中編 高級ホテル、大ホールにて
その日は冒険者が首都ルーメンのホテルの大ホールへと招集され、そこで会議が行われるとのことだった。
招集された冒険者はほとんどが歴の浅い者で、傍付けも経験の浅い魔力生物が主で、高い者でも経験としては半ばほどというところだった。
俺自身冒険者になってからまだ一年ほどで、初相棒の人魚のトンプソンもまだ経験は短く相棒登録してから一二年になる程度だったらしい。四〇〇〇年を生きる人魚からしたら赤ちゃんみたいなもんさ、と笑ったトンプソンを未だに覚えている。
それでも俺のパーティの中では一番経験の長い魔力生物だった。初相棒だからというのもあるんだろう。
まだ全くダンジョン踏破すらできてない俺ではあるものの、魔力生物はみんなついてきてくれる。本当にありがたいことだと思う。
今回の冒険者招集は、冒険者になりたての者たちが友好を深めるためのものだと聞いていた。
そのためにか、連れて来られる魔力生物は一人のみという制限が掛けられていた。
ほとんどの冒険者が初相棒らしい魔力生物を連れていて、あまり初相棒になることの無いオーガやハイエルフを連れている者は稀だった。
やはり初特定魔力生物として選ばれるのが比較的扱いやすく人間に従うことに比較的好意的な獣人や人魚、セイレーンが多いという理由上なんだろう。
そして、その初相棒が傍付けだという冒険者が多いのも理由なんじゃないかと、俺は思っている。
会議は名目だろうということが分かったのはその会場が立食パーティーであり、なおかつホテルの大ホールだったからということが理由だった。
ルーメン有数の高級ホテルの一七階にある大ホールというだけでそわそわとしてしまうのは、俺が庶民的だからだろうか。
そんな風に落ち着かない冒険者は俺の他にもいて、俺の斜め向かいでハーピーと笑いあっている女性冒険者もその一人だった。
初めて飲むのだろうシャンパンを手に、擽ったそうに舐めるように飲む彼女を、可愛いなと思いながら見つめていると、トンプソンに「おっ、大将。好い相手でもいたか? あの女か、良いじゃねぇか。尻も安産型で胸も大きい。しかも表情が表情だけに教養もありそうだ」トンプソンの下世話な言葉に、彼の後頭部を軽く叩く。
「セクハラだぞ、トンプソン。それに、教養も何も冒険者になるには国家資格が必要なんだから」
それに彼は苦笑し、自分の後頭部を擦る。ハーピーは気付いていたのか俺のほうを見て目を細めたから、それに軽く会釈をする。
俺の会釈に気が付いた彼女がパッと俺の方を見て、恥ずかしそうに微笑んで、微笑んで……その表情のまま彼女の首が飛んだ。
彼女の首が飛んだ瞬間、彼女と繋がっていた魔力供給が途切れたためか、彼女の傍付けだったハーピーの体が掻き消え、その場に彼の持っていた大振りのナイフが落ちる。
妙に軽い音を立てて落ちたナイフに、彼女の首。
ぶしゅう、と音を立てるほどに大量の血液が俺へと降り注ぐ。
人間の死体なんて見たのは初めての俺は、そのスプラッタ映画よりもフィクションにしか見えない様子に思わずその場に嘔吐した。
彼女の後ろにいたのは赤い燐光を纏った蜘蛛のような体を持った魔物だった。キシキシと音を立ててこちらを向くその魔物の姿に、俺は思わず後退さる。
その前にトンプソンが立ちはだかり、俺と魔物の間に距離を開ける。
「大将、すまねえ。俺では力不足かもしれない。扉が開いたら一目散に逃げてくれよ。……それか、中央ギルドに助けを求めてくれ。この場にいる魔力生物では、力不足だ。自分が生き残ることも、できないだろう」
静かなトンプソンの言葉。
いつものように揶揄う様子も無いそれに、トンプソンの本心からの言葉なんだと理解をする。
「し、死にたくない、嫌だ! 俺は死にたくない! 助けて!」
「ああ、俺もアンタを死なせたくはないからな。だが、いまの俺では力不足だ。だから、俺の言うことを聞いてくれるかい、大将。まず、中央ギルドに助けを求めてくれ。そうすれば長く勤めている捜査官に連絡が行くはずだ。そして、できるだけ扉の近くに行って、テーブルを立てて盾にしてくれ。俺たちのところへは、絶対に近づくなよ」
トンプソンの言葉に、何度も何度も頷く。
怖くて仕方が無かった。でも頷いた俺の姿に、トンプソンは安心したように薄く笑ってくれた。
恐怖に失禁すらして、俺は這うようにして扉の近くに向かい、すでにそこにバリケードかのように立てられていたテーブルの後ろへと回って体を抱き締めてガタガタと震えた。それしかできなかった。
逃げ隠れた誰も彼もが恐怖で強張った顔をしていた。
その、必死に隠れた俺の隣をなるでケーキでも切るかのように簡単に槍が貫通した。俺の隣に隠れていた男がその体を貫かれて扉に縫い付けられる。
魔力生物は何をしているんだと前方を見ると、そこは既に地獄のような有様だった。
ハーフリンクが、人魚が倒れ伏し、首を、腕を失い、絶息している。
俺は震える指で魔導端末を取って耳に当てた。
震える声で助けを求める。幾度もの問答の末、すぐに捜査官を送りますと機械的に女が言うのが聞こえる。
すぐって、どれくらいなんだと恐怖からの涙が溢れる。絶望の声がそこかしこから聞こえてくる。助けを求める声が、歌乙女セレニティに祈る声が、誰にも届かない祈りが、俺の近くから遠くから聞こえては消えていく。
斜め前にいた女がか細い声を上げる。
背中まで貫かれた彼女の体が持ち上げられ、地面に捨てられる。ビシャと濡れた音を立てて女の体は地面を二度三度跳ねて、二度と動かなかった。
それはまるで、糸の切れたマリオネットのようだった。
誰もが扉に殺到して、その分厚い扉を必死に叩く。誰も応えないことも分かっていた。それでも、助けを求めずにはいられなかった。
テーブルなんてひとつの盾にすらならないことは、この場の誰もが理解していた。
次々に冒険者が死んでいく。
恐怖に強張る体で、それでも必死に後ろを振り返り見れば、ホールの最も奥、ステージの上に時空の歪むような膜が作られ、そこがダンジョンへ続いているようだった。
見たことも無いダンジョンが映る。
見たことが無いということは、俺たちには行くこともできない高難度のダンジョンなんだろう。それだけで、絶望感ばかりが胸を占める。
俺の隣の冒険者が、周囲にいた魔力生物が、斜め前にいた冒険者が、次々にその命を失っていく。
生きていたはずの人間が物言わぬ骸になっていくその阿鼻叫喚の状況に、喘ぐような声が漏れる。
俺が最後に見たのは、振りかぶられた巨大な魔物の、妙にねっとりとした血に塗れた大きな刃だった。
ああ、と小さな喘ぐような声が漏れて、誰にも届くことなく消えていく。
助けてほしかった。
助けてほしかった俺は、誰にも助けられることも無く、命を終わらせられた。




