第6話 再編
静寂に包まれた聖域の中を2人の学生が怯えた顔をしながら走っていた。
何度も、何度も後ろを振り返った。
だけど「あいつ」は一向に追ってくる気配が無かった。
「ここまで、来れば大丈夫なんじゃないか?」
ハジメが途切れ途切れに息をしながら聞いてくる。
「まだ、分からない。とりあえず表まで逃げよう。」
俺もつっかえりながらもそう答えた。
得体の知れない恐怖に支配されたことによって
2人は1階層の転移陣まで逃げてきていた。
そのまま転移陣を踏み、神域回廊から出る。
「もういいだろ!何なんだあれは。」
ハジメが言うその言葉には若干の怒りが含まれていた。
「俺も見たことが無い。マナブなら何か知ってるかもしれない。」
俺は息を落ち着かせながらそう答える。
「どう考えてもあれは人じゃねぇ。てるてる坊主がかわいいもんだぜ。」
ハジメも混乱しているようだった。
そう。
あの拝殿にいた女性には顔が無かった。
髪はあったと思う。たぶん。
その衝撃に驚き、ここまで逃げてしまったのだ。
俺たちには流石にもう一度潜る気力なんて無かった。
思い出しただけでも鳥肌が立つ。
俺たちは足早にここを離れることにした。
目的地はあの怪しい商店だ。
俺たちには少ないながらも魔石がある。
それに何より「あれ」についての情報が欲しかったのだ。
店に着くなり婆さんが顔を出す。
途端に俺たちの状態を察して顔を顰めた。
「あんたたち、何かやらかしたのかい?」
「それにもう一人は?」
店主が疑問をぶつけてくる。
俺は首を横に振った。
「今日は俺たちだけ。」
「買い取りも頼みたい。」
俺は短く答えた。
訝しい顔をしながらも店主は俺たちを奥へ案内してくれた。
店の奥のテーブルに3人で座る。
「それで、今日は何を持ってきてくれたんだい?」
手を擦り合わせながら店主が聞いてきた。
「いつもの魔石。」
「それと、情報が欲しい。」
俺は落ち着いてそう言った。
その言葉を聞いて婆さんの口角がわずかに上がる。
「ひひひ。神域回廊に関する情報なら高くつくよ。」
不敵な笑みを浮かべて店主が答える。
どうやら値踏みされているようだ。
そんなことは分かっていた。
「いま持ってきた魔石で答えられるだけでいい。」
俺はお願いするように言う。
「まあ、前回のこともあるさね。これで手を打とうじゃないか。」
そう言って店主はテーブルの上にある魔石をしまう。
「で?何を知りたいのさ。」
ねっとりとした口調で店主が聞いてくる。
「妖怪について。」
「隣町の事件については、俺たちはある程度知ってる。」
俺は続けて言った。
店主は考えるしぐさをしながら上を見上げていた。
どこまで話すかを考えているようだ。
「そうさねぇ。まずは妖怪についてなんだけどねぇ。」
「あれは、日本に古くから住み着いてるものさね。」
「伝記にもちらほら出てくるものと違いない生き物さね。」
「あたしが聞いた妖怪も特徴が一致してる。そんなところさね。」
店主は落ち着いた声で説明してくれた。
なるほど。マナブが言っていた事が現実になってきた。
「それと、隣町のあの事件はね「塗壁」と呼ばれる妖怪が原因さね。」
「これは知ってたかい?」
確認を込めて店主が聞いてくる。
俺たちは首を横に振る。
そうして隣町の事件の真相を店主は教えてくれた。
あまり信用できそうもないが。
隣町で発見された神域回廊は、迷路のような回廊となっていたようだった。
ギルドの正式プロが、10人のパーティーを組んで攻略に臨んだそうだ。
しかし途中で「塗壁」と呼ばれる妖怪が、道を閉ざしてきたんだとか。
パーティは2分されて、突破を試みるも失敗。迂回路もなかった。
どんな重火器や高性能爆薬でも穴を開けることも出来なかったらしい。
まだ表に戻れるメンバーは一度退散して、捜索隊を結成。
捜索隊が現場に戻った時にはすでに「塗壁」は姿を消し、取り残されていたギルダーは
全員が無残にも魔物に食い荒らされていたのだとか。
元のパーティーで生き残ったのは3人。
亡くなったのは半分どころではなかった。
その話を聞いて俺たちは固まっていた。
聞いていた噂よりも重い事件だったのだ。
ここまで話して、店主はふぅ。とため息をつく。
「あんたたちも何か知ってる風だけど、言い情報なら買い取れるさね。」
店主は俺たちに話を振ってきた。
俺も迷っていた。
さっさと話してしまって、この件から手を引くべきだ。と
そう言いかけて、ハジメが俺を止める。
その目には何か決意に満ちたものが映っていた。
俺は我に返った。
「いえ、たいしたことではないので、俺たちはこれで。」
「ありがとうございました。」
そう言って俺たちは店を後にする。
「また、おいで。」
そう言って、店主は何かに気付いたかのように笑みを向けていた。
休み明けの登校日、3人の学生はいつものように教室の隅で密談している。
「というわけで、マナブの勘が正しかった訳だ。」
俺はハジメと共にマナブに説明していた。
「聞いた特徴によると、それは{のっぺらぼう}っていう妖怪みたいだな。」
マナブは考えながら言う。
「でも、伝承では人を驚かすだけで、危害は加えないとか。」
マナブは続けて説明する。
「あれを見たら、びっくりなんてもんじゃねえよ。心臓が止まるかと思ったぜ。」
ハジメが補足をいれる。
「でも、あいつ。追ってこなかったよな?」
俺が思い出したかのように言った。
納得し、頷くハジメ。
「でも、俺たちだけでどうすることも出来ないもんなぁ~。」
そんな考えが口に出ていた。
その時。
ハジメが何かを閃いたように手を打つ。
「ギルドの人に報告して、倒してもらえばいいじゃん。」
ハジメが得意げに言った。
「それは辞めといたほうがいい。質問攻めにされて、ボロが出たら終わりだ。」
「あくまで俺たちは知らなかった。という前提を入れられれば話は別だけど。」
マナブがハジメに反論する。
「そういえば、このクラスにもギルダーはいたよな?」
俺は探るように言った。
「ああ、小坂さんと山本さんは確かギルダーだったはずだ。」
マナブがそう答えてくれた。
確か・・・
「小坂 ハルカ」 生徒会の役員もやっている同い年の優等生。
背はマナブと同じくらいだが整った顔にスレンダーな体系には似合わない豊満な胸も持っている。
誰がどう見ても高嶺の花である。
もう1人は
「山本 ミサキ」 小坂さんといつも一緒にいる控えめな女性。
背は俺と同じくらいで、胸こそ小坂さんには劣るがしっかりしている。
体つきはやや筋肉質といったところだ。
なんでこんな詳しいかって?
なぜなら俺はミサキさんの事が気になっていた。見かける時は目で追ってしまうほどに。
うーん、けしからん。まっこと、けしからん。
女っ気のありそうなハジメも、ハルカさんに思いを寄せている事を俺は知っていた。
見くびるなよ俺の観察眼を。
途端に静かになるハジメ。
分かる。お前の頭の中はすでにピンク色に染まっている事だろう。
「問題はうまいことギルドにごまかしてもらうことだよな?」
ハジメが真剣な顔で言う。
ハジメにしては本質を捉えた言葉だった。
すまんハジメよ。疑った俺が悪かった。
「とりあえず、ぼかしも入れながら話してみた方がいいかもな。」
俺は2人にそう提案した。
2人とも頷く。
どうやら了承してくれたようだ。
あまり話がでかくならないように注意しなければならない。
彼女達にはマナブがそれとなく話を通してくれることになった。
その日の放課後、校舎の屋上には5人の男女が話をしていた。
俺は事の顛末をかいつまんで、ミサキとハルカに説明していた。
だが途中から彼女達は明らかに、俺の話に食いついているのが、見ていて分かった。
どうやら、ギルダーとして神域回廊を発見するというのは大変名誉となるのである。
おまけに未公開の「妖怪」も発見したとなればギルド内での成績にも影響されるとのことだった。
だが、俺たち3人は作戦を練っていた。
俺たち3人は「偶然」神域回廊に迷い込み。
それを聞きつけた彼女達が俺たち3人を救出する。というものである。
その時「たまたま」妖怪なるものを見つけてしまった。
このシナリオを俺たちは彼女らに手柄をゆずる条件として編み込んだのである。
その結果は・・・
「快諾」。
ハジメは鼻の下を伸ばすことを隠しきれていない様子だった。
俺も同じ顔をしているだろう。
マナブはやれやれといった顔で安心しているようだった。
こうして俺たち5人は変則的だがパーティーを組むこととなった。




