表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/22

第9話

朝。


光はやわらかいのに、どこか輪郭が曖昧だった。


やわらかな光が、静かに差し込む。


琥珀は、ゆっくりと目を開けた。


「……あさ」


体を起こす。


昨日のことを思い出そうとする。


風。


止まった時間。


見られている感覚。


「……」


確かにあった。


でも——


うまく、繋がらない。


輪郭が、ぼやけている。


まるで、誰かに触れられて、少しだけずらされたみたいに。


「体調はどうですか」


隣で、ラファが言う。


「……うん、大丈夫」


少しだけ間を置く。


「……でも、なんか……変」


言葉にならない。


ラファは、静かに頷く。


「異常の可能性は継続しています」


琥珀は、小さく息を吐く。


「……だよね」


それでも——


朝は、いつも通りにやってくる。



朝食。


湯気の立つ料理。


少女が笑う。


女将が声をかける。


「今日はどうする?」


「少しだけ、手伝います」


「無理はしないでおくれよ」


「うん」


穏やかな時間。


何も変わっていないように見える。


——そう見えるだけで。



昼前。


畑。


土の匂い。


琥珀は、ゆっくりと手を動かす。


指先に伝わる感触。


少し、冷たい。


「……こう?」


少女が頷く。


「うん、それで大丈夫!」


しばらく、静かな時間が流れる。


琥珀は、ふと顔を上げる。


「……」


風は弱い。


空も、まだ明るい。


それなのに——


耳が、わずかに揺れる。


しっぽが、落ち着かない。


「……なんか、変」


理由は分からない。


でも。


来る。


ぽつり、と。


雨が落ちる。


小さな雨。


静かに、降ってくる。


「すぐ止むよ」


少女が言う。


琥珀は、手をかざす。


雨は、確かに触れている。


頬に。


指先に。


そして、


服も、少しだけ湿っていく。


「……」


琥珀は、手を見つめる。


確かに、触れていた。


なのに——


肌には、何も残っていない。


濡れていない。


まるで、


最初から触れていなかったかのように。


服だけが、少し湿っている。


それだけが、現実だった。


「……」


足元を見る。


土は、乾いたまま。


雨は降っているのに、


濡れていない。


音が、遅れる。


ほんの一瞬。


雨が、止まる。


空気だけが残る。


そのあと。


じわり、と。


遅れて、土が湿る。


「……さっき、降ってたよね」


小さく呟く。


少女は、首をかしげる。


「うん、降ってたよ?」


にこっと笑う。


そのまま、


ほんの一瞬だけ動かない。


……遅れて、瞬きをする。


琥珀は、視線を逸らす。


「……」


分からない。


でも——


分かっている。



夕方前。


琥珀は、女将の方を見る。


「……ちょっと、出かけてくる」


女将は、少しだけ眉をひそめる。


「暗くなる前に戻りな」


「うん」


短く答える。


少女が、こちらを見る。


何も言わない。


ただ——


微笑んでいる。


その笑顔は、


ほんの少しだけ、遅れていた。


「……」


理由はない。


でも——


行かなきゃいけない気がした。


まるで、呼ばれているみたいに。



外へ出る。


琥珀は、走り出す。


考えていない。


体が、先に動く。


足音が、軽い。


迷いがない。


ただ、


引かれるように。


「待ってください」


ラファの声。


すぐ後ろに気配。


ほんの少しだけ、


地面から浮いている。


静かに、距離を詰める。


「……分かってるんだよね」


琥珀が呟く。


「はい」


それだけで、


崩れなかった。



山へ。


道は、長い。


気づけば、


空の色が変わっている。


夕焼けが、薄れていく。


「……もう、こんな時間?」


空を見上げる。


三日月が——二つ。


少し離れて、浮かんでいる。


その形は、どこか歪で。


見ていると、


ふと——


笑っているようにも見えた。


「……」


琥珀は、目を逸らす。


薄暗い光。


空気が、少し冷たい。



さらに進む。


土の感触が変わる。


湿っているはずなのに、


冷たい。


奥へ。


静けさが、深くなる。



山肌の影。


岩の隙間。


暗い入り口。


坑道。


「……ここで、少し休もうか」


日は、もう落ちかけている。


ラファが周囲を見て、


静かに言う。


「安全を確認しました」


二人は、中へ入る。


空気が、変わる。


音が、吸われる。


外よりも、静かだ。


「……」


琥珀は、足を止める。


奥。


暗いはずの先。


何かが——ある。


理由は分からない。


でも。


行かなきゃいけない気がした。


琥珀は、そっと手を伸ばす。


ラファの手を、握る。


「……一緒に、行こ」


ラファは、静かに頷く。


「はい」


手は、離れない。


二人は、そのまま——


奥へ進んでいく。



やがて。


坑道の奥。


崩れた天井。


そこから、


月の光が差し込んでいる。


まっすぐではない。


わずかに、ずれている光。


その下に——


小さな祠。


「……ここ」


琥珀が立ち止まる。


一歩、踏み入れる。


その瞬間。


空気が、変わる。


風が、弱まる。


音が、整う。


「……」


息が、ゆっくりになる。


力が、抜ける。


「……落ち着く」


理由は分からない。


でも——


ここは、大丈夫だと分かる。


ラファが周囲を見る。


「流動が安定しています」


静かな声。



祠の中。


月の光が、静かに広がる。


空気が、


わずかに白く見える。


よく見ると——


何かが、漂っている。


触れられない。


でも、確かにある。


琥珀は、静かに座る。


「……ここで、少し休もう」


「はい」


短い返答。


外とは違う。


でも、


完全に切り離されてはいない。


静かだ。


けれどその静けさは、


何かを押し留めているようにも感じた。



目を閉じる。


遠くで——


何かが、回っているような気配。


音はない。


けれど。


それは——


本当は、動いていない。


壊れているはずのそれが、


なぜか、そこに“ある”と分かる。


まるで、止まったまま回り続けているように。



それは、


まだ見えない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ