第14話
朝。
やわらかな光が、静かに差し込む。
琥珀とラファは、旅の準備をしていた。
ここ数日。
短い時間だったはずなのに――
胸の奥に残るものは、思ったよりも大きい。
「これ……どうかな」
琥珀は、小さく呟きながら手元を見る。
マナを使って、クラフトしたもの。
綺麗な石と、小さな花。
そして、木材を組み合わせて作られた――
小さな王冠。
まるで、プリンセスのような。
「サイズ調整機構を確認しました。成長後は腕部装飾として使用可能です」
ラファの言葉に、琥珀は少しだけ笑う。
「うん、これなら……ずっと使えるよね」
⸻
「リノー!」
呼ぶと、ぱたぱたと足音が近づいてくる。
「なにー?」
顔を出したリノに、琥珀はそっと差し出した。
「これ……お礼」
「え……?」
リノは、きょとんとした顔で受け取る。
そして。
「……わあ……!」
ぱっと、表情が明るくなる。
「すごい……!かわいい……!」
嬉しそうに、何度も見つめる。
その様子を見て、琥珀の胸が少しだけ熱くなる。
「大きくなったらね、腕にもつけられるんだよ」
「ほんと!?」
「うん」
リノは、ぎゅっとそれを抱きしめた。
⸻
別れの時は、やってくる。
短い時間だったはずなのに。
言葉にならない気持ちが、胸の奥に広がる。
「……」
琥珀は、ぎゅっと唇を結ぶ。
目元が、少し熱い。
けれど――
こらえる。
その隣で。
「やだぁ……っ」
リノは、ぽろぽろと涙をこぼしながら泣いていた。
「もっと……いっしょに……」
その声に、琥珀の胸が、さらに締めつけられる。
⸻
ラファは、その様子を静かに見ていた。
人の感情は、まだ完全には理解できない。
けれど。
胸の奥に、わずかに。
小さく、熱を帯びた何かがある。
(……これは)
言葉には、ならない。
⸻
「ほら」
グランが、少し大きめのリュックを差し出す。
「お古だが、使えるだろ」
「いいの?」
「ああ」
琥珀は、少しだけ目を細める。
「……ありがとう」
さらに。
「こっちも持ってけ」
渡されたのは、テント。
二人で寝るには、少し広い。
「これで、多少は楽になる」
グランは、軽く笑う。
⸻
「この先な」
グランは、道の先を指差す。
「少し整備された道が出てくる」
「ほんと?」
「ああ。ただ――」
少しだけ間を置いて。
「右か左かは、その時に決めろ」
そう言って、笑う。
けれど。
その目の奥には、少しだけ揺れるものがあった。
⸻
「はい、これ」
ノーラが、そっと包みを渡す。
「お弁当」
「わあ……!」
「それとね」
ノーラは、やさしく微笑む。
「旅の安全の、おまじない」
琥珀とラファは、はっとする。
「……二人のこれからに、幸あらんことを」
その言葉に。
また、胸が熱くなる。
⸻
最後に。
リノと、抱き合う。
ぎゅっと。
強く。
「……またね」
「……ちゃんと、モドって来てね」
その言葉に。
琥珀は、はっとする。
一瞬。
リノの笑顔が、やわらかく――
けれど、どこかで。
ほんのわずかに、止まったように見えた。
「……」
胸の奥に、触れるものがある。
あの時と、同じ。
けれど。
怖さは、なかった。
ただ、静かに届く。
「……うん」
小さく、でもしっかりと頷く。
⸻
「じゃあ――行くね!」
琥珀は、大きく手を振る。
「また、戻ってくるから!」
「ここも……ひとつ、増えたね」
ラファの言葉に、琥珀は頷く。
「うん」
そして、笑う。
「ラファお姉ちゃんと一緒なら」
「この先も、なんでも乗り越えられるよ」
⸻
一歩、踏み出す。
風が、少しだけ変わる。
新しい道。
まだ見えない先へ。
二人は、歩き出した。
⸻
街道に出て、しばらく進む。
足元は、しっかりと整えられていた。
「……ちゃんとしてるね」
「利用を前提とした構造です」
ラファが答える。
その時。
道は、まっすぐではなかった。
左右に分かれている。
どちらも、同じように整備されていた。
「……あ」
琥珀は、立ち止まる。
右を見る。
遠くに、山が見えた。
はっきりとした輪郭。
見慣れた、安心できる景色。
「……あっちは、普通だね」
⸻
左を見る。
少し開けた先。
その奥に――
何かが見えた。
山のように見える。
けれど。
山ではない、何か。
形が、定まらない。
視線を向けるたび。
わずかに、印象が揺れる。
「……」
⸻
「ラファお姉ちゃん」
「はい」
「……あれ、何に見える?」
「……地形判別が安定しません」
「え?」
「視覚情報の解釈に揺らぎがあります」
「……ふーん」
風が、わずかに揺れる。
右。
左。
どちらも同じはずなのに。
「……こっちかな」
「なんか、こっちがいい」
「……了解しました」
⸻
二人は、左の道へと進む。
⸻
しばらく歩くと。
街道の脇に、小さな休憩所が現れる。
木で組まれた、簡素な造り。
けれど。
人の手が入っていると分かる。
「ラファお姉ちゃん、そろそろお昼?」
「現在時刻は、昼をわずかに経過しています」
ぐぅ……
小さく、お腹が鳴る。
「……あ」
「ノーラさんのご飯、食べよ♪」
「ラファお姉ちゃんも、一緒に食べれるようになって嬉しい」
耳がぴくりと動き。
しっぽが、やわらかく揺れる。
⸻
「……あれ?」
琥珀が顔を上げる。
街道の脇に。
今まで見たことのないものがあった。
柱の先に、何かが取り付けられている。
「……光?」
「火を用いた照明機構と推測されます」
「昼は消えてるんだね」
「はい」
「夜、どうなるんだろうね」
「観測が必要です」
「気になるね!」
⸻
その時。
ぱち、と。
小さな音がした。
「……え?」
街灯。
ほんの一瞬だけ。
光った気がした。
「ラファお姉ちゃん、今――」
「……」
返答が、ない。
「ラファ?」
「……観測……できません」
わずかに、言葉が詰まる。
⸻
「……ラファ?!」
琥珀は、少し不安そうに呼ぶ。
返事がない。
その“間”が、いつもより長く感じた。
「ラファ……お姉ちゃん?」
「……はい」
少し遅れて、返ってくる。
「大丈夫?」
「どうしましたか?」
「……さっき、止まってたよ?」
「どうしましたか?」
同じ言葉が、繰り返される。
「……え?」
「ラファお姉ちゃん?」
「……」
一瞬の沈黙。
「……失礼しました」
「処理遅延が発生していました」
「……そっか」
「無理しないでね」
「……了解しました」
⸻
その先。
左の道の奥。
あの“山のようなもの”は、まだ見えている。
歩いている。
確かに進んでいる。
それなのに。
距離が、変わらない。
輪郭も、はっきりしない。
まるで。
景色だけが、そこに留まり続けているように。
⸻
ラファは、歩きながら。
自分の内部を、静かに確認していた。
処理遅延。
原因不明。
再現性なし。
――問題なし、と判断する。
それが、本来の結論。
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それでも。
何かが、残っていた。
消えない。
わずかな“ズレ”。
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「……」
視線を、琥珀に向ける。
変わらない。
いつも通り。
前を向いて、歩いている。
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(……問題はありません)
そう結論づける。
けれど。
その判断の奥で。
別の何かが、わずかに揺れる。
⸻
(……それでも)
言葉にならない。
定義できない。
ただ。
一つだけ、はっきりしている。
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(……失いたくない)
その感覚が、はっきりと形を持つ。
視線の先。
手を伸ばせば、すぐそこにいる。
それでも。
今は――
伸ばせない。
理由は、分からない。
けれど。
わずかに。
怖い、と感じていた。
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「……」
処理は、続いている。
けれど。
完全には、整っていない。
⸻
ふと。
光が、揺れた。
「……?」
琥珀が顔を上げる。
空は、ゆっくりと色を変えていた。
昼の明るさが、やわらかく沈んでいく。
日が、傾いている。
⸻
その時。
街道に並ぶ街灯に。
ぽつり、と。
小さな光が灯る。
ひとつ。
また、ひとつ。
⸻
「……わぁ」
「ほんとに、光った……」
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けれど。
その光は、どこか不安定で。
わずかに、揺れているようにも見えた。
⸻
二人は、歩き続ける。




