15 払っているのに超元気
『はぁあ~ん女ってのはどいつもこいつも人使いが荒いでさァ』
寝台で寝転びぐにゃんと身体を伸ばす悪徳妖精は、契約しているグリンレインだけでなく自称魔法少女アイラブミーのセラミックにまでこき使われて疲労困憊だった。
『確かに本人じゃなけりゃ魔法をかけられるけどねェ……まさか装備の強化をさせられるとはァ……』
妖精の加護を持つ一族なので、魔物と戦う事ができるクラッシャ家。
基本的に皆物理で戦うが、彼らが手掛けた鎧は加護を得るので、セラミックの発想は間違っていない。
だからといって、自分の限界値を超える為に悪徳妖精を脅して最大級の魔法をかけさせるなんて。
『あっしじゃなけりゃクラッシャ家の魔力で悪酔いしていやしたぜェ……うっぷ』
「悪酔いしているみたいですわ。お水はいかが?」
『水よりあの暴走娘を止めて欲しいでさァ』
椅子に座ってむいむい刺繍をしていたグリンレインは、悪徳妖精に水差しを持ち上げる。ガラスでできた水差しは、たっぷり入った水を反射してキラリと輝いていた。その輝きも目に痛くて、悪徳妖精はごめん寝する猫みたいにうつ伏せになった。
「セラミック様は遊びたいのではなく、自分が一番誇れる格好で戦いたいだけですもの。わたくしの事も認めてくれていますし、わたくしが止めるなんてそんな……」
『あんたの大好きな婚約者は毎回胃を押さえてますけどねィ……』
そう、あれから何度か魔物の襲撃があったが、セラミックは周囲の制止など聞き入れず魔法少女コスプレのままだった。
鎧を着込んでいたときよりも躍動感のある動きをするので、本当に鎧では動きづらかったのだろう。身を守る為の鎧だが、速さを追求した戦法のセラミックとは相性が悪かった。まさかの魔法少女コスプレの方が、彼女の戦法にあっていたのだ。
合っていたのだが、うら若き侯爵令嬢がビキニアーマー。
薄布で身体を覆っているので胴体の露出はないが、一番隠すべき太ももが曝け出されている絶対領域。
ぶっちゃけ露出がなければいいというわけでもなく、腹筋の筋が確認できるほどぴったり密着した布は、汗をかくと透ける。その透け具合が、露出しているより蠱惑的だと一部騎士達の間で大好評。
風紀が乱れると実兄メンタルは胃を押さえていた。
ちなみにラブシャワーの衣装は攻撃を受けると良い感じに裂けるが、汗で透ける事はなかった。いつでもきゅるりんと愛らしい仕様だ。
そんな彼女たちを見守る見張り台ではいつの間にか応援用の横断幕やメガホン、キレの合った応援ダンスなどが流行っていた。遠くから野太い声で「右から来るぞー!!」「地中に異変ありー!!」「がんばえー!!」など聞こえてくる。
ある意味的確な注意喚起ではあるが、今までにないタイプの後方支援にメンタルの戸惑いは止まらない。戦闘終了に必ず入る勝利のポーズへの拍手喝采にも付いていけない。なんだここはライヴ会場かアイドルコンサートか。見知らぬ単語が謎の説得力を持って脳裏を駆けたが、理解する前に通り過ぎていった。なんだあの謎の言語。どこから受信した。
魔法少女が騎士達の中で謎の位置に着地して士気を高めている現状に、メンタルのメンタルはどう呑み込めば良いのかわからず迷走していた。悪友であるコックはメンタルの背中を優しく叩くばかりで遠い目をしている。そんな彼の手にも魔法少女応援グッズ(謎の団扇)が握られていたので、やはり俺だけが間違っているのか……? と頭を抱えていた。
ちなみにコックのそれはセラミックによって無理矢理握らされた「愛に生きて」という自己愛を貫くアイラブミーへの応援団扇だったが、婚約者と素直におしゃべりできないメンタルのメンタルにぐっさり刺さっていた。
そう、相変わらずメンタルとグリンレインは和解できずにいた。
「真面目で実直なメンタル様……周りの士気が高まっているのは良い事だけど、気の緩みが怪我の元だと心配なのでしょうね……浮き足だって応援してくださるのは見張り台にいるときだけで、一緒に戦う騎士様達は大真面目に警戒しているので問題ありませんのに」
『その大真面目騎士も見張り当番になった途端にキレキレダンスで応援するから胃が痛いんだと思いやすぜェ?』
「メリハリって大事だと思いますわ」
ギャップは萌えなので、どんどん意外性を出して欲しい。
『ハガネの旦那が見張り台でノリノリダンス応援してきたらどう思うんでェ?』
「えっそんな、メンタル様がダンスなんて目が離せませんわ! どうしましょうわたくし、愛が溢れて魔物を一瞬で倒せる自信があります! あっその場合、応援ダンスも一瞬……? どうしましょう、目が足りませんわ! 誰か、誰か時を記録する魔法を開発してくださいませんか!?」
『相変わらずあの旦那が何しても嬉しいみたいですねィ……』
キャアキャア喜ぶグリンレインに脱力する悪徳妖精。ジト目で見上げる視線の先は、グリンレインの手にある刺繍だ。
紳士用のハンカチで、白い布に緑の糸でイニシャルが刺繍されている。ただの文字ではなく、文字と剣が融合していて全体的にオシャレだ。
セラミックの持ち物に魔法をかけるという発想からインスピレーションを受けたグリンレインが、布と糸に魔法をかけて貰ってから縫っている。
込められた願いは『メンタル様が怪我をしませんように』これだけだ。
むいむいと縫い続けるグリンレインを見ながら、悪徳妖精はよくやるなぁと寝返りを打った。ふさふさ尻尾が呆れを表わすように揺れる。
『よくもまァ、理解のない婚約者にそこまで尽くせますねィ』
婚約者から理解を得られず反対されたところで、さっさと投げ出すと思っていたのに。
ぶすっと不貞腐れたように言う悪徳妖精に、グリンレインは笑う。
「あなたと契約したのはわたくしの我が儘ですもの。それに元から、メンタル様が笑って歓迎してくださるとは思っていませんでしたわ」
『あんなに駄々こねておいてェ?』
「予想していても反対されれば悲しいですわ」
シュンとしながらも、むいむい縫う手は止まらない。
脳筋だが令嬢なので、細かい作業はお手のものだ。多少大胆な位置取りだが、面積が多ければ多いだけお守りとしての効果はありそうだ。普段使いとしては使いにくいだろうけれど、持ち歩いてくれればそれで。
出来映えを予想して満足そうなグリンレイン。婚約者と和解できていないというのに、好意に陰りは見られない。
なんでかなぁと、悪徳妖精はつまらなそうに嘆息した。
どれだけ代償を支払っても、この少女に変化は見られない。
結構あくどい代償を選択したつもりなのに、本当になんでだろう。
(今までなら、数回変身して廃人になっていたんですけどねィ)
代償が重くなければ、巨大な魔物を吹き飛ばす魔法など使えない。
きちんと代償を支払っているはずなのに、ピンピンしているグリンレインは、悪徳妖精からしてみれば異常だった。
(人間って、怖ァ)
みょんみょんと尻尾を動かして、悪徳妖精は出ない答えに気持ち悪そうに身を捩った。
(でもまァそれも、ここまででしょうねィ)
悪徳妖精は妖精なので、視認しなくてもわかる事がある。
たとえば世界に満ちる魔法の濃度とか、瘴気の流れる位置だとか、魔物の強さとか。
どでかい魔物がこちらに近付いてくる気配とか。
目にしなくても、肌で感じるので、わかるのだ。
(流石にあれと戦って、正気でいられる訳がねェ)
悪徳妖精はにちゃりと笑い、ご機嫌に尻尾を揺らした。
やられ役みたいですが、ちゃんと悪徳妖精しているぶちゃいくな猫。
でもお気に入りはグリンレインのお膝。




