特訓とティータイム(王子を添えて)
リンリルを子爵家から神殿へと引き取ったその日から、さっそく『聖女候補生』としての特訓と、私との共同生活が始まった。
私は元々、神殿の中にある一室を間借りして生活している。
神殿に空き部屋は他にもあったが、まだ9歳の子供を一人きりにしたくない。
それに、聖魔力のコントロールというのは、机に向かって学ぶものではなく、日常的な呼吸や生活の中で行い、会得していくものだ。
常に一緒に居た方が教えやすいし、身に付きやすいため、私の部屋で同居することにしたのだ。
「ラフィナ様と、同じお部屋……」
「嫌だったかな? 私の部屋、本と資料ばかりで少し殺風景だからね」
「いいえ! とっても嬉しいです……!」
荷物をほどきながら尋ねると、リンリルは真紅の瞳を輝かせ、花が咲いたような笑顔を見せた。
今まで、薄暗い離れの部屋で孤独な生活を強いられていたリンリルは、私と一緒の生活を心底喜んでくれた。
寝る時も、私の服の裾をぎゅっと握って眠る姿は、たまらなく愛らしい。
私も孤児院時代は集団生活が当たり前だったから、誰かとの共同生活はまったく苦ではなかったし、可愛らしい妹が出来たみたいで、内心とても楽しい気持ちになっていた。
「よし、じゃあさっそく基礎訓練から始めようか」
「はいっ、よろしくお願いします!」
「いい? リンリル。まずは『内在する聖魔力を自覚する訓練』……自分の中にある光の感覚を見つけて。少しずつでいいからね」
「はい、ラフィナ様」
神殿の中庭で、私たちは聖魔法を使うための基礎訓練を行っていた。
リンリルの強大な才能を、正しく導くためのステップは3つだ。
第一段階が、自分の中に眠る膨大なエネルギーを自覚すること。
第二段階が、その聖魔力を肌を通じて、世界と馴染ませて折り合いをつける訓練だ。
外の空気(瘴気)と自分の聖魔力を肌の上で接触させ、反発しないように調整する。
これを怠ると魔力酔いを起こしてしまう。
そして第三段階が、馴染ませることに慣れたら、放出する感覚で聖魔力を外に出す訓練。
これが聖魔法の形となる。
「……うん、筋がいい。その調子でゆっくり押し出してみて」
「こう、でしょうか……っ!」
リンリルが小さな両手を前に突き出すと、淡い光が漏れ、周囲の空気がふっと澄み渡った。
「……うん、いい感じ。その感覚を忘れないで」
「ありがとうございます、ラフィナ様!」
私が基礎から順を追って教えると、リンリルは目を閉じて真剣にその感覚を探り、驚くべき早さで吸収していった。
やはり、彼女の才能は本物だ。
まだ微かな聖魔力しか放出できないけど、始めたばかりでこれなら、訓練次第ですぐに並の聖女以上の聖魔法が使えるようになるだろう。
現在、王宮では宮廷魔法使いのティエリーが『魔の森』へのアプローチと、ネマ捜索の為の対策を練ってくれている。
彼から準備完了の報せが来るまでの間に、リンリルには聖魔法『浄化』を使えるようになってもらいたい。
「やあ、二人とも! 訓練の調子はどうだい?」
振り返ると、両手に豪華な焼き菓子とフルーツの籠を持ったシルアレク殿下が、キラキラとした笑顔で立っていた。
「殿下。公務の合間ですか? わざわざ差し入れなんて……お気遣いなく」
「何を言うんだ。愛する君と、君の可愛い弟子のために、王都で一番美味しいと評判の菓子と、新鮮なフルーツを買って来たんだ。疲れた時には、甘いものが一番だからね」
殿下は中庭のテーブルにお菓子を並べると、芝居がかった手つきで私の手を取った。
「それにしても、指導に当たる君の姿も最高に美しいね。その真剣な眼差し、使命に燃える凛とした表情……ああ、今日も君の素顔は、世界で一番尊い輝きを放っているよ」
相変わらずのポエム調である。
私がため息をつき、「はいはい、どうも。お茶でも入れますね」と適当に聞き流して、手を引き抜こうとした、その時だった。
「……王子様は、外見だけでなく中身も本物の王子様なんですね……! 素晴らしいです!」
ふと、横から鈴を転がすような、真面目な声が聞こえた。
見れば、リンリルがルビーのような瞳をキラキラと輝かせて、殿下を見つめていた。
「ラフィナ様は、とても美しくて尊いお方です。そのラフィナ様をこんなにも真っ直ぐに想っていらっしゃるなんて……素晴らしい王子様です。お二人は、とってもお似合いです!」
リンリルの淀みない称賛の言葉に、シルアレク殿下は雷に打たれたように目を見開いた。
そして次の瞬間、感動で打ち震えながらリンリルの小さな両手をガシッと握りしめた。
「リンリル! 君はなんて賢くて良い子なんだ……! まさに天使! まさに未来の聖女だ!」
「そんな……もったいないお言葉です。王子様とラフィナ様の幸せを応援しております」
「ああ、ありがとう……っ! 本当にありがとう!」
殿下は、感極まったように声を震わせていた。
相変わらず大袈裟に思えるけど……まあ、無理もない。
そもそも本来、王子ともあろうお方が『孤児院出身の地味な聖女』に求婚すること自体、前代未聞なのだ。
身分や立場が違い過ぎるうえに、聖女には『規律(男性と不純交遊の禁止)』という壁があるのだから、求婚相手としては絶対にあり得ないだろう。
おそらく身内の王族や、周囲の貴族からは理解されず、陰口を叩かれて変人扱いされる事だって、多々あったはずだ。
殿下を理解して味方しているのは、王妃様とティエリーぐらいだろう。
そんな中で、こうして純粋な子供に自分の想いを理解してもらえて、真正面から肯定されたことが、よほど嬉しかったのだと思われる。
「素晴らしいよ、リンリル! 君は最高の友だ! さあ、この焼き菓子を一緒に食べよう!」
「王子様、ありがとうございます! いただきます!」
気がつけば、王国の第二王子と9歳の少女が、私を真ん中にして意気投合を果たしていた。
私は呆然として、こめかみを押さえた。
真剣な顔で褒め称え合う2人を見ていると、心の中でツッコミが追いつかない。
しかし――不思議と、嫌な気分ではなかった。
「ほらほら、お茶が入りましたよ。2人とも座って」
「ああ、ありがとうラフィナ」
「いただきます、ラフィナ様」
こんな風に3人でテーブルを囲み、殿下が持ってきた最高級の焼き菓子を頬張りながら温かい紅茶を飲む時間は、決して悪いものではなかった。
リンリルが「美味しいね」とはにかみ、殿下が嬉しそうにお茶を注ぐ。
私が「甘すぎる」とぼやきながらも二個目のクッキーに手を伸ばすと、二人が顔を見合わせて笑う。
それはまるで、どこにでもある仲の良い『家族』の風景のようで……『魔の森』という過酷な死地へ赴かなければならない重圧も、街を覆う呪いの瘴気も、このテーブルの周りだけはすっかり忘れさせてくれた。




