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第13話

風が、わずかに揺れた。


――その中に。


“何か”が、混ざる。


「……」


琥珀の耳が、ぴくりと動く。


さっきと同じ。


けれど、違う。


聞こえているのに。


言葉として、はっきりしない。


それでも――


意味だけが、届く。


「……あっち」


小さく、呟く。


ラファが視線を向ける。


「音源を確認できません」


「でも……」


琥珀は、ゆっくりと歩き出す。


導かれるように。


足を進めるたび、


その“感覚”は少しずつ強くなる。


けれど。


まだ、掴めない。


「……誰か、いる?」


問いかける。


返事は――ない。


ただ。


気配だけが、近づく。


「……っ」


その瞬間。


ふわりと。


頭に、重みが乗った。


「……あれ?」


少し遅れて。


温かさが、伝わる。


確かに――触れている。


「おう、大丈夫か?」


声。


今度は、はっきりと届いた。


顔を上げる。


そこにいたのは――


大きな体の、炭鉱夫だった。


角のある、牛族。


「……え?」


見覚えがある。


さっきまで、外にいた。


あの、炭鉱夫たち。


けれど。


今は、違う。


「……見えてる?」


琥珀が、思わず呟く。


「ん?」


炭鉱夫は、首を傾げる。


「そりゃ見えてるに決まってるだろ」


その言葉と同時に、


もう一度、頭をわしゃっと撫でられる。


「……っ」


今度は、はっきりと分かる。


温かい。


確かに、そこにいる。


「……よかった」


小さく、息がこぼれる。


ラファが一歩近づく。


「相互認識を確認しました」


「先程の現象とは、異なります」


「お前さんたち……」


炭鉱夫が、じっと二人を見る。


「ずいぶん泥だらけじゃねぇか」


少し眉を下げる。


「せっかくの可愛い姿が、もったいねぇなぁ」


困ったように笑う。


「……あ」


琥珀が、自分の服を見る。


確かに、土で汚れている。


「ほら」


炭鉱夫は、荷物の中を探る。


「これ、着てこい」


差し出されたのは、


しっかりとした作業着だった。


「娘と女房が来たときに使うやつだ」


「滅多に来ねぇけどな」


少し照れたように笑う。


「……いいの?」


「おうよ」


軽く頷く。


「そのままじゃ、冷えるだろ」


その言葉に、


琥珀は少しだけ目を細める。


「……ありがとう」


「礼はいらねぇよ」


炭鉱夫は、肩をすくめた。


「それより、着替えてこい」


しばらくして。


琥珀とラファは、風車の中から戻ってきた。


作業着は少し大きくて、


けれど――


どこか、しっくりと馴染んでいる。


「おう」


炭鉱夫が振り向く。


「似合ってるじゃねぇか」


その顔が、少しだけ緩む。


「……ほんと?」


琥珀が、袖を見ながら小さく笑う。


裾は少し長い。


けれど、動きやすい。


「うん、いい感じ」


くるりと一歩、回る。


その様子を見て、


炭鉱夫は、ふっと息を吐いた。


「娘が着たら、こんな感じかもなぁ」


ぽつりと、こぼす。


「……」


琥珀は一瞬だけ、動きを止める。


けれど。


すぐに、いつもの表情に戻る。


「……そっか」


小さく、笑った。


ラファはその様子を見ている。


記録はする。


だが、何も言わない。


「ほら」


炭鉱夫が、袋を差し出す。


「腹減ってるだろ」


中には、


サンドウィッチが入っていた。


「遠慮すんな」


「いただきます!」


琥珀は、すぐに手を伸ばす。


大きく口を開けて、


そのまま――かぶりついた。


「……おいしい」


自然と、声が漏れる。


頬が、少しだけ緩む。


「ははっ」


炭鉱夫が、思わず笑った。


「いい食いっぷりだな」


「そりゃ元気でいい」


ラファはその様子を横目に見ながら、


静かにサンドウィッチを持つ。


炭鉱夫は、ふと視線を風車の方へ向けた。


「しかしまあ……」


「昼間は、本当に何も見えなかったんだがなぁ」


「お前さんたち、言ってただろ」


「あそこに何か見えないか、ってよ」


「はい」


「当時、そちらからの視認反応は確認できませんでした」


「だよなぁ」


「こっちには、山肌しか見えなかった」


少しだけ間を置く。


「けどよ」


「風が変わったんだ」


「荒れてた風が、急に静かになってな」


「それに、夜になってもお前さんたちが戻らねぇ」


「そりゃ、気にもなるさ」


「で、仲間と来てみたら――」


「今度は、見えた」


ラファはわずかに目を伏せる。


「認識条件が変化した可能性があります」


「条件、ねぇ」


炭鉱夫は苦笑する。


横を見る。


「……ん!」


琥珀は、また一口。


「……っ、ふ」


炭鉱夫が笑う。


「話、ちゃんと聞いてるか?」


「聞いてるよ」


もぐもぐしながら返す。


「……おいしい」


「……そうかそうか」


「たくさん食え」


「うん」


その言葉と同時に、


琥珀がぱっと顔を上げる。


「ありがとう、おじちゃん!」


「――おっ」


「おじちゃん!?」


「俺にはグランって名前があるんだ!」


「おじちゃんだけはやめてくれ〜……」


「……あ」


くすっと笑う。


「グランさん」


「おう、それでいい」


「たくさん食え」


「うん」


風は、静かだった。


けれど。


――ふわり、と。


わずかに揺れる。


「……?」


手が止まる。


音が戻る。


ギィ……


遠くで、擦れるような音。


琥珀の視線が、風車へ向く。


「……ラファ」


「異常を検知しましたか?」


「……うん」


その時。


炭鉱夫の一人の動きが、


ほんの一瞬だけ止まる。


遅れて、声。


音と動きがズレる。


「……っ」


戻ってきている。


あの現象が。


「……ラファ」


琥珀が、ゆっくりと立ち上がる。


「確認しました」


「現象の再発を確認」


その横で。


グランが、こちらを見る。


「……なんだ?」


一歩、近づこうとする。


――一瞬。


足が、止まる。


ほんのわずかに。


遅れて、動く。


「……今の……」


自分の動きに、


わずかな違和感を覚えたように、


眉をひそめる。


けれど。


止まらない。


完全には、止まらない。


「……どうした?」


ラファが、わずかに視線を上げる。


「動作と音声の同期に、微細な遅延が発生しています」


「……大丈夫か?」


「……うん」


「ちょっと、見てくる」


「風車の中」


グランは少しだけ風車を見る。


それから、


琥珀の方へ視線を戻す。


「……無理すんなよ」


「……うん」


ラファが隣に並ぶ。


二人は、風車へ向かう。


足音は、軽い。


けれど。


空気だけが、重い。


風車の中へ入る。


奥へ進むほど、空気の歪みが強くなる。


「……あれ」


壁画。


さっき見たものと違う。


羽は四枚。


その下に、落ちるように描かれた四枚。


「……違う」


「構造が一致していません」


「……前のほうが、近かった気がする」


「……行こう」


二階へ。


コアが、部屋の隅に転がっている。


「……重い」


琥珀が押す。


ごろり。


少し動く。


「……いけるかも」


もう一度押す。


止まる。


ラファが手を添える。


「……難しいですね」


二人で押す。


ごろり。


ほんの少しだけ進む。


それ以上は動かない。


「どれ、貸してみな」


グランが近づく。


手をかける。


ごろ、ごろ、と進む。


台座の手前まで来る。


持ち上げようとする。


「……っ」


動かない。


「……持ち上がらねぇな」


「……ありがと、グランさん」


三階へ。


音だけが響く。


ギィ……


ギィ……


扉を開ける。


歯車が広がっている。


止まっている。


けれど、鳴っている。


「……ここだ」


ズレている。


噛み合っていない。


「……合えば」


「動く、かな」


「可能性はあります」


「ですが、現状では困難です」


「……じゃあ」


視線が、床へ落ちる。


石。


破片。


歯車の欠けた部分。


「……作るしかないよね」


その場にしゃがみ込む。


三階の空間。


狭く、歯車に囲まれている。


天窓から、月明かりが落ちている。


「……ここで、できる」


二人は向かい合う。


両手を繋ぐ。


石を、間に置く。


風が、わずかに揺れる。


月の光が落ちる。


形が、少しずつ変わる。


その時。


ふわり、と。


淡い粒子が滲む。


すぐに消える。


残るのは、歪な歯車。


そのまま、目の前の軸へと合わせる。


角度を変える。


ずれる。


やり直す。


何度も繰り返す。


やがて、ぴたりと合う瞬間。


カチ……


ギ……


わずかに動く。


ぎこちなく、回る。


揺れながら。


「……回った」


ほんの少しだけ。


「……難しいですね」


完全ではない。


けれど、止まっていたものが動いた。


三階の奥。


歯車の並ぶ先に、小さな出口があった。


そのまま外へと続いている。


琥珀が近づく。


一歩、踏み出す。


外。


そこは、羽の付け根だった。


夜。


月明かり。


静かに光が落ちている。


風は弱い。


けれど、止まってはいない。


羽を見る。


風を、うまく掴めていない。


「……変」


「うまく、受けてない」


「補強が必要です」


「……うん」


グランたちを見る。


「手、貸して」


理由は分からない。


けれど、誰も断らない。


石が運ばれる。


木が運ばれる。


破片が集まる。


手渡しで、繋がれていく。


琥珀とラファは再び向かい合う。


両手を繋ぐ。


材料を間に置く。


月明かりの中。


ふわり、と粒子が滲む。


形が生まれる。


歪な羽。


それを取り付ける。


また作る。


また取り付ける。


何度も繰り返す。


やがて。


羽は、八枚になる。


けれど。


大きさも、形も、角度も揃っていない。


歪なまま。


それでも。


風を、受ける。


回転が、少しだけ安定する。


琥珀は見上げる。


四枚。


そして、四枚。


壁画の記憶。


今は、ひとつ。


「……近い、気がする」


――その時。


ふと、引っかかる。


「……」


視線が、外れる。


下。


二階。


「……ラファ」


「……確認対象ですか」


「……うん」


言葉は少ない。


けれど、足はもう動いている。


二階へ戻る。


コア。


台座の手前。


さっきと同じ場所。


けれど。


「……」


わずかに。


光っている。


弱く。


揺れるように。


消えそうなまま。


それでも。


「……さっきと、違う」


琥珀が、そっと手を伸ばす。


触れた瞬間。


ふわり、と。


空気が巻き上がる。


コアが、浮く。


揺れる。


迷うように。


それでも、少しずつ台座へ近づく。


コト……


収まる。


光は、弱いまま。


広がらない。


ふわり、と。


空気が、わずかに震える。


コアの周囲に、


かすかな光が滲む。


――文字。


浮かび上がる。


けれど。


揺れている。


ぼやけて、


形を保てない。


読めない。


意味だけが、


残る。


「……」


琥珀の目が、わずかに細くなる。


「……解析不能」


ラファが、小さく呟く。


光は、不安定なまま、


すぐに消える。


「……」


静かだ。


何も起きていないように見える。


それでも。


「……少し、違う」


「……完全ではありません」


空気はまだ歪んでいる。


外へ出る。


月が傾いている。


風車は回る。


不安定なまま。


それでも、止まってはいない。


「……」


届いていない。


けれど。


届きかけている。

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