第75話 デモニッシュの影(4)
僕がデモニッシュの捜査を手伝うようになってから、二週間が過ぎた。
今日は現場に出る仕事が入ってなかったので、スパークルの事務所にこもってデモニッシュ関連のデータをまとめていた。
もともと小畑さんがほぼ個人で捜査をしていたこともあり、とにかくデータが整理されていない。それらの整理も僕の仕事のひとつだった。
小一時間ほど作業をして、少し腰が疲れた僕は立ち上がってストレッチをする。ジーンと疲れがほぐれていくのを感じながら、時計に目をやる。今は午後四時半。
今日は久しぶりに綾乃が出勤する日だから、もうそろそろ来るだろう。
綾乃とはかれこれ二か月はまともに会っていない。きっと学校やらが忙しかったのだろう。久しぶりに会えるのが楽しみである。
そんなことを考えていると、突然スマホが鳴る。小畑さんからの着信だった。
「はい、もしもし?」
言いながら、小畑さんが電話してくるなんて珍しいな、と思う。情報共有のために電話番号は交換してたけど、かかってきたのは初めてだ。
「アキラくんか? 駒崎綾乃って子がスパークルに所属しているのは本当か?」
電話に出るなり、小畑さんが焦った様子で聞いてくる。
「えっ、綾乃……駒崎ですか? たしかにスパークルに所属してますけど……どうかしました?」
そういえば綾乃は、小畑さんとは面識がない。最初にセキュリティコンサルの件で会ったときも、綾乃はいなかったし。
「いいか、アキラくん。……落ち着いて聞いてくれ」
小畑さんの、いつになく緊迫とした声。内心で不思議がりながらも、耳をかたむける。
「――駒崎綾乃に、デモニッシュの容疑がかけられている」
「……? ……えっ?」
話が、まったく理解できなかった。デモニッシュの容疑? 綾乃が?
「詳しいことは後で話すが、デモニッシュの被害に遭ったと思われるいくつかの店舗近くの防犯カメラから、駒崎の姿が確認できた。タイミング的にも駒崎が何らかの理由でデモニッシュと接点を持っている可能性が高い」
電話口から聞こえてくる小畑さんの言葉は、どこか異国の言葉のように感じられた。少なくとも理解ができない。
スマホを耳にかざしたまま、身動きができない。目の前の視界が狭まっていく。
「アキラくんは今どこにいる? できるだけ早めに対策を練りたい。今夜話せるか?」
綾乃がデモニッシュと関係がある。そんなの、今まで考えたこともなかった。……でも、今にして思うと、綾乃のあの卓越したGメンスキルには違和感がある。いくら才能があるとはいえ、あんな短期間でGメンのスキルが身に着くだろうか? デモニッシュだから、あれだけのスキルがあったんじゃないだろうか?
「……アキラくん? 聞こえているか?」
だけど、あの綾乃がデモニッシュのワケがない。だいたい、デモニッシュがスパークル――S.G.Gにきて、なんの意味がある。意味がないじゃないか。そうだ、綾乃がスパークルにいるって事実が、デモニッシュでないことを裏付けている。まったく、小畑さんも人が悪い。
「――小畑さん。綾乃がデモニッシュのワケ、ないじゃないですか。だったらどうして、S.G.Gに入っているんですか」
「……そのことだが、おそらく情報収集のためだと睨んでる。S.G.Gに入れば、S.G.G内の情報はいくらでも手に入るからな」
「でも、綾乃は高校生ですよ? 高校生がデモニッシュみたいな窃盗集団にいて、S.G.Gにスパイに来るなんて、非現実的じゃないですか?」
そうだ。綾乃はまだ僕と同じ高校生なんだ。そんな綾乃が、デモニッシュなワケがない。
またひとつ『綾乃がデモニッシュじゃないという根拠』を見つけて、僕は安堵する。
「アキラくん、気持ちはわかる。しかしこっちもある程度調べた上での判断だ。証拠は他にもあるんだよ。とりあえず、電話越しだとやりにくい。今は事務所か?」
「え、えぇ……スパークルの事務所にいますけど……」
「じゃあ、これからそっちに行く。一時間以内には着くから、待っててくれ」
そう言うと、小畑さんは通話を切った。僕しかいない事務所に、静寂が戻る。
スマホをテーブルに置くと、額に嫌な汗をかいていることに気づく。もう冬だというのに、どこか蒸し暑い。身体が火照っている気がする。
壁にかけた時計の秒針がカチカチと動く音だけを耳にしながら、ようやく僕は冷静さを取り戻し始めていた。
……綾乃に、デモニッシュの容疑がかけられている。
小畑さんが冗談を言うはずがないし、他に何かしらの確証があっての判断なのだろう。
でも、これまで一緒にS.G.Gとして……スパークルとして働いてきた綾乃が、デモニッシュのワケがない。ちゃんと、僕から否定してあげないと。
ガチャリ、と。廊下へと繋がるドアが開く。見ると、そこには片瀬さんが立っていた。
「お疲れ様ー。あれ、綾乃ちゃんと何かあった?」
僕の顔を見るなり、片瀬さんが言う。『綾乃』という単語を耳にしただけで、思わずドキリとしてしまう。
「えっ、いや……。どうしてですか?」
どういう意図の質問かつかみ切れず、とりあえず聞き返す。
すでに小畑さんが片瀬さんに連絡していたのだろうか? いや、あの二人の関係性からして僕より先に連絡するとは思えないし、何より片瀬さんがすでにデモニッシュの件を知っているなら、そんな平然としていないだろう。
「だって、さっき綾乃ちゃんと外ですれ違ったから。急いでたみたいだけど、何か買い物でもお願いしたの?」
その片瀬さんの言葉を聞いて、思わず鳥肌が立つ。――聞かれてしまったかもしれない。小畑さんとの会話を。
「……どうかしたの?」
おそらく顔面蒼白になっていたであろう僕のことを見て、片瀬さんは心配そうに問いかけてきた。




