22話5日目土砂降り3
「どどど、どうするんだよぉ!」
曇り空の下、早馬駿の情けない声が響き渡る。
ここは魅化神社、境内。冷たい風が吹き、生え放題のススキたちが揺らいでいる。
無情にも美見未海をおいてダッシュで神社まで走ってきた楽人と駿だが、今は未海を怒らせるリスクよりも、秋晴の正体がバレるリスクを回避せねばならない事態であった。社の前で楽人の肩を掴み真剣に訴える駿であったが……
「えへっ、早馬って可愛いな」
「な、こんな時になに言ってんだぁー!」
駿は「><」の目で訴えた。
楽人は、同じ高校に通う女の子が自分にこんな必死な顔を向けるのを見たことがない。当たり前だ。『私立音狐田高等学校』通称『ネコ高』は男子校なのだから。
「ダメだよ、そんなに慌てちゃ」
彼はいつもマイペースである。未海から逃げたものの、どちらかというと今の状況を楽しんでいるように思える。
「いや、慌てるところでしょ! まずは――」
「設定」
「そう、設定。……って、せってぇ~え?」
「そう、設定だ。俺たちは恋人同士だろ?」
「な、なんでだよぉ!」
軽く涙目になる駿であった。そして今度は楽人が駿の肩を両手でガシっと掴んだ。
「さっき、つきあってるって言ったばかりじゃないか」
「ちょっと離せ……はぁれ?」
駿は気の抜けた声をあげる。肩から手を引きはがそうとしたが、思うように力が入らない!
「力が……」
「恋人が……」
「へぇ?」
「文通で愛を高め合った恋人が出会った!」
「えぇ~!?」
ガシッと掴んでいる楽人の手を力なく掴みながら、駿は涙目でとまどいの声をあげた。
「そしたらどうなるか!?」
「し、知らないよっ!」
「どうするか考えるんだろ?」
「なんだよそれ……わっかんねーよ!」
「俺たちは小学生のころからずっと文通してたんだぜ」
「それは設定でしょ!」
「そして、高校生になって会ってみた。なにしたい?」
「し、知らないって!」
駿は目を背け、顔を赤らめた。駿の潤いのある艶やかな唇。その唇が無防備にも小さく開き、口から息が漏れる。
「可愛い」
「は?」
「か・わ・い・い!」
「はぁ~?」
この「はぁ~?」は目を見開き、顔を赤らめ、口を波立たせた「はぁ~?」である。軽蔑の気持ちよりも、とまどい、混乱、恥じらいの気持ちが大きく表情に現れてしまっているため、楽人の気持ちをさらに高ぶらせてしまう結果になってしまった。
「キスしたい!」
「な、ななな、なに言ってんだよ! 気持ち悪いこと言うーな!」
「早馬って潔癖症だったっけ?」
「そういう問題じゃねーよ!」
「じゃあキスしたい! ファーストキス!」
「しねーよ!」
「でも、しないとおかしいだろ?」
「今しなくてもいいじゃないか!」
「今じゃなかったらいいのか」というツッコミはさておき、楽人の追撃は容赦ない。
「早馬って自分じゃ気づいてないかもしれないけど……おまえ可愛いぞ」
楽人は軽く頬を赤らめながらも駿に真剣な眼差しを向けた。
「……くっ、くっだらね冗談やめろよ」
「冗談じゃなかったら?」
「うぅっ……」
楽人の手がそっと駿を引き寄せる。なんて柔らかい肩なんだろう。駿は力を入れていたつもりであったが、ほとんど抵抗という抵抗もできないでいた。
駿の目が泳ぐ。
足がガクガク震える。気を抜いたらもう、そのまま膝から崩れ落ちてしまいそうだ。
「ま、待て……!」
その「待て」は、か細い声となり消えていった。
楽人の顔がゆっくりと近づき、お互いの息が届くくらいの距離となり、もう、声をあげることもできない。
胸と胸とが触れ合いそうになり、相手に鼓動が聞こえてしまうのではないかと感じるくらいに服がこすれ合う。
楽人の唇と駿の唇は重なりつつある。
その艶のあるぷっくりとした唇が触れた時、どのような感触が得られるのだろう。
そして、その先には何が待っているのだろう。
初めてのキスはどんな味なのだろう。
楽人の唇に駿の息がかかる。
駿は苦しそうに息を吐き、目を強く瞑った。
「せんぱぁ~~~~いっっ!!!!!」
突如、雷鳴のごとく大きな声が鳴り響き、赤い稲妻が楽人と駿の頭上を通過した!
社の障子に突き刺さったのは赤いハイヒールであった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
楽人と駿が、恐るおそるハイヒールの飛んできた軌跡を目で追うと、全力投球した後の姿勢なのだろうか? 美見未海が前かがみになり息を切らしている。未海はヒョウが子ウサギを狩るような形相で楽人を睨んでいる。
「未海……ちゃん?」
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……」
未海は手のひらを前に出し「待って」とジェスチャーした。
「はぁ、はぁ……はぁ……はぁ……」
未海の息が整いつつある。楽人と駿がツバを飲んだのはほぼ同時であった。
「ふぅ~……」
未海は、大きく息を吸って、右手を頭の後ろに回し、ウィンクをし、左足をあげる。
その間、わずか0.5秒。未海は「てへっ」と舌を出して見せた。
「手が滑っちゃったニャン♪」
「いやいやいや……」
楽人は苦笑いを浮かべ、手を横に振ったのであった。




