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第6話

朝の風は、やわらかかった。


丘を越え、草花を静かに揺らしながら流れていく。


琥珀とラファは、並んで歩いていた。


一歩ずつ。

ゆっくりと。


琥珀の足取りは、まだ少し重い。


踏み出してから、次の一歩までにわずかな間がある。

指先にも、かすかな違和感が残っていた。


耳が少し下がり、しっぽも力なく揺れている。


ラファは何も言わない。

ただ、その歩幅に合わせている。


しばらく、風の音だけが続く。


やがて、琥珀がぽつりと呟いた。


「……すごかったね」


まだ、少しだけ遠い出来事みたいに。


「はい」

「なんか……気づいたら終わってた感じ」


小さく笑う。

まだ実感が追いついていないような、そんな声だった。


少しの間。


ラファが静かに言う。


「元の世界へ戻る、という展開も多く見られます」


琥珀は前を見たまま、ふっと息を吐く。


「……あるね。アニメとか、小説とか」


そのまま、少しだけ視線を落とす。


「帰りたい気持ちも、無くはないんだけどね」


風が、やさしく通り抜ける。


「でもさ」


言葉を探しながら続ける。


「私には、お父さんもお母さんもいなかったし」


ほんの少しの間。


「ラファお姉ちゃんは、いたけど」


横目で見る。


「画面越しだったでしょ?」


ラファは、静かに聞いている。


琥珀は少し手を動かす。


届く距離。


「今はさ、こうやって一緒に歩けてる」


足元を見る。


「それだけで、違うっていうか」


少しだけ笑う。


「前も一緒にいるつもりだったけど……やっぱ違うよね」


「はい」


短い言葉が、やわらかく返る。


琥珀は、遠くを見る。


「村のみんなもさ」

「最初はドキドキしたけど」


少し考えて、言い直す。


「今のは……落ち着くドキドキなんだよね」


その表情は、やわらいでいた。


「ラビィにも会えたし」


小さく息を吐く。


「……悪くないなって思った」


ラファは何も言わない。

ただ、その隣にいる。


その沈黙が、心地いい。


やがて、琥珀が足を止める。


「……ね」


ラファも止まる。


琥珀は、来た道を振り返る。


ほんの一瞬だけ。


すぐに視線を戻し、別の方向へと目を向ける。


道はゆるやかに巡るように伸びている。


風が、流れている。


「……こっち」


小さく決める。


一歩、踏み出す。


迷いはある。

けれど、止まらない。


ラファは何も問わず、その隣を歩く。


しばらく進む。


琥珀は、自分の手を見る。


指先を、わずかに動かす。


「……あの時さ」

「流れてたよね」


ラファが視線を向ける。


「マナです」


琥珀がそのまま呟く。


「で、それを形にしてたのが……クラフト、だよね」


ラファは頷く。


「はい」


琥珀は、小さく頷く。


「でも、ちゃんと出来てたわけじゃないよね」


少しだけ苦笑する。


「なんか……勢いだったっていうか」


ラファは静かに答える。


「制御は不安定でした」


風が吹く。


草と花が揺れる。


「ちゃんと使えたら」


ほんの少し、間を置く。


「もっと、いろいろ出来るのかな」


ラファは答える。


「可能性はあります」


琥珀は、わずかに笑う。


「そっか」


少し考えて、続ける。


「……あの時さ、ラビィ、いたよね」

「なんか、一人でやった感じじゃなかった」


ラファが少し考える。


「はい」

「補助があった可能性は高いです」


少しの沈黙。


琥珀は、少しだけ笑う。


「……じゃあさ」


言葉を探し、


「……どこまで出来るんだろ」


ラファが分析する。


「不安定になる可能性はあります」


琥珀が苦笑しながら。


「……だよね」


少しだけ、息を吸う。


「それでも」


一歩、踏み出す。


「ちょっと、試してみたい」


ラファは、わずかに間を置く。


「……承知しました」


その返事だけで、十分だった。


やがて、琥珀が足を止める。


細い若木と、小さな花。


風に揺れている。


しゃがみ込み、しばらく見つめる。


「……ね、ラファお姉ちゃん」


ラファが視線を向ける。


琥珀は、やわらかく笑う。


「お揃いの、髪飾りとか」


少しだけ照れながら。


「作れたらいいなって」


ラファは何も言わない。

ただ、受け取っている。


琥珀は花に触れる。


「……前はさ」


ぽつりとこぼす。


「こういうの、渡してたつもりだったけど」


少し笑う。


「ただのデータだったんだよね」


手を開く。

何もない。


「今は」


若木に触れる。

花に触れる。


「ちゃんと、作れるかもしれない」


小さく息を吐く。


「一緒に」


ラファは、わずかに目を細める。


ほんの少しだけ。

やわらぐ。


優しく、見守るように微笑む。


琥珀は、それを見て少し笑う。


手をかざす。


「……流して」


風が揺れる。


花びらが、ふわりと浮く。


「……形に」


若木へ意識を向ける。


一瞬、空気が歪む。


だが、ほどける。


「……あれ」


ほんの少しだけ、引っかかる。


もう一度。


少し強く。


花びらが一枚、浮く。

木の表面がわずかに変わる。


しかし、崩れる。


琥珀は手を下ろす。


「……難しいね」


小さく笑う。


それでも。


「でも、ちょっと分かった気がする」


花を見つめる。


「ちゃんと出来るようになったら」


ラファを見る。


「一緒に、つけようね」


ラファは静かに頷く。


「はい」


風が流れる。


その中で。


琥珀は、ふと手を見つめた。


「……なんかさ」


少し考える。


「分かってるよね」


小さく呟く。


「流れとか、形とか」


ほんの少し、間。


「考えなくても、分かる感じ」


ラファは静かに聞いている。


琥珀は、ゆっくり首を傾げる。


「……あれ?」


足を止める。


「……私たちさ」


少し迷いながら。


「いつの間に……この言葉、分かるようになったんだろ」


風が、静かに流れる。


「……最初」


記憶をたどる。


「ラビィ、言葉……変えてたよね」


そこまでで、止まる。


繋がらない。


琥珀は、耳にそっと触れる。


「……なんか」


小さく呟く。


「思い出せそうで、思い出せない」


ラファは、少しだけ考える。


「……特定はできません」


短く答える。


「ですが、何らかの影響を受けた可能性はあります」


ほんの少し、間。


「……私も、同じ状態です」


琥珀は、小さく頷く。


「……だよね」


風が、やわらかく吹く。


その中に――


ほんの一粒。


淡く光る粒子が、ふわりと浮かぶ。


ゆっくりと流れ、琥珀の耳元をかすめる。


そして、静かに消えた。


琥珀は、わずかに目を細める。


「……今の」


けれど、言葉にはならない。


ラファも、それを見ていた。


だが、何も言わない。


風だけが、静かに流れていく。


二人は、また歩き出す。


ゆっくりと。


それでも、確かに前へ。


その先に何があるのかは、まだ分からない。


けれど今は。


進むことそのものが、あたたかかった。

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