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31話6日目晴れの日5

『未読』


 神社についた乙守楽人(おともりらくと)はスマホを見つめ、ため息をついた。


 早馬駿(はやましゅん)にメッセージを送ってからまだ1時間も経っていないが、楽人にはこの未読の1時間が1日にも1年にも思えた。


 メッセージを送らなければよかったのかもしれない。そうすれば、ずっと変わらない「未読」の表示を見ずに済んだのに……彼は焦燥感を覚え、後悔の念に駆られた。


「メッセージを送らなければよかった、などと気落ちするのではないぞ?」

「うわっ」


(心を読まれた!?)


「心は読めぬが、そなたの表情を見ればわかる」

「……」


 心地よい風が吹く。


 サァーという音色と共に、多数のススキが風にゆらゆらと揺れる。


 空は青空が広がっている。天気予報ではお天気おじさんの郡山(こおりやま)氏が最高の洗濯日和と太鼓判を押していた。


 なのに、ここ魅化神社(みげじんじゃ)では晴れ時々楽人の心により曇りである。楽人の瞳は雨雲が流れているかのように曇っている。曇り空の方が幾分気持ちも落ち着いたことだろう。世間は晴れ空の下、幸せな休日を迎えているに違いない。晴れの日を満喫できない自分だけが、世間から取り残されているように感じてしまう。晴れ渡る空が楽人を孤独へと誘う。


 ここに立てば3日前のことを思い出してしまう。


「くどいようじゃが、早馬駿の美少女化は避けられぬ運命じゃったのだ」

「……」

「言葉に出しても出さなくても、そなたの『みんな美少女になればいいのに』という想いはとても強い願いであった。1000年以上たまっていた想力をすべて消費するほどにな」


 タブレットの中の水髪少女は淡々と事実を述べる。


「そっか……」


 たった一言の「そっか……」であったが、その「そっか……」は、彼の16年間の人生を振り返り自然と出てきた「そっか……」であった。思えば男性に囲まれた人生であった。美少女好きが美少女に出会えない。美少女を見ることはできるが近づくと砂漠の蜃気楼のように消えてしまう。


 きっとこの先も砂漠を彷徨うような人生だったのだろう……願いを叶えなければ。


 そして、願いを叶えたことで今度は土砂降りに見舞われてしまった。


 まったくもって人生とはうまくいかないものだ。


「でも、もう大丈夫」


 爽やかな風が楽人の瞳の中の雲をさらっていく。


魅化姫様(みげひめさま)が励ましてくれたからね」

「わらわは励ましたことなどなかったが……」

「幸せアメージング!」

「あれはおぬしを起こすのが面倒くさかっただけじゃ」

「あははっ、神様が面倒くさがりで良かった」


 ひとしきり笑ったあと、楽人は社の前へと歩んだ。

 社は丁寧に磨かれていた。蜘蛛の巣はおろかホコリ一つない。石畳に割れた小石が転がっているようなこともない。乙守楽人は自身が気づかぬうちに随分と丁寧に掃除をしていたのかもしれない。


「さて……わらわが言うのも不思議な気分じゃが祈りをささげるのじゃ」


 楽人は神様(タブレット)を社の柱に立てかけた後、願った。


「早馬と仲直りできますように」


 ……おや?


「早馬駿を元の姿にする、という願いではないのか?」


 魅化姫様がツッコミを入れる。


「だって俺、自分の気持ちに嘘つけないから」

「言ってることはカッコよいが、情けないことを言っておるのう」

「いいんだよ。駿と仲直りしてから駿の気持ちを聞くんだ」

「ふむ……おぬしが、願いたいように願うがよい。神は願いを否定せぬ」

「それともう一つ」

「ほぉ、もう一つあるのか」


 楽人は手を合わせ願った。


「未海ちゃんと仲直りできますように」


 楽人の周囲に一陣の風が通りすぎていく。ススキの葉が風に乗り、飛んでいく。


「早馬駿のことにも言えるが、本人に直接謝ればよいじゃろ」

「あんな怒らせたら2度と会ってくれないよ」


 さすがの楽天家の楽人も未海を怒らせてしまったという自覚は持っているようだ。彼が開いたスマホには一枚の写真が表示されている。それは、夜の駅前、黄色と青色のイルミネーションを背景に、未海が駿を心配してオデコを触る一枚の写真であった。


「未海のことが好きなのか?」


 楽人はこくりと頷いた。が――


「ち、違うよ! 勘違いしないでおくれ。愛してるって意味の好きじゃないんだ」


 なるほど、人として好きなのだろう。


「性的な意味で好きなんだ!」


 否、これはひどい「好き」である。


 バキっという音と共に鳥たちがバサバサと飛び立つ。


 楽人はビクッと肩を震わせたが、周囲を見渡しても人の気配はない。どうやら力説しすぎて小枝でも踏んでしまったようだ。と、足元を見たが、そこには小枝も小石も転がってない。


「ニャ……ミャーオ」


 社の裏手から猫の鳴き声が聞こえてくる。どうやら、猫がいただけのようだ。


「……どういう好きであれ、願いが叶うか叶わないかはそなたの気持ち次第じゃ。2人と仲直りできれば良いのう」

「無理かもしれないけどね」

「おや、願いが叶わなくて良いのか?」

「会ってみなくちゃ……わからないよ」

「ならば会いにいけばよい」

「2度と会ってくれないよ」

「ふむ……解けぬ『ぱずる』に悩んでいるようじゃのう」


 「会いたいけど、会ってくれない」というのは「部屋に入りたいけど、カギは部屋の中にある」というような問題に悩まされているようなものだ。このまま進展もなく部屋の前で立ち尽くしていれば、やがて絶望が訪れることであろう。


「さて――」

「待って」

「ん?」


 魅化姫様が「そろそろ家に帰ろうか」と言おうとしたのかどうかは定かではないが、楽人は魅化姫様の言葉を途中で遮った。


「俺……十五夜の日のことあまりよく覚えていないんだ」

「そうであろうな」

「あの日、何を願ったの?」

「『みんな美少女になればいい』と願ったのじゃよ」

「でも、『ふぁえ!?』って」

「面倒臭い」

「え?」

「説明するのが面倒臭い。今からこのタブレットに十五夜の出来事を再生しよう」

「そんなことできるの!?」

「左様」

「……想力消費しないよね?」

「1ポイントだけじゃ」

「なんだよ、そのRPGみたいな設定!」


 今想力が何ポイントたまっているかは不明だが、1ポイントと聞くと大したことないように思える。楽人は想力を消費し、十五夜の夜の出来事をタブレット越しに観るのであった。

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