9話2日目異変の予兆6
駿の「ふぁえ!?」が院内に響き渡る!
ガラッ!
内科9番の扉が開いた。
「今、診察中なんだけど、なにか?」
突然の乱入者に動じず、診察室の女医は立ったまま左手にメガネを持ち、右手は駿を指さしている状態で、乱入者を睨みつけた。睨まれた乱入者こと乙守楽人は思わず一歩後ろへ退いた。
「友人なんです、付き添いの」
「……そう」
「ふぁえ!?」の硬直が解けた駿がフォローを入れ、場の空気が緩んだ。
楽人を取り押さえようとしたのか、何人かの看護師が楽人の周りに集まったが事情を把握し元の持ち場へと戻っていった。
そりゃそうだ。突然女医が叫び声をあげ、患者が「ふぁえ!?」と驚くなんてただ事ではない。付添人がドアを開けるのも仕方のないことである。
ピコン♪
「なにしてんの?」
「先生が美人だったから」
楽人は美少女や美人を写真に収めたいのだ。気づけばスマホで女医を撮ってしまっていた。
「……ありがとう。見せて」
女医は楽人からスマホを受け取るや否や――
「ああー、写真が!」
写真を削除した。
「それ、犯罪だから。それと診察室ではスマホの電源切る!」
* * *
時計は17時を指している。
「研究施設に連れて行くなんて嘘」
椅子に座ると女医は開口一番そう言った。
「嘘ぉ~!?」
駿はなにがなんやらわからない、といった感じで女医に確認を取る。今、診察室にいるのは3人。女医、駿、楽人だ。診察室の奥の部屋に看護師が控えているが、我関せずといった風で3人の会話に加わることはない。
「あるわけないでしょ。高校生になってそんなこと信じるの?」
「う゛っ……」
「ぷっ」
「わ、笑うなよ!」
駿は楽人に笑われて耳が赤くなっている。病院に行く前に「小学生じゃあるまいし」と言ってた自分自身が一瞬でも信じ込んでしまったのが恥ずかしいのだろう。
「でもなんでそんな嘘を?」
楽人がもっともな質問をする。
「はぁ、面白みのない質問ね」
質問にダメ出しをされてしまった。ただ、質問の返答を濁す気はないようだ。
「早馬駿君が今日で7人目なの」
「7人目!?」
「ふぁえ!?」
「う、うぉほん」
診察室の奥から看護師のわざとらしい咳払いが聞こえる。
「言っちゃダメだったかな? まぁいいわ」
「いいのかよ」と楽人は心の中でツッコミを入れたが、ここで「いいの?」なんて聞いたら「そうね、やめておくわ」と大切な情報を逃してしまう結果になりかねない。なので、そっと女医の言葉に耳を傾けた。
「実はね、こんな病気初めて診たんだけど……女性のような声になってしまう症状の患者さんが6人来たの。そのうち3人の患者さんが驚いた時に『ふぁえ!?』って言ってしまうと訴えてたわ。だから驚かしたわけ」
女医はため息をつきつつ、頭をかいた。
「ああ~、我ながらつまらない答えだ」
自分自身の返答にもダメ出しをするようだ。
「そう……なんですか……」
「つまらない相槌!」
「ふぁえ!? し、失礼しました!」
駿もつまらない相槌をうち、ダメ出しされた。
「声はどうだった?」
「声? 女性のような声だったけど?」
楽人は「ふぁえ!?」っている駿をスルーして質問を投げかけた。
「実は俺、『ふぁえ!?』が何か知ってるんだ」
「おっ!?」
「これを聴いて……あっ……」
楽人はスマホで曲を再生しようとして先ほど注意されたことを思い出した。
「スマホの電源を入れていい?」
「少年」
「なに?」
「さっきから少年はタメ口ね」
たしかに、さっきから女医に対して丁寧語で話しているのは駿だけである。
「え? 先生って俺たちと同じくらいに若く見えるけど」
「それならいいわ。電源をいれるのも許可するわ」
「ふぁえ!? 軽っ!?」
「う、うぉほん!」
診察室の奥から看護師のわざとらしい咳払いが聞こえてきたが、敢えて聞こえないふりをしてスマホの電源を入れ曲を再生する。
飴♪ アメ♪ 雨~♪
私のまわりは いつも雨♪(イェイ)
「……なに、この頭の割れそうな曲」
「『美少女&美少女』の曲『幸せアメージング』!」
「アニソン?」
「はい!」
楽人の目がキラキラと輝く。
「『美少女&美少女』は低血圧ならぬ、低気圧という持病を持つ雨森雨音が主人公のアニメなんだ! 彼女の周りは24時間365日いつも雨! アニメでも1クールずっと雨のシーンが続いて話題になったんだ。ほら、雨の日って気分の落ち込んでいるシーンに選ばれることが多いじゃん。でも、彼女は違う! 雨のシーンでも彼女の笑顔がいつも明るくて――」
「……この少年はいったい何をしに来たの?」
「さぁ……」
女医と駿はとまどっている。
「う、うぉっほっげほ、ごほっ」
診察室の奥の看護師はわざとらしい咳ばらいをしようとして本当にせき込んでいる。
雨の日~も~(ふぁえ!?)
ドシャ降りの日も(ふぁえ!?)
「待って! 今『ふぁえ!?』って言った?」
女医は立ち上がり、右手で楽人を指さした。どうも彼女のアクションはオーバーだ。
「そう! 『ふぁえ!?』って言うんだ!」
楽人は音量を下げ、一呼吸おいてから女医に質問を投げかけた。
「どう思う?」
「ぬ~……抽象的な質問ね」
彼女はゆっくりと座り、足を組み考える。
「早馬駿君、この曲を聴いたことは?」
「初めてですけど……」
「そう」
女医は「ふぅ……」と小さく吐息を漏らしながら、ゆっくりと楽人へ視線を移した。楽人の様子が少しヘンだ。彼は前のめりになり、頬をほのかに赤らめ、視線を少し下へ向けている。
「み、見てない! 見てません!」
女医の視線に気づき楽人は両手を振りながら、慌ててワケのわからない弁解をし、視線を横へ逸らした。彼女の太ももでも見ていたのだろう。楽人の弁解はどうでもいい、という感じで女医は一つ回答をあげた。
「非科学的な、面白い回答をするならこの音楽は『呪いの音楽』。聴いた人は女性の声になってしまい、驚くと『ふぁえ!?』と言ってしまう」
「『呪いの音楽』かぁ! あったら教室で流したいなぁ~」
楽人はやっぱり、人としておかしい。どうも考え方が楽観的すぎる嫌いがある。
「それ……シャレにならないよ?」
駿は楽人を横目で睨んだ。彼は今現在も辛い思いをしているのだ。語気を強めずとも、怒りが外へ漏れているのがわかる。楽人と駿のリアクションを観察し、女医は「ふむ」と呟いた。
「……けど、この答えは間違いね。早馬駿君が曲を聴いたのは初めて。それに、そんな『呪いの音楽』を聴いたなら、他の6人の患者が音楽について何も言わないのもおかしい」
そして、あっさりと自分の回答を否定した。元々間違えていることを承知の上で面白い回答をしてみせたのだろう。
「もう一つ。こっちは少年の望んでいる答え。でも、つまらない回答だわ」
回答にもいちいち面白さを求める女医は、興味のなさそうな口調で「つまらない回答」の宣言をした。そして、左手でメガネを外し、右手で楽人を指さす。
「答えは簡単ね。少年の望んでいる答えは『声が違う』ってことでしょ」
「え!? なんで!?」
「正解ってことね」
楽人の反応を正解と決めて、女医の解説が始まった。
「音楽を再生する前に少年はこう言ったわ。『声はどうだった?』と。音楽を聴いたあとの質問も『どう思う?』という質問。なら、この音楽を聴かせる理由は『ふぁえ!?』の声が早馬駿君と同じかどうかを聞きたいため」
「……先生って頭いいんだな」
「それだけ?」
「え? ……えっと、美人だし、可愛いし」
「そんなの見ればわかるでしょ?」
随分と自信家な女医である。しかし、頭いい、美人、可愛いというのが女医の求める答えではないとなると「それだけ?」の質問の意味がわからなくなる。楽人は他にどこを褒めればいいか思案している。その状況を見て駿が助け舟を出した。
「この音楽と何か関係ありそうだよねー」
「ん? ああ、そうそう。だから俺この曲を聴いてほしくて……」
「ううん、わたしの『それだけ?』という質問は、誰もが抱くそんな疑問を聞きたかったわけじゃないんだけど」
駿の答えも間違いだとすると女医は何を求めているのだろう? 彼女は左手に持ったメガネを楽人へ向け、メガネ越しに楽人に問いただす。
「少年は何か知ってるんじゃないの?」
「え!? それは――」
楽人は自分が元凶である可能性を女医に話そうと口を開いたが、その瞬間、女医の言葉を思い出した。「早馬駿君が今日で7人目なの」という言葉を。と、同時に楽人の脳裏にとある光景が浮かびあがる。それは『美少女化罪。7人の少年を美少女にした罪で少年A逮捕』という新聞の見出しであった。『美少女化罪』というのはワケがわからないが、それ故に正体不明の恐ろしさを感じる。楽人の頬から汗が流れる。
「どうしたの?」
「し、知らない! 知りません!」
楽人は彼女から目を逸らした。女医の視線は楽人の心を見通す力があるかのように鋭い。一方駿は楽人が「知らない」と答えたことに少し驚いた様子であったが、「ふぁえ!?」らず、すぐに表情を隠した。
「こっち見て答えて」
「何も知らない!」
楽人は目をつぶったまま答える。
「少年は随分とおかしなことを言うのね」
女医は不敵な笑みを浮かべた。




