第17話 一難去ってまた一難
そんな俺の言葉に少し驚いた顔をしたハルカだったようだが
少しの間を置いて素の顔に戻ったハルカはつかつかと俺の前まで近づいてきた。
俺が行動を起こすよりも早く、ハルカは懐に飛び込んでくる。
まるでスローモーションのように俺はその動きを見ている事しか出来なかった。
両手を俺の首に回し、抱きつくように体を寄せる。
俺も反射的に彼女の腰に手を廻してしまう。
彼女は少しつま先立ちになりながら、背を伸ばして顔を近づける。
キス、してない。?
俺はてっきりそのまま口づけをしたと思ったが、絶妙に唇をずらしている。
ハジメとミサキから見ればキスをしているように見えるだろう。
現にハジメは「あっ。」と声を漏らして驚いている。
ミサキも口に手を当てて目を見開いていた。その顔は先ほどより赤い。
ハルカはそんな体勢のまま俺にしか聞こえない声で言った。
「今夜8時に裏山の神域回廊に1人で来て。」
そう言うと彼女はそのまま軽く、今度は本当のキスをして一段と強く俺を抱きしめた。
俺は雷に打たれたかのように立ち尽くした。
なんだ今のは。
するとハルカは踵を返して、スタスタと何事も無かったかのように屋上を後にする。
ミサキも我に帰ると、慌ててハルカを追いかけていった。
俺は放心状態になっていた。
手に残る彼女の温もりと感触。
彼女の唇は柔らかかった。が。
「タケシ、お前やるなぁ。」
ハジメが悔しさを出しながらかける言葉に、俺は我に帰った。
「ああ。いきなりすぎて、面食らった。」
俺はそう言葉にすることしか出来なかった。
「俺も驚いたけどよ、あれはお前の勝ちだな。」
「よかったな。ハルカは学校内で1番人気なんだぞ?。」
ハジメが言葉を掛けてくれる。
「ああ、そうだな。」
俺は複雑な気持ちと葛藤しながらそう答えた。
その後は俺たちは他愛のない話をしながら家路についた。
だが俺の頭は彼女の事でいっぱいになっていたのである。
家に着いてからも、何度も時計に目を向けて落ち着くことが出来なかった。
当然である。
思春期真っ只中の17歳なのだ。
頭の中は既にほとんどがピンク色に染まってしまっていた。
少し早いが俺は家を出た。
親には言い訳を並べてごまかした。
はやる気持ちを抑えて、夜の警備隊に見つからないように移動しなければならない。
補導されればお終いだ。
俺は今までの悪だくみの知恵をフル稼働させて
裏山で俺たちが見つけた神域回廊までやってきた。
自転車を隠して表参道まで移動する。
時計に目を落とすと約束の8時まであまり時間が無かった。
思っていたよりも時間がかかってしまったのだ。早めに動いて正解だった。
落ち着いて階段を登っていく。月明りだけが頼りだった。
中腹まで登りきるとうっすらとだが社が見えた。
この神域回廊は俺たちがギルドに報告してから
調査、攻略まで終えており、利用価値が少ない為に封鎖されていた。
向かい合う狛犬の中央部分に転移陣があったはずだが、今は厳重に囲いで封鎖されている。
くずれかけた拝殿のほうへ目を向けるとわずかに明かりが漏れている。
俺はゆっくりと息を整えながら拝殿に近づいた。
「ハルカ。居るのか?。」
俺は拝殿に向かって声をかけた。
ぎぃっと軋んだ音を立てて明かりを持った1人の女性が拝殿から出てくる。
その女性は白い小袖に赤い袴を着たハルカだった。
「こっちへ来て。」
ハルカは短く言う。
俺は近づきながらもハルカに聞いた。
「なんで巫女さんの恰好をしてるんだ?」
ハルカは答えなかった。
俺は彼女の目の前まで行って、その姿をまじまじと見た。
普段見慣れない恰好に一際胸が強調されており、色っぽい。
ただでさえ常識外だった。嫌でも興奮してくる。
ハルカは恥ずかしそうな顔をしながらも、俺を拝殿の中へと案内した。
こんなところで、、、なんて妄想が俺を支配する。
俺は頭を横に振って邪心を振りほどいた。なにかあるに決まってる。
拝殿の中は神域回廊の時と違ってボロボロだった。
あちこちに蜘蛛の巣が張っており、崩れかけているところからは隙間風が吹いていた。
ただし、拝殿の床だけは綺麗に掃除されており、その中央には見たことのある木箱が置かれていた。
ミサキはゆっくりと洗練された動きで木箱を挟んで俺の向こう側に正座した。
俺も促されて、小箱を挟んでハルカの正面に座る。
口を開きかけた時にハルカはおもむろに木箱を開けた。
中には見たことのあるチョークのような形状をした封印術具が入っていた。
しかも並べられている形も、俺たちが見つけた時と同じだ。
あの婆さんに売った物と同じように見える。
それがどうしてここにあるのかは今の俺には理解できなかった。
ハルカは俺の事を真っすぐに見つめながら話を始めた。
「私の家系は代々巫女として神事に携わってきたわ。」
「私にも少なからずその力があるの。」
「今日あなたをここに呼んだのは、どうしても確かめなければならない事があるからなの。」
なんのことやらさっぱりだったが俺は黙って聞いた。
「この木箱の中にあるのは封印用の術具。父の友人が苦労して持ってきてくれたわ。」
少しギクリとした。罪悪感というやつだ。
「それで、ここからが本題なのだけど。」
「初めてここの神域回廊に来てあなた達と一緒に潜ったのを覚えてるでしょ?。」
俺は頷く。
「その時に{のっぺらぼう}が現れてあなたに神鏡を渡して消えた。」
「その後に私にこの神鏡を渡そうとしたことを憶えてる?。」
俺は思い出しながらも頷いた。
確か、いたずら心にハルカを驚かせようとしてミサキにビンタされたやつだ。
俺はポケットから神鏡を取り出してハルカに見せた。
「私が鏡に触れた時、一瞬だけど{のっぺらぼう}が見えたのよ。」
「あれ以来、時々{のっぺらぼう}が私の夢に出てくるの。」
「最初は気のせいだ。なんて思っていたのだけれど変化がでてきたわ。」
「もしかすると、まだその鏡にいるのかもしれない。そう考えたの。」
俺はギョっとして鏡を見た。
鏡は何の変化もなく、くすんだ輝きをしている。
もし{のっぺらぼう}がまだこの鏡の中にいるのであれば、それは由々しき事態だ。
俺は恐怖が腹の底から湧き出てくるのを抑えられなかった。
「それを今から調べるわ。呪いのせいで痛みが出るかもしれないけど我慢してちょうだい。」
ハルカはそう言うと小箱を持って、俺のすぐ目の前まで近づいた。
「神鏡をこの封印具の中央にくるように置いてくれるかしら。」
俺は言われるがままに、5角形のように並べられた封印具の中央に鏡を置いた。
カタ、カタ、カタ。と神鏡が僅かに震える。
ビシィ!。という音と共に封印具が割れて、俺の腕も痺れるように痛んだ。
腕を抱えてうずくまる。
痛ってぇ。
ハルカはふぅ。とため息をつくと俺に礼を言う。
「やっぱり、駄目ね。封印はもうできないかもしれない。」
ハルカはそう言うと鏡をしまうように促す。
俺は鏡をポケットにしまおうと手を触れた。
鏡が冷たい。
鏡は違和感を発していた。
恐る恐る鏡を見る。
そこには{のっぺらぼう}が映っていた。
うわっ!!と声を出して反射的に体がのけ反った。
怖ぇ。
ハルカも俺のそばに来て、今度は一緒に鏡を見た。
そこにはやっぱり{のっぺらぼう}が映っている。
だが確実に違和感があった。
鼻がある。
鏡がくすんでいてはっきりとは見えないが、うっすらと鼻がある。
前に見た時はそんなのなかったぞ。
「私が夢で見た姿と同じ。」
ハルカが俺の耳元でぽつりと呟いた。
するとハルカがいきなり抱き着いてきた。
そのまま押し倒される俺。ハルカは俺の上に跨ってくる。
待て待て。今はそんなことしてる場合じゃないだろう。
ハルカの顔を見る。
目に力が無かった。どこか虚ろ気な目。
おかしい。
そう思った時、俺は最悪な予感が脳裏をよぎった。




