第16話
街道の奥から現れたそれは、
まっすぐに――こちらへ突っ込んできた。
⸻
「どけ!どけーーー!!」
「危ねーーぞ!!」
キキィィィィィィィ――ッ!!
耳を裂くような音。
けれど、その動きはどこか噛み合っていない。
「……っ!」
琥珀が、とっさに一歩下がる。
それは、
二人のすぐ前をかすめるように通り抜け――
ガガガッ!!
街道を外れ、土を巻き上げながら、
横に大きく滑り、止まった。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
ひとりの若者が、
後ろの座席にしがみついたまま、叫ぶ。
二足で立つ、しっかりとした体格。
――馬族。
「ちょ、ちょっと!!落ちる!!」
その前。
操作席のような場所に座る、
小柄なドワーフのおじいさんが振り返る。
「問題ない、問題ない」
「ありますよね!?」
「緊急停止は成功しとる」
「ストッパー装置、全然効いてないですけど!?」
「調整中じゃ」
琥珀は、ぽかんとそれを見ていた。
「……車、みたい……?」
けれど。
違う。
形は似ているのに、
どこか、歪だ。
「おお?」
おじいさんが、琥珀たちに気づく。
「すまんの、前におったから少し外した」
「少しじゃないですって!!」
馬族の若者が、ようやく手を離し、
地面に降りる。
「ほんとすみません……!」
「ワシはちゃんと止めたぞい」
「いや止まってないです!!」
そのやり取りをよそに。
琥珀は、すでに近づいていた。
「これ……!」
しゃがみ込む。
目が、きらきらと輝いている。
「すごい……」
手を伸ばしかけて、止まる。
「これ、どうなってるの?」
「ん?」
おじいさんが、少し目を細める。
「ほう、分かるか」
「分かんない!でも気になる!」
食い気味だった。
「これ、動いてたよね?どうやって?何で?」
止まらない。
「これ、作ったの?どうやって?」
「……ほっほ」
おじいさんが、楽しそうに笑う。
「ええぞ、ええぞ」
「そういう目、嫌いじゃない」
ラファは、少し離れた位置でそれを見ていた。
琥珀の様子を、静かに。
わずかに、表情がやわらぐ。
視線が、その構造へと向く。
中心部。
回転していたであろう機構。
燃焼か、圧力か。
それとも、別の原理か。
既知のどれとも一致しない。
けれど、
機能としては成立している。
――未定義の動力。
ラファは、何も言わない。
ただ、見ていた。
「お前さんら、どこ行くつもりじゃ」
おじいさんが、ふと聞く。
「えっと……あの山のほうに」
琥珀が指さす。
「山?あーあそこか」
若者が、少しだけ苦笑する。
「まあ、行けんことはないですけど……」
「ちょうどワシらも戻るところじゃ」
おじいさんが、横の車体を軽く叩く。
「ちょっと待ってください!!」
若者が、慌てて割り込む。
「僕の商売道具を勝手にいじって……!」
「いいじゃろ、少しくらい」
「よくないです!!」
「ちゃんと元に戻すから」
「戻してください絶対!!」
琥珀の目が、さらに輝く。
「乗れるの!?」
「乗れますよ……普通のやつなら」
若者が、少し疲れたように笑う。
「安全なやつで」
「やった!」
ラファは、その様子を見ながら、
ほんのわずかに視線を下げた。
――楽しそうだ。
その認識は、
どこか、少しだけ。
遅れて届いた。
⸻
馬力車は、街道を外れずに進んでいく。
最初は、ただの道だった。
けれど。
進むにつれて――
草の色が、少しずつ薄くなる。
緑はまばらになり、
やがて、土が露出しはじめる。
乾いた地面。
風が吹くたび、細かな砂が舞い上がる。
「……あれ?」
琥珀が、ふと周囲を見渡す。
「さっきまで、もっと緑あったよね」
「……はい」
ラファの視線が、地面をなぞる。
植物の密度。
水分量。
地表の状態。
――明らかに、減少している。
けれど。
前方に見える“それ”だけは、
変わらずそこにあった。
山のように見えていたもの。
それは――
街だった。
壁。
建物。
煙突。
そして。
巨大な歯車が、
いくつも外へ露出している。
ゆっくりと。
けれど確かに、
街そのものが動いていた。
「すごい……!」
琥珀の目が、さらに輝く。
「なにこれ……!」
馬力車は、そのまま街へと入っていく。
⸻
中央へ近づくにつれて、
人の気配が増えていく。
様々な種族。
行き交う声。
動く機構。
煙の匂いと、
どこか懐かしい食べ物の香り。
やがて。
広く開けた場所へと出た。
そこは、
憩いの場のような空間だった。
屋台。
出店。
人の流れ。
にぎやかな空気。
「わぁ……!」
琥珀が、思わず声を上げる。
馬力車から身を乗り出し、
きょろきょろと辺りを見回す。
耳がぴくぴくと動き、
しっぽがゆらゆらと揺れていた。
「あれ何?」「あっちも動いてる!」
視線は、
建物から歯車へ。
歯車から煙突へ。
まるで、
初めて見る世界を吸い込むように。
やがて、馬力車が止まる。
「ここらで降りるとええ」
おじいさんが言う。
琥珀は、ぴょんと飛び降りた。
そのまま――
屋台の方へ視線を向ける。
「……いい匂い」
くぅ……
小さく、お腹が鳴った。
「はっ……」
少しだけ顔をそらす。
おじいさんが、ほっほと笑う。
「一つくらいなら、買うてやる」
「ほんと!?」
ぱっと顔を上げる。
すぐに、指をさした。
「あれ!あの串焼き!」
少しして。
琥珀は、大きな串焼きを手にしていた。
「いただきます!」
ぱくり。
「……おいしい!」
目が、さらに輝く。
頬を緩ませながら、
夢中で食べる。
「ええ食いっぷりじゃの」
おじいさんが、楽しそうに笑う。
「さて」
おじいさんが、軽く背を向ける。
「この後どうするんじゃ?」
「街、見て回るのかの」
「うん!」
即答だった。
「さっきも言ったが、わしの工房はこの裏じゃ」
「興味があれば、いつでも来るとええ」
「宿なら、あっちの方にあるはずじゃ」
「ここは交易も多いからの、旅人もよう来る」
「……また巻き込まれたくなかったら、気をつけてくださいね」
若者が、小さく呟く。
「なんじゃと」
「なんでもないです」
琥珀は、笑った。
「ありがとう!」
⸻
二人は、街の中を歩き出す。
串焼きを食べながら。
ゆっくりと。
「……ねえ、ラファお姉ちゃん」
「はい」
「さっきさ」
「おじいさん、お金払ってたよね?」
「はい」
「ということは」
ラファの視線が、周囲へ向く。
「この街には、対価の概念が存在します」
「……やっぱり」
屋台。
店。
そこに並ぶ、
見慣れない文字。
数字のようなもの。
「……読めないけどね」
「はい」
言葉は通じる。
けれど、
文字はまだ理解できない。
やがて。
一軒の宿の前にたどり着いた。
石造りの、
やわらかな雰囲気の建物。
外を掃除していた女性が、
顔を上げる。
犬族だった。
「いらっしゃい」
「……あら」
少しだけ目を丸くする。
「珍しい組み合わせだねぇ」
「可愛い女の子二人旅かい?」
「ここは初めてかい?」
「うん」
琥珀が頷く。
「宿を探してるのかい?」
「ここは――風月の鐘亭だよ」
二人は中へ入る。
「一泊、いくらですか?」
ラファが、静かに尋ねる。
「一日、銅貨三十だよ」
「……」
ラファの動きが、わずかに止まる。
価値が、分からない。
女将が、じっと二人を見る。
「……あんたたち」
「お金、ないのかい?」
ほんのわずかな沈黙。
女将が、ふっと笑った。
「まあ、いいさ」
「客と同じにはできないけどね」
「住み込みで働くなら、安くしてやるよ」
豪快に笑う。
「ここは客が多くてね!」
「二人がいりゃ、もっと増えそうだ!」
「……働く?」
琥珀が、きょとんとする。
思いがけない形で。
この街に、
居場所ができた。
けれど。
まだ、知らない。
この街で起きている、
不可思議なことを。
街は、生きている。
人も、機構も、
すべてが動いている。
けれど。
その中心にある風車だけは、
どこか、
無理をして回っているように見えた。




