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すっぴん聖女はイケメン王子に溺愛される ~私以外の女が化粧で劣化した事件~  作者: ネペタ


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ティエリーの来訪

 シルキーの絶望を浄化した数日後。


 王都を覆っていた瘴気は、少しずつだが確実に薄れつつあった。


「ラフィナ様、行ってまいります!」


 朝。サリィ校初等科の深紅の制服に身を包んだリンリルが、元気な声で神殿の扉を開ける。

 

 かつて、母親や姉から「幻覚が見える気味が悪い子」と虐げられ、学校でもずっと無口で孤独だった彼女は、今やすっかり明るさを取り戻していた。


 学校で新しく友達もできたようで、毎朝楽しそうに登校していく彼女の小さな背中を見送るたび、私の心は温かく和んだ。


「さて、私も仕事だね」


 リンリルを見送った後、私は神殿の待合室へと向かった。


 そこには今日も、ネマの呪いで顔が劣化してしまった被害女性たちが長蛇の列を作っている。


 私はいつものように右手をかざし、淡々と、しかし確実に彼女たちの『浄化』にあたった。


 その間、神殿の管理者であるカルネア様は「私は街に漂う薄い瘴気を少し祓ってくるわね。帰りにお買い物もしてくるから、お昼には戻るわ」と微笑み残し、街へと出かけていった。



 やがて昼下がりになり、ようやく今日の浄化待ちの列が一段落した。


 私は大きく背伸びをし、神殿の裏庭にあるベンチで一人、静かに息を吐き出して休憩を取っていた。


 いつもなら騒がしい王子様が、特大のケーキ箱を抱えてやってくる時間帯だが、今日は公務が立て込んでいるらしく、姿を見せない。


 久々の完全な静寂だった。


「お邪魔します、ラフィナ殿。少しよろしいでしょうか」


 ふわりと、風の音に紛れるような静かな足音と共に、穏やかな声がかけられた。


 振り返ると、そこに立っていたのは宮廷魔法使いのティエリーだった。


 いつもの堅苦しい翠色のローブではなく、街に溶け込むような落ち着いた平民風の私服姿だ。

 細縁の眼鏡の奥の理知的な瞳が、柔らかく弧を描いている。


「ティエリー様。珍しいですね、お一人なんて」


「ええ。今日はラフィナ殿と、二人だけでお話がしたくて参りました」


 ティエリーは悪戯っぽく、しかしどこか冷徹さを含んだ美しい笑みを浮かべ、人差し指を口元に当てた。


「シルアレク殿下は現在、山積みの公務に忙殺されています。彼には内緒で抜け出して来ました。……この事を知られれば、ひどくヤキモチを焼かれてしまいますからね」


「ああ……容易に想像がつきますね。面倒くさいので、絶対に内緒にしておきましょう」


 私が即答すると、彼はクスクスと肩を揺らして笑った。

 その優雅な立ち振る舞いは、女性なら見惚れてしまうほどに洗練されている。


 だが、彼から発せられる魔力の密度は、決して穏やかなものではない。


 研ぎ澄まされた刃のような、冷たく鋭い気配を常に纏っている。


「それで、お話というのは?」


「『魔の森』についてです」


 彼が声を落とすと、周囲の空気がピンと張り詰めた。


「あれから、私は単独で何度か魔の森へ調査に向かいました。……ネマの痕跡を捜索しましたが、残念ながら見つかっていません。やはり、簡単に見つかるような浅い場所には居ない。深部に潜伏している可能性が極めて高いです」


「一人で魔の森に入ったんですか? いくらティエリー様でも、危険ではないですか?」


 私が純粋な疑問を口にすると、彼は眼鏡の位置をスッと直し、少しだけ楽しそうに目を細めた。


「魔法使いという職業上、魔の森は避けて通れない場所なのです。希少な素材集めや、魔物の生態調査、そして自分自身の魔法使いとしての修行……様々な理由において、魔の森は魔法使いにとって巨大な『研究対象』なんですよ」


「研究、ですか」


「ええ。それに、未知の場所というのは非常に魅力的です。未開の地は、魔法使いの好奇心や探求心を駆り立てるんですよ。あの森の深部には、まだ解明されていない謎が多く眠っていますからね」


 普段より熱っぽく語る彼の横顔は、完全に『知の探求者(魔法オタク)』のそれだった。


 自分でも気づいたのか、ティエリーは冷静さを取り戻して表情を引き締める。


「……ですが、そこで『人探し』となると話は全く変わります。困難を極めますし、相手が見つからないように隠れているとなると尚更です。それに深部の魔物は凶悪です。常に魔力酔いや衰弱死のリスクも伴う。いくら私でも、迂闊に深くまでは入り込んで行けません。……しっかりとした準備と調査、そして確実な戦力が必要です」


 彼の言葉を聞いて、私は一つ懸念を口にした。


「……もしかして、私たちがモタモタしている間に、ネマはもう森を出て、別の国へ逃げてしまったのでは?」


「いえ、それはあり得ません」


 ティエリーは即座に、そして断固として首を振った。


「魔の森は、王宮が管理する巨大な『魔導器』が作り出す結界に完全に囲まれています。この結界を通らなければ、人間も魔物も、森に出入りすることは不可能です。そして、結界の通過記録は私が最優先でマークしています。……ネマが森から出た形跡は、一切ありません。彼女はまだ、確実にあの森の中にいます」


 彼の説明に、私は安堵の溜息をついた。

 逃げられていないのなら、乗り込んでその化けの皮を剥ぐだけだ。


 それに、ネマが魔の森から出た場合でも、きちんと観測されることが分かったので、取り逃がすということはなさそうだ。


「現状は理解しました。それで、その『しっかりとした準備』のために、私に何か手伝えることがありますか?」


 私が尋ねると、ティエリーは真っ直ぐに私を見据え、(うやうや)しく一礼した。


「はい……今日は、その為に来ました。単刀直入に申します。ラフィナ殿……私と、手合わせを願えないでしょうか」



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