第10話
目を開ける。
光が、強い。
——なのに。
空気は、ひんやりとしていた。
炭鉱の中のはずなのに、光だけが場違いに差し込んでいる。
「……?」
琥珀は、ゆっくりと体を起こした。
昨日より、軽い。
指先を動かす。
遅れはない。
「……大丈夫そう」
小さく息を吐く。
外に出る。
明るくなったことで、ようやく分かる。
ここは——鉱山だった。
岩肌に沿って道が伸び、あちこちで炭鉱夫たちが働いている。
牛族。虎族。猪族。
それぞれが、黙々と作業をしていた。
ツルハシの音が響く。
——わずかに。
遅れて、聞こえる。
「……」
琥珀の耳が、ぴくりと動いた。
もう一度、音を聞く。
……やっぱり、少しだけ遅れている。
けれど。
「……気のせい、かな」
首をかしげる。
「お、なんだお前」
炭鉱夫の一人が、笑う。
琥珀の耳が、反応する。
「猫族か。珍しいな」
しっぽが、ゆっくりと揺れた。
炭鉱夫は、その様子を少し眺める。
「……腹、減ってるだろ」
間を置いて、笑う。
「飯、まだだろ。来いよ」
そのまま、食堂へ案内される。
皿が運ばれてくる。
琥珀の耳が、ぴくぴくと動いた。
しっぽが、期待するように揺れる。
「いただきます!」
一口。
「……おいしい!」
迷いなく、次を口に運ぶ。
以前のような、ゆっくりとした動きはもうない。
どんどん食べる。
しっぽが、楽しそうに揺れていた。
「ははっ、いい食べっぷりだな!」
「ほら、これも食え」
皿がひとつ、増える。
——その瞬間。
ぴたり、と。
空気が、止まった。
「ほら、これも食え」
同じ声。
同じ動き。
まったく同じように、もう一度繰り返された。
琥珀は、しっぽを揺らした。
「うん!」
二口目。
ほんの少しだけ——
耳が、傾く。
「……?」
同じ味のはずなのに。
どこか、違う気がした。
けれど。
「……うん、おいしい!」
もう一口。
気にせず、食べ続ける。
周囲では、笑い声が響いている。
——同じタイミングで。
食べ終える。
「ふぅ……」
琥珀は、お腹をぽん、と叩いた。
まんまるに膨らんでいる。
しっぽが、満足そうに揺れていた。
「すげぇな」
「また来いよ」
「いつでも食わせてやる」
初対面にしては、距離が近い。
それでも——
優しかった。
ラファは、その様子を見ていた。
一瞬だけ、視線が止まる。
——何かを確認するように。
そして、何も言わない。
外に出る。
風は、弱い。
静かだ。
ふと。
視線が、山肌へ向く。
岩の合間。
不自然な直線。
「……あれ」
建物のように見える。
けれど——
どこか曖昧で、はっきりしない。
「このあたりに、あの建物……」
琥珀は指さす。
炭鉱夫は、そちらを見る。
「……どれだ?」
「え?」
「岩しかねぇだろ」
そう言って、笑う。
そして——
当たり前のように、琥珀の頭を撫でた。
「疲れてんだよ」
「少し休め」
声は、優しい。
手も、温かい。
けれど。
琥珀は、もう一度、山肌を見る。
確かに——そこにある。
一瞬、目を逸らす。
もう一度、見る。
——建物は、消えていた。
「……え?」
岩肌に、淡い光が揺れる。
月のような——
それでいて、違う何か。
光が、二つ。
ほんの一瞬だけ、揺れた。
ラファは、静かに山を見る。
「……認識はしています」
「炭鉱夫の方々には——見えていないようです」
わずかに、間を置く。
「……不思議ですね」
琥珀は、一歩、踏み出す。
「よし!」
振り返る。
「行こう!」
ラファは、静かに頷いた。
背後では、笑い声が続いている。
誰も、気づいていない。
——その先に、何があるのか。
まだ、誰も知らない。




