10話2日目異変の予兆7
「一応確認したいんだけど、早馬駿君も、その隣の少年も、この頭の悪い……おっと間違えた。この頭の割れるような曲の『ふぁえ!?』を聴いた時に『声が違う』と思ったのね?」
ちらりと楽人を見ながら、駿は自分の感想を述べた。
「そうそう! 音楽の『ふぁえ!?』はもっと声が高いよねー」
「それなら俺も……『声が違う』って思ってたよ」
楽人も駿の意見を肯定する。それを見て彼女は「ふーん」と意味ありげな笑みを浮かべた。
「ここで少し考えてみるわ。少年がなぜ、早馬駿君の付き添いで病院へやってきたか。ただ単に『ふぁえ!?』の情報を提供したいためなのかな?」
楽人と駿は互いに横目でちらりと目を合わせ、答えないでいる。その反応を注意深く観察しつつ、彼女は話を続ける。頭の中で考えていた内容を整理するかのような話し方だ。
「少年の、『声はどうだった?』という質問は、なぜ出てきたか? 『女性のような声になってしまう症状の患者さんが6人来てた』という私の話を聞いて『声はどうだった?』という質問があったんだよね。その質問っておかしくないかな? 『女性のような声になる症状』って私はちゃんと言ってたのに」
「聞き逃したんじゃないですかね?」
駿が聞き逃しの可能性を指摘する。彼女は左手に持っているメガネで楽人を覗き込み答えた。
「う~ん、それはないんじゃないかな? 少年は音楽を聴かせたあとも『どう思う?』って同じような質問をしたからね」
メガネ越しに覗かれている楽人は、椅子を動かし女医の視線から外れようとしたが、再びメガネでロックオンされた。
「『どう思う?』という質問があって、私は『声が違う』と回答した。少年も『声が違う』と思っていた。では『声が違う』と少年は思っていたのに、わざわざ『どう思う?』って質問する意図は何?」
ゴクリと楽人は唾を飲んだ。
「ここで『声が違う』という回答が偽だったらと仮定しようか。つまり『声が同じ』という回答があったとしたらどうなるか?」
今度はメガネを駿へ向けた。
「一つは、早馬駿君がこの曲のボーカリストである、ということになるのかな? けど、それなら病院に来る必要はないよね」
駿は「うん、うん」と頷く。再びメガネは楽人へ向けられ、楽人は目を逸らす。
「ほかのケースを想像してみるね。たとえば『幸せアメージング』のボーカリストが、この原因不明の病にかかっている……う~ん、これは、ありえそうね。回答としても面白い。思うに少年はアニオタ。ということは『幸せアメージング』のボーカリストを捜すために病院へやってきた」
女医の推測が外れていることに安堵し、楽人は女医の方をちらりと見た。彼女はニヤリと笑みを浮かべ、今挙げた推測を否定する。
「……けど、やっぱり無理があるよね。早馬駿君が症状を訴えたのはまったくの偶然。それに、その場合は、少年の望む答えは『声が違う』ではなくて『患者の中に同じ声の人物がいた』になるはず。私の『それだけ?』の質問に『他の患者の声はどうだった?』と質問が続かないのがおかしい」
女医を左手に持っていたメガネをかけた。超必殺技の予備動作かなにかだろうか? 女医から気迫を感じる。
「3つ目のケース。少年は『みんな同じ声になる』という結果になるのを恐れていた。これはどうかな? 少年は、早馬駿君が7人目の患者だった、というのを知って、驚いていた。その後に出てきた質問が『声はどうだった?』。普通は出てこない質問よね。『みんな同じ声になる』。つまり、アニソンのボーカリストと同じ声になるという可能性を考えてないと出てこない質問……」
彼女は突然立ち上がり、メガネをさっと外し、楽人を指差し大声で叫んだ!
「少年! なにを知っている!?」
「ごごごごご、ごめんなさい!」
楽人は椅子から飛び上がり、転げながら診察室から飛び出した。
* * *
時計は17時半を指していた。
診察室には早馬駿の姿はない。もう診察は終わったのだろう。女医と看護師が2人で話し合っていた。看護師は見たところ、40代~50代くらいの女性であった。
「北条先生、一体なんだったのでしょうね……?」
「わからない。わからないけど、早馬駿君と一緒にいた、あの少年は面白い」
どうやらこの『北条』と呼ばれる女医は、年上に対しても態度を変えないタイプの女性のようだ。
「あの……私、今日はそろそろあがらせていただきたく思います」
「ん?」
「具合が悪くて……あの子の音楽を聴いてから熱が出てきたみたいなんです」
「寒気がするのか?」
「いえ、身体が熱くて……」
「そいつは大変だ。病院へ行った方がいいだろう」
「北条先生、ここが病院ですよ」
* * *
同刻、病院前。
早馬駿が病院から出てくると、淵川中央病院の看板の影からそっと様子を伺う人物と目があった。乙守楽人は駿の姿を認めると、看板の影からオドオドしながら顔を出した。
「大丈夫……だった?」
「うん……」
「病院って……コワイな」
「……そうだね」
駿は「そら見たことか」などとは言わず、楽人の肩をポンと叩き、彼の意見に共感した。




