19 巨大な敵
「これは、卵だ……!」
誰かの言葉に、ぞっと背筋が冷える。
生命の誕生は神秘的で尊いはずなのに、覚えるのは悍ましさと恐怖だった。
それは生命としての本能だった。これが生まれた瞬間、自分達が無慈悲に屠られると本能が叫んだ。
だから生まれる前に、ここで倒さなければならない。
武器を構えた彼らに、触手が伸びる。人間達の殺意に、赤子を守る卵が気付いたのだ。
『おぎゃあああああああ!!』
触手の攻撃は無差別だった。
吊り下げられたままだった悪徳妖精も振り回され、地面に叩き付けられる。
のを、メンタルが触手を切り裂いて助けた。
『のぎゃああああ!』
悲鳴を上げて逃げていく姿を横目に、メンタルは鞭のようにしなやかに唸る触手を睨み付けた。
その触手をくぐり抜け、ラブシャワーのマサカリが卵へと迫る。
「お近付きクイック! メンタル様大好きアタック!!」
回転が加わったマサカリが、卵に突き立てられる。
今までの魔物だったら一刀両断されていた攻撃だが、かすり傷程度しかつけられない。
続けて更に攻撃。
「ラブラブになりたいバスター!」
微かに手応えがあり、痛みに悶えるように触手が周囲を乱れ討つ。
しかし、今までのような致命傷には至らない。
「硬い……! 下がれラブシャワー!」
腰を落としてマサカリを構えるラブシャワー。
そんな彼女に迫る触手を、アイラブミーとメンタルが切り裂いた。
「なんですかコレとても速い! そして重いです!」
「再生も速い……!」
二人の隙間を抜けたコックが卵に槍を突き刺す。本体への攻撃ならば、斬撃よりも突きの方が通りやすい。そう思っての事だが、コックの突き技はかすり傷にもならなかった。
「かったい! 俺には無理です!」
「諦めるのが速い!」
「妖精の加護があっても傷一つないのが見えただろ! 俺には無理!」
言って即座に引き下がり、増える触手への対処に回る。他にも触手を掻い潜って卵へ攻撃している者もいたが、皆かすり傷すら負わせられない。
メンタルは身を捻って距離を詰め、大きく振りかぶった剣を卵に叩き付けた。
巨大で悍ましい塊だが、身動きできないから攻撃の的になる。触手は煩わしいが、人数で助け合えば対処できない程ではない。
しかし、卵はとても硬かった。
メンタルの攻撃は、数センチ刀身が沈むだけ。
(――だが、傷は付けられた)
傷を付けられない騎士達と、多少なりとも傷を付けられたメンタルと魔法少女。その違いは一目瞭然だ。
妖精の加護の差だ。
他の騎士達は分家。メンタルは本家。
単純に、妖精の加護が足りないのだ。
ラブシャワーの攻撃が通ったのも、同じ理由だろう。魔法少女は妖精から直接加護を得ているから、メンタルよりも攻撃力がある。セラミック……アイラブミーも本家だが、成長途中の少女では純粋に、筋力が足りない。
つまりこの魔物は、メンタルとラブシャワーしか倒せない。
「総員メンタルとラブシャワーを援護! 二人を守れ!」
隊長も即座に気付き、指示を飛ばす。
「あの二人の攻撃しか通用しない! あれが生まれてくる前に、致命傷を与えないと」
「通用しないと言ってもどちらもかすり傷です! 卵を壊して中の魔物を倒すなら、もっと攻撃力の高い武器か作戦を練らないと……っ」
「その通りだ! 二人とも戻れ!」
迫り来る触手を切り裂きながらコックとアイラブミーが叫ぶ。隊長からの指示に、大好きアタックを繰り返していたラブシャワーは、メンタルと同時に一度下がった。触手は伸びてくるが、卵はピクリとも動かない。
「手応えは」
「一撃では無理ですわ」
「俺もだ。二人で同じ場所を狙うしかない」
「初めての共同作業……ですわね」
『実は余裕ですねィあんた……』
ポッと頬を染めるラブシャワーに、隠れていた悪徳妖精が突っ込む。
こんなときにイチャつこうとするな。
「行くぞラブシャワー!」
「はいっメンタル様!」
気合いを入れたかけ声と共に、二人が走る。
仲間達が切り開いた道を走り、襲い来る触手をくぐり抜け、身軽なラブシャワーがまず卵を斬り付けた。巨大なマサカリを手足のように操り、重い連撃を加えていく。六連撃繰り出して飛び上がり、その下をメンタルが走る。メンタルの重い攻撃が卵にヒビを入れた。
効いている。
続ければ、確実に卵は壊れる。
そう確信した瞬間、卵の内部から悲鳴が響いた。
「!?」
「メンタル様、危ない!」
ひび割れた箇所から黒い鱗粉が噴き出して、衝撃波がメンタルを襲った。
「メンタル様!」
吹っ飛ばされたメンタルは、空中でラブシャワーに抱えられる。叩き付けられる事はなかったが、そのまま地面を滑った。
「ぐう……!」
「メンタル様! しっかり……っ」
「大丈夫だ! 吹き飛ばされたが怪我はない……助かった」
そう言って立ち上がるメンタルの視線は魔物にある。
「赤子のようだが内側から攻撃してくるか……それともあの卵、母体なのか? 確かに触手で攻撃してくるし、それとも生存本能……?」
「本当に間もなく生まれるのかも知れませんわ。急いで倒さないと、卵を壊しただけでは……」
ラブシャワーがそう言った瞬間、卵のひび割れた箇所から鱗粉が漏れた。
黒い光がじわじわと集約し、卵が力強く胎動する。
「――伏せて!」
危険を感じてラブシャワーが叫んだ瞬間、黒い光が森を切り裂いた。
遅れて聞こえた轟音が、人間の鼓膜を乱暴に叩く。ほぼ同時に衝撃が身体を襲い、誰もが地面に転がった。
激しい土埃が消えた先では、黒い光が通った軌道に立っていた木々は綺麗に蒸発し、遠目に見える山に穴が空いていた。
「なんて威力……!」
不幸中の幸いか、砦の方角ではなかった。しかし人の営みは続いている。山の向こう側がどうなったのか、恐怖で内臓が冷えた。
今までの魔物のほとんどは、攻撃が物理だった。魔法を使ってくる魔物もいたが、精々火の玉や雷撃。あんな威力は持っていなかった。
初撃は砦の方向ではなかった。だが二回目は?
早く、この魔物を倒さなければ……。
焦り震える人間達の前に、毛並みをちょっとこがしたぶちゃいくな猫が顔を出した。
『アイツを倒す為に、魔法の威力をあげますかィ?』
にちゃっと笑った悪徳妖精は、唖然と消滅した木々を眺めるラブシャワーを見ていた。
『代償を増やせばお安い御用で「増やしますわ!!」
ラブシャワーは食い気味に断言した。
判断がとっても速かった。
イメージは「焼き払え!」の一撃。
そして躊躇いのないラブシャワーさん。
シリアスに近い戦闘シーンでも技名とラブシャワー呼びでシリアスになりきらない……。




