『解毒』する方が、簡単なのは事実ですから」
解毒魔法は聖女にとっては初歩の聖魔法だから、そんな大袈裟なことをしたつもりは一切ない。
ティエリーは肩をすくめて、話しを続けた。
「その『浄化』もですよ。ネマの真実が露見したあのパーティーの夜から、連日連続の『浄化』……貴女がご自分で言った通り、簡単な事ではない『浄化』を長時間に渡り、数えきれない程行っている。それも、カルネア様が『浄化』出来ない程の強力な呪いを……です」
眼鏡を指で直しながら、そのレンズの奥の美しい瞳が私を見据えていた。
「ラフィナ殿が、桁外れの聖魔力をお持ちであることは承知していますが、まさに底知れない魔力量としか言いようがありません」
彼は一歩、私に歩み寄った。
「ご存知の通り、『聖魔力』というエネルギーは女性にしか宿りません。つまり、『聖魔法』は聖女にしか使えない特殊な魔法という事です。我々普通の魔法使いには、その構造を真似ることも、正確に観測することも出来ない」
「……まあ、そうですね」
「私は知りたいのです。貴女が持つ破格の聖魔力で、一体『何が』出来るのか。そして、『どこまで』出来るのかを。……それが、あの魔の森を攻略し、ネマを討つための戦術を組み立てる上で不可欠なのです」
ティエリーはそこで言葉を区切り、ほんの少しだけ、探求者としての熱を帯びた瞳で微笑んだ。
「それに……私自身、聖魔法の使い手……すなわち、聖女と直接手合わせをしたことは一度もありません。もし叶えば、初めての体験になります。魔法使いとして、純粋に興味があるのですよ」
なるほど……理にかなっているし、彼の知的好奇心も理解できる。
未知の領域に挑む以上、パーティーメンバーの限界値を正確に把握しておくのは当然のことだ。
魔の森探索の実質的な責任者は、おそらく最高峰の魔法使いである彼が務める事になるだろう。
私としても、自分の命を預けるに値するのかを、身をもって知っておきたい。
なにせ、ティエリーがどれほどの魔法使いなのか、私はよく知らない……今まで、彼が魔法を使っているところを見たことがなかったからだ。
これは、良い機会なのかもしれない。
「わかりました。……実は私も、少し興味があったんです」
私は立ち上がり、服の埃を払った。
「この国で最高峰の魔法使いの魔法が、一体どれほどのものなのか。見ておいて損はないですからね」
「ありがとうございます。では、神殿の地下にある広間をお借りしても?」
「ええ、あそこなら頑丈な結界が張ってありますから、多少派手にやっても外にはバレませんよ。殿下に気取られる心配もありません」
私が冗談めかして言うと、ティエリーは「それは何よりです」と、上品な笑みを浮かべた。
そうして、私たちは誰にも内緒で、神殿の地下へと足を踏み入れた。
論理と構造で世界を書き換える『魔法』と、女性のみが持つ力で世界を清める『聖魔法』。
その二つが交える、静かな決闘が始まろうとしていた。




