第72話 デモニッシュの影(1)
デモニッシュを捕まえる。そう決意した僕は、まず片瀬さんの話を聞くことにした。
小畑さんと同じく、片瀬さんもデモニッシュを捕まえるためにS.G.Gに入ったと言っていた。だから何かしら独自に調査をしているに違いない。
正直、片瀬さんにデモニッシュのことを話したら「一緒に捕まえよう」と言ってくれると思っていた。
しかし、片瀬さんは僕とはまったく違う反応を示した。
「……月之下くん、デモニッシュのことは、諦めようよ」
土曜日の午後十時。スパークルの事務所に帰ってきた片瀬さんにデモニッシュのことを話すと、拒絶するように首を振った。
「どうしてですか? 片瀬さんも、デモニッシュのことを独自に追っていたんですよね?」
僕は食い下がる。こんな状況になっているのに「デモニッシュを追うのをやめよう」と言うことが理解ができなかった。
「もちろんわたしもデモニッシュのことは調べてたよ。でも分かったのは、得体のしれない犯罪集団ってことだけ」
「そりゃあ今はそれぐらいの情報しかないかもしれないですけど。もっと大々的に探したら、何かわかることがあるんじゃないですか? ほら、オブシーンみたいに」
オブシーン。僕がその単語を口にした瞬間、片瀬さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……あのね、月之下くん」
片瀬さんは深く呼吸をすると、重々しく口を開いた。
「わたしは、オブシーンを捕まえるって言ったこと、失敗だったと思ってるの」
「失敗だったって……どうしてですかっ」
オブシーンは僕たちのおかげで無事に捕まえられた。そのおかげで、被害に遭う女子が増えなくて済んだというのに。
「オブシーンを捕まえることになって、綾乃ちゃんを危険に晒しちゃった」
「でも、何も起こらなかったじゃないですか」
「それは結果論でしょ? もしオブシーンがもっと攻撃的だったら、公園で綾乃ちゃんが襲われてたかもしれない」
片瀬さんの言葉に「それは……」と言いかけて、言いよどむ。たしかにすべて結果論ではある。オブシーンに全員で声かけをしたときも抵抗はされなかったけど、もし相手が過激な人だったらその時点で暴れていたかもしれない。
「わたしが調べた限りだと、デモニッシュはオブシーン以上の組織だよ。年間数千万円か数億円かって額の品物を盗んでる。きっと反社会的勢力ともつながってると思う。そんな組織の捜査を、月之下くんにさせるワケにはいかないよ」
思わず、僕はうつむいてしまう。片瀬さんになんて言い返せばいいんだろう。もしそれほど大規模な組織なら、間違いなく捜査すると妨害に遭うだろう。たったひとりで犯罪を犯していたオブシーンとは桁違いの巨悪。でも、だからって。それが理由で、捜査をやめていいのだろうか。
「片瀬さんはそれでいいんですか? 琴乃さんを奪ったのはデモニッシュなんですよね? 捜査して捕まえることが、琴乃さんへの手向けになるんじゃないですか?」
「もちろん琴乃さんのことも大事だよ。でも、悲しいけど琴乃さんは故人だから。生きてる人と死んじゃった人、どっちを大事にすべきかって言われたら、答えは決まってる」
「そんな――」
突然、言葉を遮られる。片瀬さんが僕の両肩を強く掴みこんできたのだ。
「お願い。もう、デモニッシュを捕まえるなんて言わないで」
片瀬さんは瞳に涙を浮かべながら、僕の両眼を見つめた。
「琴乃さんがいなくって、わたしも悲しい。復讐だってしたい。でも、もしこれで月之下くんまで失っちゃったら、わたし……」
そう言いかけて泣き出した片瀬さんに、僕はもうかける言葉が見つからなくて。嗚咽を漏らす片瀬さんの肩を、そっとぎこちなく抱きしめてあげることしかできなかった。




