第76話 デモニッシュの影(5)
一時間後、小畑さんがスパークルの事務所にやってきた。
「おぅ、やっちまったな。まさか駒崎に話を聞かれるなんて」
事務所に入って僕を見るなり、小畑さんは顔を歪ませながら言った。綾乃に話を聞かれたことは、すでにメッセージで小畑さんには伝えてあった。
「……すみません。まさか、綾乃が近くにいるとは思わなかったので……」
「まぁ状況を確認せずに話をした俺のミスでもある。気にするな」
小畑さんは言いながら、部屋の真ん中にあるイスにドカッと腰を下ろした。
「しかし、俺たちの会話を聞いて逃げ出すってことは、いよいよ濃厚になってきたな」
「……ねぇ。本当なの? 綾乃ちゃんが、デモニッシュの関係者だって……」
まるで僕しかいないみたいに話を進める小畑さんに対して、片瀬さんが目を細めながら言う。
片瀬さんには、小畑さんが来るまでにあらかた背景は話しておいた。綾乃がデモニッシュの関係者だと聞いた片瀬さんは、僕とまったく同じ反応をしていた。信じられないのだろう、これまで一緒に働いてきた綾乃が、デモニッシュだなんて。
「アキラくん、片瀬にはどこまで話した?」
「一応、小畑さんに聞いたことはすべて話しましたけど……」
「そうか。……それじゃあ、駒崎の件について詳しく話そうか」
そう言って、小畑さんが綾乃のことを話し始める。
発端は防犯カメラの映像だったという。
デモニッシュの被害に遭ったと思われる店舗近くの防犯カメラの映像を過去に遡って確認していると、毎回同じ人物が映っていることに気づいた。AI顔認証システムを使ってその人物の顔を登録して他の映像とも照合すると、複数の現場に現れていることが判明し……なおかつS.G.Gの、スパークルのメンバーであることが分かる。
ここで小畑さんは、綾乃をデモニッシュのスパイであることを疑ったらしい。そしてS.G.G本部に連絡し、スパークルからのアクセスログを取り寄せたところ……深夜などの不自然な時間帯に、S.G.Gのデータベースへアクセスしたログが見つかった。
「例えばこれは、俺たちがスーパーでセキュリティ対策をしていた時のアクセスログだ」
小畑さんが僕たちに何枚かの資料を差し出してくる。そこには日時と、データベースのページタイトルが印刷されていた。
「この時間帯に、この事務所からデータベースに入れたのは駒崎だけのハズだ。そしてアクセスしたページを見てみろ」
小畑さんが資料の一部を指さす。そこにはS.G.Gに所属するメンバーの名前が書かれていた。
「この日に駒崎がアクセスしたのは、S.G.Gメンバーの名簿だ。どうして仕事終わりに、普通のヤツがS.G.Gの名簿を見る必要がある?」
たしかに、その日は綾乃が「セキュリティコンサルには興味ないから」と先に帰った日だ。駅まで送ったんだから、間違いない。すると綾乃は僕と別れたあとに、また事務所に行ったことになる。明らかに怪しい行動だ。……でも。
「……はやくS.G.Gに馴染みたくって、他の人のことを調べていただけかもしれないじゃないですか」
早口で、小畑さんに反論してしまう。本当はどうなのか、自分でももう何となく分かっている癖に。
「まぁこれだけだと、確固たる証拠にはならない。でもな、もっとちゃんとした証拠があるんだよ。言い逃れのできないヤツがな」
そう言うと、小畑さんはまたも紙を差し出してきた。手に取って見る。どうやら防犯カメラの映像を印刷したものらしい。
「……なんですか? これは」
「これは俺があの日……誤認逮捕をした日の防犯カメラの映像だ。そこに映っているのは、俺が誤認逮捕をした女の子だ」
話を聞きながら、誤認逮捕をした女の子を凝視する。深々と帽子を被っていてハッキリと顔は見えないけど、どこかで見覚えのある雰囲気の女子だった。
「……ねぇ、月之下くん……これって……」
横から紙をのぞき込んでいた片瀬さんが、声を震わせながら「綾乃ちゃん……じゃない?」と言った。紙を持った手が汗ばむを感じる。
「そうだ。そこに映っているのは、駒崎の可能性が高い。AI顔認証システムで解析したら、九割の確率で同一人物だと判断したよ」
よく見ると、たしかに綾乃の面影があった。変装しているのか服装はいつものと違うけど、顔には面影がある。
「おそらく、色々と嗅ぎまわっている俺を潰すために駒崎が動いたんだろう。そうじゃなきゃ、この偶然は考えられない」
小畑さんの言葉が耳に入ってくるけど、脳で処理できない。綾乃のことを考えるだけで、脳がいっぱいいっぱいだった。
デモニッシュの被害に遭っている店舗の近くに、何回も綾乃が現れて。僕たちに隠れて、S.G.Gのデータベースにアクセスして。小畑さんの誤認逮捕の相手が綾乃で。
ありとあらゆる証拠が、綾乃がデモニッシュである可能性を高めている。
もう何も考えられなくなって、資料から顔をあげる。ずっと資料を見ていたからか、首が痛い。
痛みを和らげるために首を曲げると、ふいに片瀬さんと目があった。――目を赤くして、涙を浮かべながら僕を見つめている。
片瀬さんを、小畑さんを苦しめていた元凶であるデモニッシュ。それが綾乃だった。
その事実は僕たちには受け入れ難く。小畑さんに数々の証拠を見せつけられながらも、どうしても納得できずにいた。




