友達だった弱者聖女・前編
下層区へ向かう道すがら、私は沈黙のまま過去を思い返していた。
孤児院に居た私と、貧しい家に生まれたシルキーは下層区にある学校で知り合った。
彼女は同い年で、内向的でおとなしく、自己肯定感の低い弱気な性格だったが、根は誰よりも真面目で優しかった。
孤児院育ちで不愛想な私にも、分け隔てなく接してくれて、私の『強い聖魔力の影響で瘴気を悪臭と感じる』体質にも、理解を示してくれていた。
そしてシルキーも、少ないながら聖魔力を持っていた。
聖魔力がある女性は、すべからく聖女になる資格と素質を持つ事を意味する。
「私でも、聖女様になれるの……? 夢みたい……! それに、ラフィナちゃんが一緒なら、すっごく心強いよ」
そう言って、いつも不安そうな表情をしているシルキーが、嬉しそうに笑っていたのを覚えている。
共に貧困層出身の私たちは、一緒に聖女になろうと約束して、15歳の時にそれを叶えた。
「聖女になると、行き遅れる」
「女なら花嫁修業して、早く嫁いだ方が幸せになれる」
下層区では、周囲からそんな事を言われたりもした。
私は男なんてどうでもよかったし、大聖女様に憧れていたし、何より『(自分の周りだけでも)臭い瘴気を嗅がなくて済む世界にしたい』という目的があったので、聖女になる事しか考えてなかった。
「私は……こんな感じだから、どうせ一生男の人と縁がないもん。せっかく聖女様になれる力を持ってるんだから、私は恵まれてるんだと思う」
聖女になった時、シルキーは自虐を交えて、そう笑っていた。
私たちは聖女になり、堅実に働き、慎ましく生活していた。
地味だけど、穏やかな日々だった。
しかし――ネマの化粧品ブームが、すべてを狂わせた。
世間の女性たちがこぞって化粧をし始め、やがて神殿の若い聖女たちまでもが規律を破って化粧品に手を出すようになった。
「化粧をしないなんて、女を捨ててる」
「身だしなみも整えられないなんて品性が無い」
まるで、化粧をしていないことが罪になるかのような、異常な空気感が街を支配した。
そんな女特有の強大な同調圧力が、自己肯定感の低かったシルキーの心を、徐々に押し潰していったのだ。
流行に取り残される、疎外感と孤独感。
そして、「私も綺麗になってみたい」という抑えきれない憧れ。
ついに彼女は誘惑に負け、ネマの化粧品を使ってしまった。
『私は化粧したいなんて微塵も思わないから、シルキーも同じ気持ちに違いない』
無意識に、私はそう考えていたのだろう。
彼女を無条件に信じていた……。
そんな自分の願望を信じていたのだ。
その油断と慢心のせいで、シルキーの心情の変化に気が付けなかった。
化粧をしたシルキーは、見違えるように綺麗になった。
他の女から「綺麗だね」と褒められて、さらに生まれて初めて、男から声をかけられた彼女は、すっかり舞い上がってしまった。
女として認められた喜びに溺れた彼女は、ついに男と関係を持ち――聖女としての力を失ってしまった。
『私……聖女になったのなんて、他に何もないから消極的な理由で選んだだけだったんだよ。ラフィナちゃんみたいに聖魔力も大きくないから、どうせ特別な聖女にはなれないんだし……。今の私には、愛してくれる男性がいるから、聖女なんてどうでもいいの』
自分を納得させるようにそう言い残し、彼女は神殿を去った。
私とはすっかり疎遠になり、街で偶然すれ違った時は男と腕を組んでいて、すっぴんで「ネマの化粧品は臭い」と顔をしかめる私を、まるで可哀想な生き物を見るような……憐れむような目で見下していた。
化粧をするというのは、余程の優越感を得られるものだったのだろう。
私は変わり果ててしまった友達に、かける言葉が見つからず、ただ喪失感だけが残った。
そして今――彼女のその幸せは、最悪の形で崩れ去っていた……。




