24話5日目土砂降り5
「はい、布巾。新品ですニャン。……なに、鹿みたいにキョトンってしてんですか? セ・ン・パ・イは、神社の偉い人のお孫さんなんでしょニャン? だったらお社をお掃除するのは先輩の役目ですニャン。……なに、秋晴お姉さまの方を見ているんですか! お姉さまはあたしとホウキでお掃除するのニャン」
お掃除の主導権を握ったのは美見未海であった。というよりも、男性陣――女性含む――は二人とも掃除用具を持ってきていなかったので、未海にこっぴどく怒られてしまったのであった。
幸いにも神社の物置にはホウキとチリトリがあった。ただ、蜘蛛の巣が「ほっほっほっ、この物置はわたくしたちの一等地でござーますよ」と言わんばかりに張り巡らされており、楽人がいかにいつも掃除をしていないかが如実に表れていた。
楽人は怠け者ではない。その証拠にほぼ毎日社へ来て社の周りだけ手入れしていたからだ。そして、「えへへっ、魅化姫様って美少女なのかなぁ……」などと熱心に妄想をしていた。ただただ熱心の方向性が少しズレていただけなのである。
そんなわけで一応彼自身は毎日きちんと掃除をしていたと考えていたので、未海に怒られてしゅんとしてしまった。駿ではないのに。
結果的に楽人と駿は引き離されることになるのだが、いきなり駿が遠い世界へ行くわけでもない。神社のお掃除というのは、神様の方向へゴミを掃いていくことはないので、社から外へと掃除をしていくことになるためだ。ただ、そのようなことを楽人も駿も未海も知っていたかどうかは定かではない。
「まったく、お姉さまもお姉さまですニャン。掃除しに来たのに掃除道具持ってきてないなんて」
「ごめんなさい……」
掃除をしながら未海は駿に話しかけている。
「っで、どこまで知っていたかニャン?」
「え? な、なにが?」
「さて、なにがでしょう?」
突然未海はイタズラっぽく笑みを浮かべクイズを出してきた。楽人は掃除の手を休め聞き耳を立てていたが、美見未海にキッと睨まれて、さっと身をかわした。孤立無援となった駿はかなり苦しい。
「えと、え、えぇ……」
「掃除の手を休めない」
「ご、ごめんなさい!」
もはや「お姉さま」の威厳はない。1時間前は駅前で「雨だな」などと呟いていたクール系女子であったが、今は猫娘に意味深な質問を投げかけられ、背筋が凍る思いをしているのだろう。ある意味超クールである。
「ま、待ってよ。考えるから……」
「掃除の手を休めない」
「あ、あぁ!」
掃除をしながら話ができる美見未海と、考え事をしてしまうと掃除ができない早馬駿。サッカー選手なら考えながら身体を動かせるんじゃないのか? と思わなくもないが、サッカーをしている時は自然とサッカーの盤面が頭の中で展開されているのだろう。
「お姉さまは何をしに来たのニャン?」
「えっと、掃除だけど……?」
未海はニコニコ微笑んでいる。これが未海の望んでいた答えではないと感じたのか、駿はボソボソと独り言を言い考え始めた。
「掃除じゃないのかな……? あっ、わたしは早馬秋晴。春夏秋冬の秋に晴れと書いて秋晴。紅葉がすごく好きな子で、神社へついてくる。早馬駿の姉……」
ボソボソと呟いていた彼女だが、突然大声をあげた。
「そうだよ! わたしは紅葉を見に来たんだよ!」
「ピンポーン♪ っで、どこまで知っていたかニャン?」
「あっ! なるほどー! 掃除するなんて知らなかったんだぁ!」
「ピンポンピンポーン♪ 大正解ですニャン♪」
「わーい♪」
クイズに正解して思わずはしゃいでしまう駿であったが、しかし、直後に笑顔が硬くなる。「掃除をすることなんて知らなかった」ということに「今気づく」のはおかしいと思ったのだろう。
「なんで掃除道具を持ってきてないの?」と未海に怒られた時点で「わたしは掃除をするなんて知らなかったから……」と答えるべきであった。
「お姉さまって面白い人ですニャン」
未海はうっとりとしたような目で駿を見つめているが、その目は、ねばつくような目と形容しても間違いではない目であった。
目を合わせるのがなんとなく怖くなり駿は視線を地面へ向けた。すると、ホウキに絡まっている蜘蛛の巣が視界に入った。先ほど物置から出した時に蜘蛛の巣は一通り取り除いたはずだが……取り切れていなかったのだろうか?
駿は無心に掃除をはじめ、蜘蛛の巣が絡みついたままのホウキでゴミを集めていく。掃除をしていくうちに、少しは心に余裕ができてきたのであろう。彼女は未海と会話をし始めた。彼女である未海とお掃除するというのも、本来なら楽しいものである。
「よく弟にも面白い人って言われるんだ」
「へぇ~。文通しているんじゃないの?」
「誰と!?」
「先輩と」
「う、うん」
「文通しているくらい遠いところにいるのに、弟さんとよく話すのニャン?」
「あ、電話だよ。電話。あははははっ」
「先輩とは電話しなかったのニャン?」
今更だが、楽人も駿も嘘が下手過ぎである。だが、会話を止める訳にもいかない。
「乙守とも電話するよ」
「乙守って呼ぶんだ、先輩のこと」
「そ、そうだよ」
「先輩に写真撮ってって言われないのニャン?」
「そ、そそ、それは……」
もう何度オウンゴールしているのだろうか? 魅化神社は小さな神社である。そろそろゴミたちは鳥居のその先まで運ばれようとしている。
「面白い人ですニャン♪ お姉さまってもっとお淑やかな人だと思ってたニャン」
「そ、そう?」
「はじめ会った時『申します』とか『携帯を預かっていたのです』とか言ってたニャン♪ とても丁寧な話し方の人だなぁって……」
「あっ……え、えっと――」
「ねぇ、駿」
「なに? あっ……」
駿のホウキは掃除を放棄し、ゆっくりと地面へ転がった。
ホウキが参道の石畳に当たる音が響き渡り、9月の風がススキを撫でる。
「やっぱり駿……なんだ……」
太陽の消えた曇り空のように、元気の消えた少女の瞳が早馬駿に向けられていた。




