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20話5日目土砂降り1

 2018年9月29日9時57分。


 今日は土曜日。


 雲一つない青空の下、駅前の広場で待ち合わせ……と言いたいところだが、予定とはそんなにうまくいかないものだ。


 そう、今日は晴天ではなく、どんよりした曇り空。


 美毛森(みけもり)駅の屋上に設置されている天気予報付き時計も「曇りのち雨」という予報を告げている。


 だが、雨森雨音(あまもりあまね)が好きな楽人(らくと)は、それほど嫌な顔をせず天気予報の表示を眺めていた。


「雨だな」

「あっ」


 乙守楽人(おともりらくと)の隣で立ち止まり、天気予報を眺めた女性は、見ず知らずの女性ではなく女性の姿となった早馬駿(はやましゅん)である。


 黒のナップザックに、黒の帽子。紺のシャツと黒のジャケットに黒のズボン……と、今日の曇り空が明るく見えるくらい黒系統の服装でまとめてきたようだ。


 昨日、誰とは言わないが……誰とは言わないが、美少女好きの友人の視線が気になったため、肌が透けて見えてしまいそうな――実際はそこまで薄い生地ではない――白いシャツを無意識に避けたのだろうか? その辺りは本人に聞いてみないとわからないが、誰も聞くものがいないので、真相はわからずじまいである。


 ちなみに乙守楽人の服装は白のTシャツの上にえんじ色のシャツ、ベージュのズボンといった服装である。無難であるが、少々地味でもある。


「早馬ちゃん。おはよー」

「げぇっ! ななな、なんだよ、『ちゃん』って! ちゃん付けするなよぉ!」


 駿は焦り、後退しつつ、楽人を指差し非難した。


「仕方がないだろ。設定なんだから」

「なんだよ、設定……って……」


 と慌てて彼女は背負ってたナップザックからメモ帳を取り出す。寄り目がちになるくらいメモ帳に目を近づけ、記憶するようにメモ帳の内容を読み上げる。


早馬秋晴(はやまあきは)。春夏秋冬の秋に晴れと書いて秋晴。紅葉がすごく好きな子で、神社へついてくる。早馬駿の姉……」


 と、これ以上のことは書いてないのか、メモ帳を丁寧にナップザックに閉まってから駿は抗議した。


「って、どこにも書いてないじゃないかぁ!」

「そういう設定なんだって!」

「本当か? 本当……なのかぁ~?」


 疑り深い眼差しで楽人を見つめつつ、ナップザックからメモ帳とペンを取り出し、設定に『乙守からはちゃん付けで呼ばれる』と付け加えた。真面目である。――が、すぐに『乙守からはちゃん付けで呼ばれる』という設定はペンで書きつぶされた。


「いやいやいやいや、いらないでしょ! その設定!」

「いるって!」

「いらないって!」

「大事なんだよ!」


 乙守楽人はよくわからないところで頑固である。


「う~ん……」


 長年の友人は楽人のそういった性格を理解しているだけに、少し悩んだ。否、悩んでみせた。


「たしかに乙守の言うとおり、設定は大事だと思うよ? でも、ちゃん付けで呼ばれるのは慣れてないしボロが出そうだよぉー」


 こういう時は楽人の意見に理解を示しつつ「ちゃん付け」を禁止すればいいのだ。メモ帳とペンをナップザックにしまい、彼女はやや恥ずかしそうに上目づかいで、横目でちらちらと楽人を見てお願いした。


「……だ、だからさ、ちゃん付け以外でー……何か、ないかな?」


 だがしかし、かわいい表情でお願いした直後、彼女の拳は強く握られ、顔からは汗がタラタラと流れ、目は踊り、口元は波打っていた。駿の心の声はわからないが「な、なな、なんだよこれ! 超恥ずかしいぃー!」と、自己嫌悪に陥っているのかもしれない。


秋晴(あきは)ちゃん」

「ちゃん付いてるじゃん」


 「早馬ちゃん」が「秋晴ちゃん」になっただけ。駿の渾身のお願いも楽人には届いていないようだ。


「秋晴姉ちゃん」

「ちゃん付いてるじゃん」

「ええ~? 難しいな」


 だが、実はここまでは駿の計画通りと言えるだろう。「設定は大事」という楽人の意見を肯定する一方で、楽人の提案を一通り拒否し、頃合いを見て自分の希望を提案すればいい。


「秋晴さん」


 これで大抵うまくいく。大抵は。


「秋晴さん~? 秋晴ちゃんはロリっ娘だよ」

「知らないよぉ!」


 もちろん、このようにうまくいかない時もある。恥ずかしい思いをしてまでお願いしたのに努力が報われず、駿の目は思わず「><」の字になってしまった。


「誰がロリっ娘ニャン?」

「わわわわっ、未海(みみ)ちゃん!?」


 不意打ちである。……と言いたいところだが、今日は10時に美見未海(みいみみみ)と待ち合わせをしていたのだ。駿が慌てすぎである。


 ただ、駿が慌てるのも無理はない。秋晴の「設定」を飲み込みきれていないという理由もあるが、女の子になってから気持ちの揺らぎや、考えないといけないこと、体調の変化など色々ありすぎて、今日までに十分な準備ができていないのだ。


 実は今日も9時57分に「雨だな」などとクール系女性を装い呟くまで、1時間以上駅前近くのお店や広場をウロウロとしていたのである。楽人が来たらなんて声をかけよう、楽人より先に未海が来たらなんて声をかけよう、といったシミュレートを頑張って行っていたのだ。が、残念ながら、未海が後ろから声をかけてくる、といったシチュエーションはシミュレートしていなかったようだ。


「どなたですかニャン?」

「オレだよ!」

「オレ??」


 未海は首を傾げている。彼女の隣には竹ぼうきが凛々しく直立している。

 

 今日の彼女はいつもより魔女っ娘っぽさが増している。

 頭は猫耳風の黒いカチューシャをつけているものの、竹ぼうきに黒いワンピースという、いで立ちである。黒いワンピースは竹ぼうきを凛々しくする。


 例えば『ジャージに竹ぼうき』、『制服に竹ぼうき』、『Tシャツとジーンズに竹ぼうき』といった組み合わせだといかにも掃除をします、といった恰好に見えてしまい、町を歩くのに可愛らしさが足りない。


 だが、金髪の女の子が黒いワンピースを着て、竹ぼうきを持っているとなんとなく可愛らしい。

 さらに彼女は赤いポシェットと赤いハイヒールを装備している。赤がところどころで強調されることにより、黒で沈みがちな服装を鮮やかにカバーしているようだ。


 もっとも、ハイヒールは掃除に適さないと思うのだが、赤いハイヒールを履かないという選択肢は彼女にはなかったのだろう。


 そんな彼女が首を傾げているのだ。可愛くない訳がない! 少々あざとすぎる嫌いはあるが。


「えっと、この人は早馬秋晴……ちゃん。早馬の姉だよ」

「わぁお!? お姉さま!」


 さりげにまた「ちゃん付け」された駿は不満げに楽人を見たが、ここで「ちゃん付け」論争を再開しても不毛なだけだ。


「ごほんっ。初めまして。わたしは早馬秋晴と申します」


 やや堅苦しい自己紹介だが、駿は落ち着きを取り戻しつつある。そして、得意げに目を瞑り、人差し指を立て、覚えたての設定を語り始める。


「春夏秋冬の秋に晴れと書いて秋晴。紅葉がすごく好きな子で、神社へついてくる。早馬駿の姉……」

「ニャン?」


 説明するまでもないが、自分の紹介をするにしては「紅葉がすごく好きな子で」という紹介や「神社へついてくる」という紹介はおかしい。駿は目を瞑り、人差し指を上げたまま固まっている。気温が高い訳でもないのに、駿の頬に汗が流れていく。


「えへっ、どんまい」


 楽人は気持ち悪く笑い、フォローに入った。


「ヘンな人でしょ? 早馬がインフルエンザでダウンしちゃったから代わりに行くってきかなくてさ」


 さりげなくヘンな人扱いされた駿だが、駿は動かない石像のように動かない。石像が動かないのは当たり前だが……そんな動かない石像は置いておき、未海と楽人の攻防は続く。


「駿ってばインフルエンザなの!? 大変! お見舞いに行かなくちゃニャン!」

「いや、うつっちゃうからいいって」

「でも……メールする! ……ニャン!」

「えっ! あっ、え!?」


 楽人がオタオタしている間に、未海は猫のように俊敏にメールを打ち終わった。実際猫がメールを打とうとしたら、肉球でペッタンペッタンと不器用にメールを打つ気もするが、あまり深く考え込む必要はないだろう。兎にも角にも、未海と楽人の攻防は未海に軍配があがった。


 ピコン♪


 なんということだろう。メールを送ったら近くで着信音が鳴る。固まっている早馬秋晴――中身は早馬駿である――のポッケが発信源のようだ。


 これはもちろん、早馬駿の携帯が鳴っているわけだが、美見未海にはワケがわからない。たまたま未海がメールを送ったタイミングで早馬秋晴にも別の誰かからメールが届いたということだろう、と未海は納得してくれたかもしれない。秋晴が慌てなければの話であったが……


「わ、わわわ、これは違うんだ」


 硬直が解け、携帯を取り出し弁明をし始める駿は完全に混乱していた。携帯にはサッカーボールのストラップがついている。これは、未海が駿へプレゼントしたものだ。


「あれ? それ駿の携帯ニャン」

「こ、こ、これは、これはだな……ごほんっ、これは、弟が寝込んでいる間、着信音で起きてはいけない、とお姉さんが預かっていたのです」


 だったら携帯の電源切ればいいじゃん、と思うのだが、彼女の説明で未海は納得したようだ。


「へぇー、お姉さまってとても弟想いのステキな人なのですニャン♪」


 未海は彼氏の姉は良い人に違いないという先入観があるようだ。なので、疑いはするものの、そこそこ納得のいく説明があれば信じてしまう。


「そう、かな? ありがとう」


 駿――今は秋晴だが――は彼女である未海に褒められて満更でもない、といった感じだ。


「ところで……」


 ふと、何かを思い出したように、未海は楽人の方を向いた。


「お姉さまはロリっ娘ですニャン?」


 不意打ちである。駿は吹き、楽人は平然としていた。


「秋晴ちゃんは、俺の前ではロリっ娘なんだよ」

「え? そうなんですか? ……ニャン?」

「なな、なに言ってんだよぉ! ……じゃなくて! なにを言っているんですか!」


 「俺の前では」という表現が気になったのか、美見未海は興味津々に目を輝かせ、前かがみになって聞いてきた。

 

「お二人はどういう関係ニャン?」

「ただの友だ――」


 という駿の言葉を遮って、楽人は未海の問いに答えた。


「秋晴ちゃんは、俺の彼女」

「わぁお!?」

「えぇーーー!?」


 2日前であったら「ふぁえ!?」ったであろう早馬駿の驚きの叫び声が辺りに響き渡ったのであった。

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