第28話 小豆研ぎ
俺達は助けを呼ぶ声のする方へと捜索を進めていた。
ガサガサと藪をかき分けながら満身創痍な1人のギルダーが姿を現した。
「おい、生き残りがいたぜ。」
ハジメが3人に聞こえるように呟いた。
そのギルダーは俺達を見るなり、大粒の涙を流しながら縋り寄ってくる。
明らかに異常だ。一体何が起こればここまで憔悴するのだろう。
「ひとまずは落ち着いて。ゆっくり深呼吸するのよ。」
ハルカが優しく声を掛けた。
「えぐ、うぐ。はぁ、はぁ。」
ギルダーは次第に落ち着きを取り戻していく。
「私達は調査隊よ、何があったか話せる?。」
ハルカは座り込むギルダーに身を寄せた。
「分からない。分からないんだ。妖怪が出て、何もかも分からなくなった。」
かなり混乱している様子だった。
俺達は顔を見合わせる。
情報が無ければ無闇にこの先へと進むのは憚られる。
よりによって妖怪が出たともなれば猶更だ。
だが、終始落ち着いた態度を取る俺達に安心したのか、ショウタは何が起きたのかを話し始めた。
俺達はその話を聞いて次第に表情が引き締まる。
聞いた話と俺達が発見した状況を合わせると、現時点で相当な被害が発生している。
先遣隊はこのショウタという人を除いて全滅し、手前側の狼煙の場所で待機していた討伐隊の3班も既に全滅している。
妖怪のいた場所に向かった、討伐隊の安否だけが分からない。
俺は出来る限りこの妖怪の特徴を聞いた。
頭の片隅にあるマナブノートの内容を思い出し、見たことのある特徴と照らし合わせる。
「たぶん、この妖怪は{小豆研ぎ}だ。」
確信は無かったが、言葉に出てしまった。
「小豆研ぎ?。なんだそりゃ?。」
ハジメが首を傾げている。
「伝記によると、出没地域はバラバラで川の近くに出ることが多いとか。」
「本来は遭遇した人を驚かせたり、川に引きずり込んだりする妖怪だと書いてあった。」
「けど、小豆を攻撃に使うなんて信じられないな。」
俺は思い出せることを話した。
「いや、小豆が武器で間違いない。くらえば最後だ。俺の仲間は、、、それで死んだ。」
ショウタは絞り出すように言葉を綴った。
「そんな、、、。」
ハルカは驚いている。
俺も心当たりはあった。
小豆が地面に落ちている不可解と、そばにあった木の幹が抉れていたのだ。
その威力の小豆が人体に当たれば想像に容易い。まさにショットガンのようなものだ。
「なんとか、倒せないのかよ。」
ハジメは焦りを見せた。
「分からない。ただ、接近さえすれば何とかなるかもしれないが、近づく事も容易じゃない。」
ショウタは自身が経験した事を話す。
もう一つ気がかりなことがあった。ミサキを見ると、どうやら同じことを考えているようだ。
「他の調査隊の事も考えないといけないわ。」
その言葉に3人がハッとする。
「俺達の他に調査隊は2パーティーいるはずだ。何も知らないとすれば、さっきの狼煙の場所に救援に来る可能性が高い。二次被害は何としても食い止めなければならない。」
ミサキに続いて俺が説明する。
「そんな。。。」
ショウタは絶望に近い顔をしている。
人は追い詰められれば、誰よりも自分を優先する。
ショウタは一刻も早くこの神域回廊から抜け出したかったのだ。
俺は4人に提案した。
「俺はこのまま1人で最初に上がった狼煙の場所まで討伐隊の安否を確認しに行く。」
「君らはさっきの狼煙の場所まで戻って、他の調査隊が来るのを待っていてほしい。」
「1人でなんて駄目に決まってるじゃない。危険すぎるわ。」
すかさずハルカが反対した。
「相手は広範囲攻撃をしてくる。1人の方が素早く動くことが出来るんだ。」
「全員がやられるなんてことになったら、それこそ最悪だ。」
俺の言葉にハルカは静かになった。
「確かにタケシの言う通りよ。でもそれならリーダーである私がやるわ。」
ミサキが静かに言った。
「いや、ミサキは監督者として報告する義務があるはずだ。先に退却した運搬隊はこのことを何も知らない。ハジメは万全という訳でもないし、ショウタさんは怪我が酷い。他の魔物だっているんだ。」
「この場で素早く情報を集められるのは俺しかいないと思う。」
この言葉に流石のミサキも沈黙せざるを得なかった。
クエスト開始時の責任者の言葉が脳裏をよぎる。
大規模クエストでは全体の動きを重視しなければならない。
このクエストの約半数を占める運搬隊を率いるギルダーが必要なのだ。
「分かったわ。1時間だけ待つ。」
ミサキは決断した。
「おいおい、勝手に決めるなよ。タケシばっかり良いとこ見せるのはないぜ。」
ハジメが珍しくかみついてきた。
「ハジメ。3人を守れるのはお前しかいないんだ。他の調査隊のことも万が一ってことも有り得る。」
「頼めるのはお前しかいない。分かってくれ。」
俺はそう言いながらハジメの肩に手を置いた。
「タケシがそこまで言うなら仕方ねぇ。」
不満に思いながらもハジメは頷いた。
「絶対無事に戻って来て。」
ハルカはそう言うと優しく口づけをする。
こういう場で不謹慎だと思ったが不思議と恐怖が和らいだ。
「俺は昔から逃げ足だけは速いんだよ。」
ニカっと笑顔を見せて俺は動き出した。
とりあえず、確認しなきゃならないのは討伐隊の安否だ。
なるべく音を立てないように中腰で移動した。
赤い狼煙に近づくのに合わせて速度を落とす。
小川の流れる音がだんだん聞こえてきた。
少し下流の方に出てしまったようだ。狼煙は上流の方にある。
上空を鳴きながら飛んでいるカラスが少し気になる。
川に沿って進んでいくとギルダーの遺体が目に入ってきた。バラバラになっており、待機地点で見たものとさほど変わらない。
さっき聞いた先遣隊のものだろうか?。
違う。。。
俺はあることに気が付いた。 装備だ。
転がっている遺体のそばにはいくつもの装備が散らばっている。
大きな盾が転がっているのが目に入った。
これは確か、討伐隊のプロのギルダーが身に着けていたものだ。
「くそ。。。駄目だったか。」
独りでに槍を握る力が強まった。
俺は落ちている盾を手に取って確かめた。
貫通はしていない。所々に小豆が食い込んでいて大小のへこみもあるが、使えない訳ではない。
重くはなるが、その場しのぎにはなる。そう思って左手に盾を装備した。
まだ全員がやられたと決まったわけではないのだ。
バラバラになっている為何人分なのかは分からないが、多くはない。
証拠として、いくつかゴーグルに記録していく。
俺は慎重に川岸に沿って小川を登って行った。
じゃこ、じゃく、じゃこ。
聞き慣れた音が聞こえてくる。米を研ぐ音に近い。
誰かが小川で桶に手を突っ込んでいる。
腰の曲がった中年の男。その頭は禿げており、奇妙な髪形をしている。
カラスが一際けたたましく鳴いた。
すると男は突然こちらを振り向いた。
タケシは小さく舌打ちをした。
上空のカラスはこちらの様子を伺っていたのだ。恐らく見張りの役割があるのだろう。
こちらを見てくる顔は明らかに人じゃない。大きな口に潰れた鼻、ギョロっとした目は俺の事を見据えていた。
{また性懲りもなく来たんか。ん?。}
{なんや一人で来よったん。肝座っとんの~ワレェ~。}
こいつが小豆研ぎか。。。
ていうか妖怪って話せるのかよ。
訛りがきつくて良く分からない。
「他の人はどうした?」
ダメ元で聞いてみた。
{人んち荒らしといて、タダで済むと思っとんのか?えぇ?。}
どうやらご立腹らしいというのは分かった。
「あなたが居るなんて知らなかったんだ、俺が代わりに詫びます。」
務めて律儀に対応してみた。
{謝って済むと思ってんのかい!うちの可愛いペットを殺しよってからに。}
{あんまり舐めたこと言うとったらいてこますぞワレェ~。}
駄目だ。日本語なんだろうけど半分も分からない。
いてこます。ってなんだ。
「あの~そのペットというのは、、、。」
とりあえず分かる単語を聞いてみた。
{猪じゃ!!ボケェ~!。}
その言葉と共に{小豆研ぎ}は腕を大きく薙いだ。
俺は反射的に盾に身を屈めた。
警戒していたおかげで素早く動くことが出来た。
ガイン!という金属音と共に少し後方に飛ばされた。
離れているのになんて威力だ。
まともに食らえば命は無いだろう。
さっき見かけた遺体と同じ運命をたどってしまう。
{小豆研ぎ}は手を休めることなく、小豆を投げつけてくる。
まずいまずいまずい。
このまま食らい続けて助かる見込みなんてない。
{小豆研ぎ}のいる場所までは刀の間合いから離れすぎている。
それに近づけば近づくほど飛んでくる小豆の威力も上がるだろう。
今なら逃げれる。
そう思った俺は一瞬の隙を突いて全速力で来た道を引き返した。
幸いにもあいつは追ってくる気配は無い。距離を離すと共に方角が被らないように向きを変えて走る。
俺には考える余裕があった。
それにしても怒ってる理由が猪だったとは。。。




