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第11話

「よし!」


「行こう!」


そのまま、歩き出す。


しばらく、歩く。


足音だけが、静かに響く。


——ふと。


琥珀は、振り返った。


まだ、そんなに離れていないはずなのに。


そこには——何もなかった。


音も、気配も、残っていない。


——最初から、いなかったかのように。


琥珀の耳が、わずかに動く。


「……静かすぎる」


ラファは周囲を見渡すが、何も言わない。


琥珀は顔を上げる。


——その瞬間、風が強く吹き抜けた。


谷から吹き上がる風は荒い。


崖にぶつかり、砕け、渦を巻く。


それは自然の流れのはずなのに——ひとつだけ。


その風は、同じ場所へと集まっていた。


まるで、そこへ導くように。


琥珀は目を細める。


見つけたのは自分のはずなのに、先に見られていた気がした。


岩の奥。崖沿いに——そこに、何かがある。


一歩、踏み出す。


その瞬間、風がぶつかった。


前へ進もうとした足が止まる。


押し返される。


まるで——これ以上、近づくなと。


「……強い」


ラファは周囲へ視線を向ける。


崖、岩肌——そして。


「……確認します」


わずかな間。


「風は、直線ではありません」


視線が山の側面へと移る。


その時。


琥珀の耳が、ぴくりと動いた。


「……あそこ」


指差す。


岩の隙間。


よく見なければ気づかないほどの——小さな坑道の入口があった。


ラファはわずかに頷く。


「流れを避ける経路と推測します」


二人は暗がりへ足を踏み入れた。


坑道の中は暗い。光はほとんど届かない。


「……暗い」


目を細める。


——けれど。


少しずつ輪郭が見えてくる。


完全ではない。それでも——


「……見える」


耳がぴくりと動く。


音を拾い、風の流れを感じる。


鼻を、すん、と鳴らす。


空気の匂いが変わる。


「……こっち」


迷いなく進む。


足元は濡れている。岩肌から水が滴っていた。


一歩踏み出す。


——つるり、と。


「わっ……!」


一度は踏みとどまる。


——が。


つるり、と。


「わっ……!」


そのまま尻もちをついた。


水が跳ねる。ぱしゃっ、と音が響く。


ラファもわずかに体勢を崩し、水をかぶった。


しばらくの沈黙。


「……なんか、びしょびしょだね」


琥珀が小さく笑う。


ラファは袖を見る。


「……同様です」


ほんの少し、空気が緩む。


——その時。


ふわり、と。


淡い光が、ふたりの間を通り過ぎた。


いつもより——少しだけ弱々しく。


触れれば消えてしまいそうなほどに。


「……あ」


琥珀は視線で追う。


光は、坑道の奥へと進み——すっと、消えた。


——音が、遅れて響く。


空気が戻る。


さっきまでの緩さが、嘘のように。


「……こっち」


迷いなく歩き出す。


その時。


奥に、かすかな光が見えた。


暗闇の中に、ぽつりと浮かぶ淡い光。


足元に気をつけながら近づく。


光は逃げない。ただ、そこにある。


そして——踏み出した。


次の瞬間、視界が開けた。


坑道の出口と風車の間。


風は吹いている——なのに、荒々しさはない。


外では風が山肌を叩きつけている。


けれど、この場所だけが不自然なほど静かだった。


空は赤く染まり始めている。


夕暮れの光が、どこか不気味に揺れていた。


琥珀の足が止まる。


「……なんか」


ラファも動かない。


——その時。


背中に、風が触れた。


そっと、押される。


前へ。


まるで——行け、と言われたかのように。


抜けた先に——風車があった。


見たことのない形。


山肌と坑道を利用したような構造。


足元には落ちた羽。


——なのに、風車にも羽はある。


ゴ……


ゴ……


ゴッ!


音が鳴る。


回っていないはずの羽から。


「……え?」


音だけが動いている。


位置は変わらない。


それでも——回っている。


ぎし、と軋む。


今にも壊れそうだった。


風が吹き荒れる。


——近づくなと、拒むように。


けれど、背中にはやわらかな風。


前へと押す。


風車を見上げる。


——窓が、ない。


小さなものすら、ひとつも。


内側を覗くことすら許されていないように。


琥珀は扉へ近づく。


押す。——動かない。


引く。——びくともしない。


「……だめ」


ふと、顔を上げる。


扉の上部に紋章。


見覚えがある。


——あの時、見たものと似ている。


けれど。


擦れていて、確かめられない。


ほんの少しだけ、違う気もした。


日が沈む。


世界の色が薄れていく。


やがて夜。


空には、二つの月。


月光が、扉を照らす。


まるで選ぶように。


ラファが呟く。


「……静かです」


琥珀が触れる。——何も起きない。


ラファが触れる。——変わらない。


二人の手が重なった。


——その瞬間。


光が強くなる。


紋章が浮かび上がる。


す、と。


扉が、わずかに動く。


……しかし、止まる。


ぎし、と重く軋む。


最後まで拒んでいるかのように。


それでも、手は離れない。


——次の瞬間。


すう、と。


扉が横へ滑り出した。


扉が、開く。


——その瞬間。


荒々しさが嘘のように消え、やわらかな風が、ふたりを包んだ。


扉の向こうから、静かな空気が流れ出る。


琥珀は、息を呑んだ。

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