18 予想以上に壮大
気が散っていたメンタルは隊長にしっかり叱られたが、気を取り直して。
彼らはそのまま森を進んだ。
森に道はないが、見張り台から大体の地形は割れていた。大きな障害物はなく、多少廻り道もしたが、概ね予想通りの進軍だった。
というのも、彼らにも目的地がよく見えていた。
「近付けば近付くほど……息がしづらい瘴気だな」
瘴気という名の黒い鱗粉が、森の奥から漂っていたので。
「気の所為かもしれませんが、こちらに進むごとに魔物が減ってきていませんか」
「それは俺も感じていました。気の所為じゃなさそうですね」
「そうだな。魔物すら恐れる魔物が、この先にいるようだ」
周囲を警戒するアイラブミーとコックの言葉に、隊長が頷いた。
「警戒しろ。相手は近い」
「はいっ」
頷き返し、ふとラブシャワーはにちゃにちゃ笑う悪徳妖精に気付いた。
「どうしましたの? 歯に魚の骨が刺さっていますの?」
『舌で骨を取ろうと足掻いているわけじゃありやせんぜィッ!』
確かにそれをやると顔が歪むけれど。骨が挟まった訳ではない。
ただ今後の展開が楽しみで笑っていただけなのに、まさかそう言われるなんて。悪徳妖精はそんなに自分の顔が歪んでいたのだろうかと前足で顔を揉んだ。
「ごめんなさい。わたくし、歯磨きのお手伝いしていませんでしたわ。お口が気になりますのね」
『別に問題ないでさァ。コレでも妖精なんで。自力で綺麗にできまさァ』
「まあ、では魚の骨も魔法でとれますの?」
『挟まっていやせんが、まああっしくらいになれば魔法で一発でさァ』
「すごいですわねぇ」
なんで魚の骨如きでここまで褒められるのだろう。
悪徳妖精は一気に脱力した。悪徳妖精らしくニヤニヤしていただけなのに、この娘の傍はなんとなく悪性が削がれる。
「……お前、この先にいる魔物について何か知っているのか」
問いかけようにも、いつもグリンレインの傍にいて聞けなかった事だ。
「巨大な魔物の誕生時期と、魔法少女の登場時期が重なるのは、必然なのか」
魔法少女について調べて、魔法少女の誕生と巨大な魔物の関連性に気付いてから、ずっと気掛かりだった。この悪徳妖精が、自らの娯楽でグリンレインを魔法少女にしたのか、他に目的があったのか気になっていた。
横から問いかけてきたメンタルに、悪徳妖精はにちゃりと笑った。
『偶然ではねェですねィ……でもあっしがそうした訳ではねェんでさァ。世界ってのは不思議で、勝手に調整しようとしてくるんですぜェ? こっちが何をしなくても勝手にねィ……』
「世界が調整……?」
なんだか壮大なお話になってきた。
顔を顰めるメンタルと、真剣に考えるメンタルを見上げてメロメロしているラブシャワー。彼女は早々に考える事をやめてメンタルの一挙一動に注目していた。世が世ならストーカーで訴えられても仕方がないくらいしつこい視線だったが、メンタルはグリンレインに見られる事に慣れていた。
慣れていたし煩わしいと感じない鈍感さがあったので、実にお似合いの二人だった。
『そうそう。だからどっちが先とか考えても仕方がないくらいでさァ。あっしの行動だって自分の意志だったのか世界に導かれたのか、考え出したらドツボに嵌まる勢いでェ……』
にちゃにちゃ笑っていた悪徳妖精。
ぶちゃいくな猫を見下ろしていたメンタルは、自然とゆっくり視線を上げた。
ぶちゃいくな猫が、物理的に持ち上げられていたので。
『あっれェ?』
森の奥から伸びた蔓のような物が、ぶちゃいくな猫の胴体に絡み、持ち上げていた。
足が地面から離れた事に気付いたぶちゃいくな猫がきょとんと足元を見下ろす。何が起きたのか理解する前に、ひゅんっと蔓が森の奥へとぶちゃいくな猫を回収して行った。
『いやぁあああああああぁぁぁぁぁ……っっ!』
オッサンのダミ声がドップラー効果で遠のきながら森の奥へと消えていく。
「……ああ! 大変! 悪徳妖精が連れ去られてしまいましたわ!」
「……つい見送ってしまった」
「わかります。自分でなんとかするかなって思いました」
「悪徳だけど妖精だからね……すごい無防備に連れて行かれたな……?」
「なんだ知らんのか」
戸惑う若者達に、古参の騎士が装備を確認しながらいった。
「妖精は、妖精の魔法だけで魔物を倒せないんだ。だから人間と契約して、魔物を減らして貰うのだ」
「へえ、そうだったんだぁ……?」
当たり前すぎて知らなかった事実に納得したコックは、ゆっくりと森の奥を見た。
魔物が跋扈する森で、為す術もなく連れ去られたぶちゃいくな猫。
多分魔物と妖精。
つまり、あれって結構ピンチ。
「……総員、魔物が悪徳妖精を捕食している間に情報を得るぞ! 慎重に近付け!」
「隊長が思った以上に鬼畜だった!」
号令と共に駆け出す。できるだけ足音を最小限に、身を隠しながら奥へと進んだ。
魔法少女的に悪徳妖精が離脱するのは避けたいのだが、元気な悲鳴が聞こえているので多分大丈夫。
辿り着いた先で彼らが見たのは……本当に巨大な塊だった。
木の生えていない平地かと思えば、それは木をなぎ倒して存在していた。
黒い鱗粉を纏ったそれは、ぶくぶくと太った肉の塊にも見えた。所々隆起した肉の塊から生えた触手が悪徳妖精をつり上げて、妖精が必死に抵抗している。
それが間違いだとわかったのは、その中央にうっすらと、影が見えたから。
「あれは……まさか」
「嘘。子供……?」
子供の形をした何かが丸まっていた。
見た目は赤ん坊によく似ている。しかしその手足はねじ曲がり、動物の手足だった。大きな頭部には角があり、よく見れば細長い尾が生えている。
何より巨大な肉塊に包まれ、その子供は人より遙かに大きい。
その時、メンタル達が道中倒した魔物の破片が、ふらふらと塊に近付いた。
母親に抱きつく幼子のように無防備に、それが塊に触れる。それは塊に沈み、一部になった。
巨大な肉塊が、鼓動を打つ。
中の赤子が、肉塊の中で黒い鱗粉を吸い込んで成長した。
妖精が人間と共存していたのには一応理由がありました。
自分達では倒せない、魔物を倒して貰う為です。




