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第7話

夕方前。


空はまだ明るいのに、影だけがやけに長く伸びている。


琥珀とラファは、ゆっくりと歩いていた。


一歩ずつ。


確かに進んでいるのに——遅い。


「……思ったより、進まないね」


小さく笑う。


無理はしていない。


けれど、体がついてこない。


踏み出すたび、ほんの少し遅れる。

まるで、体が世界に追いついていないみたいだった。


ラファは隣で歩幅を合わせる。


「現在の状態では、長距離移動は非効率です」


「だよね」


軽く息を吐く。


ふと、足元を見る。


影が、長い。


「……あれ」


顔を上げる。


「もう、こんな時間?」


歩いていただけなのに。


思っていたより、ずっと時間が進んでいる。


「……早く、休める場所見つけたいね」


ラファは、わずかに視線を巡らせる。


「この先に、人の気配があります」


琥珀の耳がピンと立つ。


「ほんと?」


少しだけ、表情が明るくなる。


そのまま進む。


やがて。


遠くに、小さな灯りが見えた。


風に揺れている。


「……あった」


ほっと、息がこぼれる。


足取りは変わらない。


それでも、少しだけ軽くなる。


近づく。


小さな集落。


いくつかの家。


火の明かり。


畑。


人の気配。


作業をしている人たち。


——どこか、余裕がない。


以前の村とは、少し違う空気。


風が、吹く。


草が揺れる。


——だが。


どこか、途切れる。


流れているはずなのに、続かない。


琥珀は、わずかに目を細める。


「……あれ」


違和感。


けれど——


すぐに消える。


風は、何事もなかったように戻る。


「……気のせい、かな」


ラファは何も言わない。


ただ、隣にいる。


そのまま歩く。


「ねえ!」


声。


振り向く。


小さな少女が、こちらに駆けてくる。


「大丈夫?疲れてるでしょ?」


距離が近い。


ためらいがない。


琥珀は少し驚く。


「あ、うん……ちょっとだけ」


少女は笑う。


「うち来なよ!」


琥珀は少し戸惑う。


「え?」


少女は笑うまま。


「お母さんいるから!」


そのまま、手を引く。


琥珀は少し戸惑いながらも、ついていく。


周囲を見る。


獣人もいる。


視線は向けられるが、強い警戒はない。


「……あれ」


小さく呟く。


でも、深くは考えない。


家に近づく。


ふわりと、香りが漂う。


いい匂い。


その瞬間。


ぐう、と音が鳴る。


「……っ」


琥珀は少しだけ顔を赤くする。


少女がくすっと笑う。


「やっぱりお腹すいてるじゃん」


琥珀が恥ずかしそうに、


「……ばれた」


小さく笑う。


中へ。


「ほら、遠慮しないでお入り」


女将が手を振る。


琥珀は、少しだけ戸惑いながら一歩踏み入れる。


「……おじゃまします」


ラファも静かに続く。


案内された席へ。


ゆっくりと腰を下ろす。


体を預けると、力が抜けた。


食事が並ぶ。


湯気が立ちのぼる。


香りが、やわらかく広がる。


琥珀は、そっと手を合わせる。


「……いただきます」


少女が、きょとんとする。


「それ、なに?」


琥珀は少しだけ考えて、やわらかく笑う。


「……ご飯に、ありがとうって言うの」


少女の顔が明るくなる。


「ありがとう……」


まねをするように、手を合わせる。


「いただきます!」


女将が、少しだけ目を丸くする。


「……そういうのも、あるんだね」


やわらかな驚き。


否定ではない。


女将も、ほんの少しだけ手を合わせる。


「……いただきます、か」


小さく繰り返す。


空気が、少しだけ変わる。


やさしく。


琥珀は箸を取る。


少しだけ慣れた手つき。


ゆっくりと口に運ぶ。


「……おいしい」


力が抜ける。


体に、染みていく。


食事は、ゆっくりと進む。


少女が口を開く。


「ねえ、お母さん」

「どうしてここには風車ないの?」


女将は、少しだけ手を止める。


「……そうだねえ」


やわらかく笑う。


「昔はね、旅をしてたんだよ」


琥珀は、静かに耳を傾ける。


「歩いて、歩いて」

「たどり着いた場所に、豊かな土地があってね」

「そこに——変わった風車があったんだ」

「でもね」


ほんの少し、間。


「人が住み着くとね」

「その土地、少しずつ枯れていくんだよ」


空気は、変わらない。


あくまで普通の会話。


「全部じゃないよ」

「そう思う人もいるし」

「それでも住みたいって人もいる」

「いろいろ、なんだよ」


琥珀は、箸を止める。


何も言わない。


少女が小さく首をかしげる。


「じゃあ、ここは?」


女将は、肩をすくめる。


「ここは、少し外れた場所さ」

「風車のある村は、この先にあるよ」


少しの沈黙。


ラファが、静かに口を開く。


「……今の会話、記録しました」


琥珀は目を瞬かせる。


「え、記録してるの?」


ラファは冷静に。


「はい。必要になる可能性があります」


琥珀はぽかーんとした顔で。


「そっか……」


小さく笑う。


「……ごちそうさまでした」


琥珀は顔を上げる。


「……あの」

「ここって、なんていう場所なの?」


女将は、少し笑う。


「名前かい?」

「特に決まった名前はないよ」

「ここは……この集落、って呼んでる」


琥珀は意外に思う。


「え」


少し驚く。


「もともと旅の民だからね」

「場所に名前をつける習慣があまりないんだ」


琥珀が尋ねる。


「じゃあ、あの風車の村は?」


女将がきょとんとした顔で。


「そのままだよ」

「風車の村だったかねー」

「もっと先に行けば、街がある」

「そこはちゃんと名前が——」


少女が、元気に。


「ねえねえ!」


少女が遮る。


「お風呂入るんでしょ?」


空気が切り替わる。


女将は笑う。


「そうだったね」


「裏に湯があるよ」


湯気。


静かな空間。


琥珀は、ゆっくりと湯に入る。


「……あったかい」


体が、ほどけていく。


ラファが隣にいる。


支えるように。


「体温の回復を確認しています」


琥珀が思い出しながら。


「……あの時は、水だったね」


ラファはそっと寄り添う。


「はい」


湯気が、揺れる。


——だが。


風が、届いていない。


まるで、そこだけ切り離されたみたいに。


「……あれ」


小さな違和感。


すぐに消える。


琥珀は、そっと手を見る。


指先。


少しだけ、動きが戻っている。


「……ちょっと、楽」


小さく息を吐く。


「……これ」

「どうやって洗うんだろ」


ラファも周りを見渡し。


「専用の洗浄手段は確認できません」


琥珀は少し残念そうに。


「そっか……」


湯で流すだけ。


それでも、十分だった。


夜。


静かな時間。


琥珀は、横になる。


体はまだ重い。


でも——確かに回復している。


「……今日は、助かったね」


ラファは少し安心したように。


「はい」


その距離は、変わらない。


やがて。


外に出る。


夜の空気。


風が——


吹くはずだった。


だが。


止まる。


ほんの一瞬。


空気が、動かない。


琥珀は、わずかに目を細める。


「……また」


遠く。


見えない先。


何かが、ある気がした。


風が、遅れて吹く。


けれど、その流れは——


どこか、不自然だった。


まるで、本来の流れではないものが、

無理やり動いているように。

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