第29話 不安
日が傾いた神域回廊の森の中でタケシは1人で逃げている。
さっきからカラスが執拗に追いかけてくる。
攻撃してくるという訳ではないが、俺の頭上を旋回しながら鳴き声を上げている。
間違いない。俺は{小豆研ぎ}に追いかけられているのだろう。
そもそも奴に見つかるつもりじゃなかった。討伐隊の安否だけ判ればいい。それだけの理由で偵察役を買って出たのが裏目に出てしまった。
タケシは小走りで合流地点に向かっていたのだが、ふと足を止めた。
ミサキに言われた刻限まであと僅かだ。このまま進めば合流することは出来るだろう。
しかし奴は俺を追ってきている。このままみんなと合流してしまったら奴を擦り付けることになってしまう。
ババは俺が持っているのだ。みんなに引かせる訳にはいかない。
俺は息を整えながら考えを巡らせた。
今出来る最善の方法。みんなが無事に表まで戻る時間を稼ぎ、この場を凌ぐには、、、。
俺が囮になるしかない。
タケシは合流地に向かうのを止めて、息を潜めながら踵を返した。
{小豆研ごうか~人取って喰おうか~。}
不気味な鼻歌と共に奴の声が微かに聞こえてくる。
俺はわざと枯れた小枝を木にぶつけて音を鳴らした。
{そこかい!。逃がしゃへんで~。}
奴の声が聞こえてくる。
うまくいった。
俺は{小豆研ぎ}から離れすぎないように合流地とは違う方向へと向きを変えた。
カラスは絶えず上空で鳴き声を上げているが、奴も正確にその場所が分かる訳ではないらしい。
緊張と恐怖が入り混じり、額から止めどなく汗が噴き出す。
離れすぎず、近づきすぎずというのはとてつもなく神経を削る。
俺は奴に見つからないように動き、時々音を出して奴を誘導していた。
あれから2時間くらい経っただろうか、日の光は木の葉に遮られて森全体が薄暗くなっている。
思っていたより暗くなるのが速すぎる。
おまけに山と違って平坦な同じ景色が続いたせいで、現在地が分からない。
狼煙も夕闇に紛れて分からなくなっていた。
駄目だ。これ以上は動けない。日が入らなくなると森は一気に真っ暗になった。
魔物の出没頻度が少なくて助かってはいるが、このまま闇雲に動いては遭難するだけだ。
さっきから奴の気配も感じない。夜になると動けなくなるのは相手も同じなのだろう。
上空を飛んでいたカラスも気が付けばいなくなっていた。
俺はゴーグルをナイトモードへと切り替える。
このモードは便利ではあるのだがバッテリーの消費が著しい。
一晩中このモードを維持するのはリスクが高すぎた。
こんなことになるのなら予備のバッテリーを持ってくるべきだったと、小さく舌打ちをした。
タケシは見通しの良い場所を探して、木に背中を預けながら座り込んだ。
不安と焦燥がふつふつと湧き上がってくる。
ハルカの顔が頭に浮かんだ。
いつも俺を心配してくれる。今頃みんなどうなったのであろうか。
無事に脱出出来ている事をタケシは願った。
日が完全に落ちた神域回廊の森は静寂そのものだった。
時折、虫の鳴き声が聞こえてくるが、近づいて来る気配はない。
タケシは思い出したかのようにサイドポーチに手を伸ばして携帯食料を取り出した。
動き回っていたせいで昼食も取っていない。そんな暇もなかったのだ。
クラッカーのような見た目をした携帯食料を口の中に放り込む。
ボソボソした触感のクラッカーに口の中の水分が全て奪われる。
水筒を取り出して一気に飲み込んだ。
「ぶはー。生き返る。」
ギルドで説明してもらったこの携帯食料は優秀だった。味はともかく
必要な栄養素とエネルギーを一度に接種出来てかつ、腹の中で膨れるため、空腹感はすぐに消えていく。
食事を済ませると、今度は睡魔に襲われた。
一日中動き回っていたのだ。無理もなかった。
どれくらい寝てしまったのだろうか、辺りが虫の鳴き声でざわついている。
それでもウトウトと瞼を開けられない。
「タケシ!やっと見つけたわ。」
俺を呼ぶハルカの声で飛び起きた。
ハジメ、ハルカ、ミサキの3人が俺の目の前に立っている。
「え、なんでこんなところにいるんだ?。脱出したんじゃないのか?。」
俺は思わず言った。
「何言ってんだよ、探したんだぜ。」
腕を組みながらハジメが言った。
「良い場所を見つけたのよ。一緒に来て。」
ミサキが笑顔で手を招いている。
思わず付いて行きそうになったが止まった。
ミサキの言動に違和感を持ったからだ。
ミサキが笑顔を見せて話す?。
俺の知っているミサキはいつもクールだ。滅多なことでも笑顔は見せない。
「偽物か。」
俺がそう呟いたのを皮切りに3人の顔から笑顔が消えた。
容姿が次第に溶けて、手のひらの大きさをした青い炎に変わった。
淡い青色をした炎の塊。メラメラと陽炎のように揺れている。
「人魂だったか。」
俺はポーチから小型ライトを取り出すと人魂に向けて照射した。
光を当てられた人魂は逃げ惑うようにして消えていく。
「はぁ。本物だったらどれほど嬉しい事か。」
嫌でも気分が落ち込む。
俺は無性に人肌が恋しくなった。
「無事に帰ったらハルカを思いっきり抱きしめてみよう。」
目が覚めてしまったので、場所を少し移動することにした。
さっきの事もある、ライトの光で魔物が集まってくる可能性もあったからだ。
ナイトモードがあるとはいえ足元は見えずらい。
木の根に足を取られて大きく前につんのめった。
ガサガサと壁のような藪を突き抜けてその先の空間に出る。
「いたたたた。」
{あ?}
「あっ。」
そこには鼠を枕にして寝そべりながらこっちを見る{小豆研ぎ}がいた。
俺は何も見なかったようにゆっくりと後ずさる。
たぶん向こうはこちらの姿がはっきりと見えていない。
そう思ったからだ。
{って。ちょっと待たんかい!。}
鼠を蹴飛ばした小豆研ぎが凄い勢いで追いかけてきた。
「う、うわぁぁ!。ごめんなさいぃぃ。」
俺は叫びながら逃げた。
が、小豆研ぎはすぐに俺を見失ったようだ。
{どこ行きよったんじゃ。クソガキ~!。}
俺を探す小豆研ぎの声が森の中で響いている。
幸いにも小豆は飛んでこなかった。
早鐘を打つ心臓を鎮めながら、俺は暗闇の森をさまよった。
とてもじゃないが同じ場所にとどまる事なんて出来ない。
俺は日が昇るまで{小豆研ぎ}を恐れながら森の中を移動し続けた。




