第27話 接敵
場面は変わる
日が傾き始めた神域回廊の森には、カラスの鳴き声がこだましている。
大規模クエストの2日目。このクエストで先遣隊を任された俺達3人組は早めの昼食を済ませてこの神域回廊を捜索していた。その活躍ぶりは絶好調だった。
「昨日の魔物も大したことなかったし、こりゃあ今日も楽勝だよな。」
「でも昨日は私達が見逃してしまった魔物が調査隊と遭遇したらしいわよ。まあ、調査隊でも倒せちゃう魔物だから問題は無かったみたいだけどね。ウフ。悪い事しちゃったかしら。」
「でもあの調査隊の奴ら、児玉さん達に呼ばれてたんだよな?。ちょっと嫉妬しちまうぜ。なあミカ?。」
「あら、そうなの?。どんな子たちなのか、後でじっくり見てあげないとね。」
「お前ら、クエストに集中しろ。俺達が最前線なんだぞ。」
「あいあい。分かってますよ~。全く真面目なんだから、コウイチさんには勝てねぇや。」
森の中は昨日とは打って変わって静けさが辺りを包んでいる。
出てくる魔物も大きい個体はいない。
ただ上空を滑空するカラスだけがリズムを刻むように鳴き続けていた。
「それにしてもさっきからカラスがうるせえな。焼き鳥にしてやろうか。」
「さっき食べたばっかなのに?。ショウタは食いしん坊さんなのね。」
俺達はあまりの静けさに退屈していた。
これでは張り合いというものが無い。油断していると言われればそれまでなのだろうが。
大分奥の方まで来た。マップによると、もうすぐ折り返す所まで行くはずだ。
ショウタ達3人の先遣隊は折り返しの場所を確認すると、方向を変えて進み始めた。
「もう少し行ったところで小川に出る。対水中戦闘の準備もしておけよ。」
「こんな小川に魔物がいるわけないでしょ。コウイチさん、プロになったばっかだからと言って、張り切り過ぎなんじゃないですか~?。」
「止まれ。」
だが、コウイチの鋭い言葉に2人は素直に従った。
すぐに戦闘モードへと切り替える。
腐ってもセミプロ以上のパーティーなのだ。その動きには迷いが無い。
耳を澄ましても魔物が動いている様子は無く、近くにある小川のせせらぎの音しか聞こえない。
カラスの鳴き声だけが異様に響き渡っていた。
コウイチが短くハンドサインを出して2人に指示を出した。
ミカを先頭に縦列隊形で小川に近づいて行く。
俺達はベテランだ。ミカと俺はまだセミプロだったが、コウイチはこの前プロに昇格したばかりだ。
この3人の連携をもってすれば、多少の魔物にも後れを取ることは無い。
俺達先遣隊の任務は単純だ。本隊から先行して、地形の把握、魔物の有無とその詳細を後方にいる討伐隊に伝える。可能であればその場で魔物を倒すことも許されている。
小川まで静かに移動した3人だったが、異変にはすぐに気が付いた。
川の色が赤く濁っている。
上流で誰か怪我したに違いない。俺達の近くにいるギルダーと言えばもう一つの先遣隊だ。
「あいつらヘマしたな。」
コウイチの判断は早かった。
ミカに救援の狼煙を上げさせると共に上流の方へと捜索を速めた。
上流へと川沿いを歩いていた時、奇妙な音が聞こえてくる。
じゃく。じゃこ。じゃく。
日常の生活音で聞いたことのあるような音だった。
はて。なんだったか?。
3人は無言のままアイコンタクトをした。
ショウタとミカも首を横に振る。
3人は音を出さないように気をつけながら、リズミカルに聞こえてくるその音の正体を探した。
{小豆洗おうか~、人取って喰おうか~}
誰かが独り言のように歌っているのが聞こえてくる。
3人は静かにその声の人物が見える場所まで移動した。
腰の曲がった中年の男。その頭は禿げており、奇妙な髪形をしている。
桶に手を突っ込んで何かを混ぜているような仕草をしている。
明らかに、ギルダーではない。
だが3人はその他に映るものに目を奪われた。
バラバラになった遺体。
そこから下流に赤い血が垂れ流されていた。
「あれは、人じゃない。妖怪だ。」
コウイチが小さく呟いた。
俺達に目線だけで合図をしてくる。
ミカは狼煙を上げようと準備をし、俺は討伐隊に知らせるために後ろへ下がろうとした。
妖怪は途端に動きを止めて、こちらを振り返った。
大きな口に潰れた鼻。ギョロっとした目玉が不気味さを助長している。
危険を察知した3人は瞬時にフォーメーションを作る。
前衛にコウイチ隊長。両手剣を構え、その行動範囲は広い。
中堅はミカ、右手に片手剣を持ち左手にはやや長細い盾を持っている、遠距離に対応するために弓を背中に背負っている。
後衛は俺だ。双剣を持ち、臨機応変に動けるように装備は軽装だった。
「ミカは援護を頼む。ショウタは急いで後方へ伝えろ!。」
コウイチは声を張り上げて指示を出した。
俺は指示を受けて後方へと走り出した。
2人の事が気がかりだったが、俺達の役割としてここで全滅するわけにはいかない。
通信機器が使えない神域回廊では視覚情報や口頭伝達が必須だ。
片割れのパーティーが全滅した事とそれ相応の妖怪が現れたことを後方の本隊に伝えなければ被害は大きくなる。
{逃がしゃへんで~}
ニタリと笑った妖怪は確かにそう言った。
妖怪は桶に手を突っ込んだ後に腕を大きく薙いだ。
ビュッ!という空気を割く音が俺の耳を掠める。
ボトリ。と音を出して何かが転がった。
無数の穴が開いた隊長の首が俺の前まで転がってきていた。
振り返ると、そこに立っているはずの2人はいなかった。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!。」
俺は脇目も振らずに全速力で走った。
時折風切り音が聞こえては、あたりの木々がはじけ飛ぶ。
パチパチパチという音と共に何かが飛んできていた。
背中や腕に突き刺すような激痛が走る。
痛みに悶えながらも俺はただただ走り続けた。
しばらく走って、飛翔音は止んだのだが、一向に誰とも会う気配が無い。
ミカが狼煙を上げてくれた事で後方の討伐隊も向かってきてくれているはずだった。
「誰か。誰か助けてくれ!。」
俺は声を出しながら後続を探した。
「おい!どうしたというのだ。何があった。」
責任者ギルダーの児玉が声を上げた。
「がぁ、はぁ、はぁ。せ、先遣隊は、、、全滅しました。」
肩で息をしながら、そう伝えるのが精いっぱいだった。
小さな動揺が討伐隊に伝わった。
「妖怪が、妖怪が現れました。私を除いて5名は死亡。それを伝えるべくここまで。。」
俺の顔は血と汗と涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「よく知らせてくれた。」
「それにしても、あのコウイチがやられたか。。。」
児玉は悔しさに拳を握りしめる。
「これより討伐隊を2手に分ける。」
「私を含む1班と2班は現場に急行。3班は現在地に残り、救援に来る調査隊と共にこの場で合流しろ。」
「ここの指揮は高山。お前が取れ。」
児玉は高山を見ながら指示を出した。
モヒカンを揺らしながら高山は頷いた。
「これよりこの場に捜索キャンプを作る。追加の狼煙を上げろ。」
指示を受けたギルダーは速やかに行動に移った。
1班と2班が合流した討伐隊は合計で9名。
この場に残った3班はショウタを含めて5名だった。
カラスの声が辺りにこだましている。それ以外は静寂そのものだった。
ショウタは手当を受けながら、現場で起きたことを思い出し高山に説明していた。
「何が起こったのかいまだに分からない。別班の痕跡を見つけて探したら妖怪を見つけた。」
「隊長とミカが、、、時間を稼ぐと。だが気が付きゃ2人とも死んでた。」
「一瞬の事で何が起きたのか分からねえ。なんでだよチクショウ。」
ショウタは泣きじゃくっていた。
「むう、正体不明の妖怪か。その攻撃力は侮れんな。」
高山はショウタの証言に思考を巡らせた。
カラスが一段とけたたましく鳴いている。
{お~。おったおった。さっきも言うたやろ~}
{ここからだーれも逃がしゃへんで~}
ショウタの顔が絶望に変わった。
なぜ奴がここにいる。
現場に向かった討伐隊はどうなった。
方角的には出会ってるはずだ。だとすれば、、、。
そこからショウタの記憶は無い。
右も左も分からない。あの場から逃げる事だけを考えた。
いや、パニックだった。
ただただ、体が反射的に動いていた。
「うわぁあ。誰か!助けてくれ!。」
森の中を歩く4人のギルダーをショウタは見つけた。




