第30話 真剣勝負
森の中は暗くなるのが早く、そして明るくなるのは遅い。
暗い中を動き回ったせいか、随分と歩き回ったような気がする。
少しは眠れたものの疲労感がどことなく押し寄せてきていた。
つけ慣れたハズの装備がやけに重く感じる。
空を見上げると薄っすらと明るくなってきているのが分かった。
気温は下がり、霜が降りている。森全体が靄のかかったような白い膜で覆われていた。
「あいつら、脱出できたのかな。」
孤独感に苛まれて、そんな独り言が飛び出した。
タケシは最後の携帯食料を取り出し、味わって食べた。
各段に美味い物とは言い難いが、それでもこの状況では贅沢な味だった。
辺りの様相が分かってくると、マップを開いて狼煙の位置から現在地を割り出した。
「大分外側に離れてしまったか。」
タケシは転移陣のある方向へと進み始めた。
「カア、カア、カア。」
カラスが上空で鳴き始めた。
いちいち気に留める体力も残っていない。タケシは少しだけ移動の速度を上げた。
時折、位置を確認しては移動を繰り返す。
段々と社が見えてきた。転移陣まではもうすぐだ。
喜びが体に現れて、自然と足取りが軽くなっていく。
神社の周りは開けている。タケシは森から出る境界線で足を止めた。いや、止めざるを得なかった。
おびただしい数の魔物が行く手を阻んでいたのだ。
「なんで。。。」
おかしいとは思っていた。
昨日神域回廊に入った時から魔物の数が極端に少ないとは感じていたが、まさか魔物が統率の取れた動きをするとは思ってもいなかったのである。
魔物の群れの中から{小豆研ぎ}が群れをかき分けて姿を現した。桶は持っていない。
{年貢の納め時やど。はよ出てこんかい。」
ドスの効いた声でハッキリと言ってきた。
こっちの場所も既にバレている。
これはいよいよ腹を括るしかない。
大きく深呼吸をした後、俺は意を決して森の影から姿を出した。
{ええ度胸しとるわ。}
俺は{小豆研ぎ}と一定の距離でにらみ合いになった。
なにか既視感のある構図だったが、思い出せない。映画で見たことのあるような、、、。
「小豆はどうした。」
俺はダメ元で聞いてみる。
{お前らに使いすぎたせいで、切らしてしもうたわ。}
小豆研ぎはあっさりと教えてくれた。
範囲攻撃が無いのなら、何とかなるかもしれない。
それを聞いて、俺は盾と槍を捨てた。
疲れた体では両方使うことなんて出来ない。
腰に差してある刀ですら重く感じるのだ。
そんな俺をみて{小豆研ぎ}は怪訝な顔をした。
{ほう。盾と武器を捨てて何をしようっちゅう、、、。}
{まさかお前さん、ムラサメを持っとるんか。 ちょっとは歯ごたえありそうやんけ~。}
ムラサメ?。かっこいい名前だが俺には詳細が分からない。
わざとらしく刀が抜けるように少し前に出す。
{きゃっははは。それを持てるだけで大したもんやけど、果たして抜けるんか?。ムラサメを。}
何を言って、、、。
俺はハッとして、鍔を押し込む。
が。鯉口が切れない。
何かの力で鞘と密着してしまったかのように刀身はビクともしなかった。
{ムラサメは持ち手を選ぶんや。刀は魂も同然なんやで~?。ワテにビビっとるんとちゃうか?。」
ニヤリと笑う小豆研ぎに図星を突かれた。
このままではまずい。
俺は咄嗟に盾と槍を拾おうと動いた。
{逃がしゃへんで~。}
小豆研ぎは、ほとんど飛ぶような速さで間合いを詰めてくる。
駄目だ。間に合わない。
その時、体が勝手に動いた。ような気がした。
小豆研ぎは突進に近い形で、爪を立てて突きを繰り出してくる。
ムラサメは抜けないが、鞘で奴の攻撃を受ける。
ぐっ!!。
受けただけなのに数メートルは吹っ飛ばされた。
なんて怪力なんだ。
{ほ~う。耐えたんか。やるの~。}
「ハゲてるくせに強すぎだろ。」
飛ばされた衝撃で口の中を切ったことで、つい悪態を言ってしまった。
{小僧!!。人が気にしてることをぬけぬけと~、、、。}
肩をプルプルと震わせながら言葉を吐く。
気にしてたんだ。なんかごめん。
立ち上がった時、ふっと体が軽くなる感覚がした。
今なら刀を抜けそうな気がする。
ほとんど力をかけずにカチっという音を出して鯉口が切れた。
スーっと音も出さずにムラサメの刀身が顕になる。
この一連の動作に小豆研ぎは魅入っていた。
{ほ~。見事なもんやな。惚れ惚れするわ。}
{これで本領発揮っちゅう訳やな。ほな、いくで~}
なんともとぼけた声を出す小豆研ぎだが、飛び出したような目玉は鋭い眼差しをしている。
奴の右手の突きをムラサメで受ける。
ガキン!!と甲高い音が響き渡った。
たった一手の攻防だったのだが冷や汗が出るのが分かった。
猪を切るほどの切れ味だぞ?。
「なんちゅう指をしてるんだぁぁ!。」
言葉を吐きながら押し返す。
小豆研ぎは2~3歩後ろに退いた。
ニタリと笑う顔が気色悪い。
{伊達に小豆研いどるわけちゃうで。}
そう言いながら無傷の手を見せびらかす。
持久戦はこっちが不利だ。何とかして短期戦に持ち込まなければ、間違いなく負ける。
直観的にそう思った。
刀を握る手に力を込めた。
再び両者の間合いが一気に縮まる。
初手は右手の突きが飛んでくる。抜き足で軌道を逸らして懐に飛び込んだ。
狙うのは胴体。
入ったと思ったが左手で刀を掴まれた。
後ろに下がろうと身を引いたが掴まれた刀が抜けない。
小豆研ぎは刀ごと力任せに俺を引き寄せる。
まずい。
右手の突きが構えられているのが一瞬見えた。
咄嗟に俺は敢えて前方に踏み込んだ。
引っ張られる力と踏み込む力が合わさって、猛烈な速度で小豆研ぎに頭突きをかます。
これにはたまらず小豆研ぎが悲鳴をあげた。
{あ゛ぁ~~~~。いてぇ~~~~。}
両手で頭を抱えながら後ろに下がる。
好機だ。
俺は刀を下段に構えて走りこんだ。
足音で小豆研ぎは察したのか、咄嗟に両手を下げる。
俺はそれを見越して大きく上から振りかぶった。
<<<取った!>>>
なぜか2人の声が重なった。
刀が動かない。
小豆研ぎは斬られる直前に頭上で刀を白刃取りしていた。
{真剣白刃取り。まだまだ甘いわ~。}
小豆研ぎは刀を投げ捨てた。俺には抗う力が残っていなかったのだ。
勝負は決した。
俺はなすすべもなく小豆研ぎに蹴り飛ばされた。
腹に猛烈な衝撃が加わり、息が出来ない。
小豆が無くても無茶苦茶強いじゃん。
「ゲホ。ゲホッ!。」
血反吐を吐きながら力を振り絞って起き上がろうとするが、力が入らない。
小豆研ぎがゆっくり近づいて来るのが分かった。
だが、まだ諦めきれない。
何とか距離を取ろうと座った姿勢のまま後ろにずり下がる。
{もう終いか?。これが、けじめやで。}
小豆研ぎは俺の前まで来て右手を振り上げた。
ポトリ。
ポケットから神鏡が落ちた。
途端に小豆研ぎは、大きな目をさらに見開いて後ずさりした。
{あかん。それはあかんぞ。なんでお前がそれを持っとんのや。。。}
明らかに態度が変わっていく小豆研ぎ。その声は何かに怯えているようだった。
俺は無意識に神鏡を拾い、小豆研ぎに鏡の面を向けた。
{や、やめぇ~。それを見せんといてくれ~。}
小豆研ぎは両手で目を隠して後ろに下がる。
そう言われたら見せたくなる。
何が起こっているのかは分からない。ただこれが小豆研ぎにとっての弱点だと分かった。
なんとか起き上がり、小豆研ぎに近づいて鏡を見せ続けた。
{命は助けるから堪忍してくれ~。それだけは、それだけは~。}
悲鳴に近い声を出しながら小豆研ぎはうずくまった。
ここまで来て止めることなど出来ない。
そう思っていると小豆研ぎはスゥっと姿を消した。
辺りは静寂に包まれた。魔物の群れが鎮座していたが、鳴き声一つ上げない。
倒した、、、のか?。
鏡を見ると、いつもと変わらない鈍い光沢を放っていた。
緊張が一気に解けたせいか、小豆研ぎに受けた傷が痛みだす。
肋骨は何本か折れていて、腹は鈍い痛みを訴えている。
「戻らなきゃ。」
自分が動き出したのと同時に魔物の群れが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
所詮は烏合の衆だったという訳か。ボスがいなくなれば統率を失う。
タケシは片足を引きずりながらムラサメを拾い、転移陣へと向かった。
幸いにも襲ってくる魔物はいなかった。
転移陣を確認してから一度振り返り、タケシは神域回廊を後にした。




