なぜ『聖女は男に興味がないのか』について
シルアレク殿下を交えて、3人で神殿の中庭で休憩をしていると、ふわりと温かい日差しのような声がかけられた。
「ラフィナとリンリルちゃん、特訓お疲れ様ねぇ。殿下もわざわざお越しいただき、ありがとうございます」
振り返ると、そこに立っていたのは神殿の管理者であり、私たち聖女の長であるカルネア様だった。
上品で温かみのある女性で、優しくておっとりとした口調は、聞いているだけで心が安らぐ。
年齢は42歳で、聖女として生涯を捧げると誓い、未婚の独身で男性に触れたことすらないという彼女は、まさに『聖女の鑑』のような人だ。
なので、当然『ネマの化粧品』を使っておらず、被害を免れていた。
そんなカルネア様に、シルアレク殿下がさわやかな笑顔で挨拶をする。
「お邪魔しています。頑張っている2人に差し入れを持って来たんですよ。良かったら、カルネアさんもご一緒にいかがですか?」
「まあ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただこうかしら」
和やかな笑顔のカルネア様も加わって、4人で中庭の陽だまりの中でお茶を飲む。
カルネア様は、殿下の母上である王妃様と同世代で、実際に面識もあるそうなので、最近の王妃様のご様子の話で花を咲かせていた。
そうしていると、ふとカルネア様が思い出した様に、紅茶のカップをテーブルに置いた。
「……こうして、聖女が男性とお茶を飲みながらお話するなんて、昔じゃ考えられませんでしたから……時代の流れを感じますね」
「……? どうしてですか?」
リンリルが、お菓子を食べながら不思議そうに問いかける。
「昔の聖女はもっと厳しくて、男と会話したり、触れたりすると『穢れる』って言われていたから、男には絶対に近寄らないように気をつけていたらしいよ」
私が、その問いに答えると、再びお茶を飲みながら、カルネア様は懐かしそうに目を細めた。
「そうね……そんな時代があったのよねぇ。今は『根拠がない』と緩和されているから、会話や触れる程度なら全く問題ないんですよ。でも、男性と『契る』と聖魔力が失われるのは紛れもない事実ですから、今でも規律として禁止されていますし、『結婚=現役引退』が聖女の慣習になってますからね」
「契る……?」
リンリルが、小首を傾げて赤い瞳を瞬かせた。
「んー、もう少し大きくなれば分かるよ。……といっても、私は今もその感覚は、全然分からないけどね。男と契りたいとか、微塵も思わないから」
「今はそれでいい。むしろ、そうじゃないと困る。君は世界の命運を握るただ1人の聖女なのだからね。いかなる理由があろうと、その力を失わせるわけにはいかない」
向かいの席で、紅茶を飲んでいたシルアレク殿下が深く頷いていた。
私は、彼をジト目で見つめ返す。
「今だけじゃなくて、未来でも男とそんなことするなんて、想像もしたくないですよ……」
私がぼやくと、カルネア様が微笑ましい表情を見せた。
「ふふっ、それで良いのではないですか? 私と同じで、ラフィナも根本的に男性に興味がないのでしょう。……もしくは、聖女の本能で、無意識に男性を避けているのかもしれませんね」
「本能……ですか?」
「ええ。聖女の命とも言える聖魔力は、男性と交わると失われてしまう……だから、体内の聖魔力が防衛本能を働かせて、男性そのものを『穢れ』と認識して、遠ざけようとしているのかもしれません」
カルネア様の推論に、シルアレク殿下は顎に手を当てて、深く感心したように頷いた。
「なるほど……あり得る仮説だね。ラフィナは破格の聖魔力を有しているから、余計に男を『穢れ』と捉えてしまうのかもしれない」
「言われてみると、そうなのかも……。なぜか昔から『うっすら男が嫌い』でしたから。特に最近は、手のひら返しの連中を見たせいで、本気で男が嫌いになってますし……」
私は腕を組み、殿下をちらりと見た。
「でも……同じ男でも、シルアレク殿下が穢れているなんて、これっぽっちも思わないですけどね」
「……!?」
私の何気ない一言に、殿下は紅茶を吹き出しそうになり、バチッと目を丸くした。
「う、嬉しいことを言ってくれるね」
「まあ、事実なんで。……でも、さっき言ったように、契りたいとはまったく思わないですけどね」
「今はそれで十分さ」
「だから、未来でもそうは思わないですって……」
(殿下……顔が赤い。まったく、大袈裟な人だ)
表面上は余裕ぶっているが、耳まで真っ赤に染まっている殿下を見て、私は内心で少しだけおかしくなってしまった。




