11 幼女だろうと女は女
幸いな事に事件は伯爵家のホールで起きたので、目撃者はプラナー伯爵家の人間と送り届けたクラッシャ侯爵家の使用人のみ。令嬢最速の求婚は外に漏れる事がなかった。
幼かろうと家の名前を背負う令嬢が不用意に令息に口付けてはならない。グリンレインは母から叱責を受けたが、幼心だろうと本気も本気だった。ひっくり返った伯爵がそのまま侯爵家の方々に平謝りに出掛けたが、絶対メンタルのお嫁さんになりたかった。
ちなみに話を聞いた侯爵は真っ赤になったメンタルを見て久しぶりに笑ったらしい。子供のする事だから気にするなと寛大な心でグリンレインの最速求婚事件は沈静化した。
というのも、誰もがグリンレインの失恋を予期していたからだ。
何故ならメンタルはクラッシャ侯爵家の長男。しかも本家の嫡男。
クラッシャ家の特殊な血筋を守る為、本家の男児は分家から女児を娶るのが慣習だった。
遠すぎず、近すぎない。クラッシャ家の加護を守る為、メンタルの伴侶候補は沢山いたのだ。
だから、グリンレインの行動は可愛い初恋の暴走。叶わぬ恋だと誰もがわかっていたから、可愛いモノだと許された。
しかし幼女だろうと、女は恋に一直線。
グリンレインの猛攻は始まったばかりだった。
「まじゅは、お互いの事を知らないとでしゅわ!」
という事で、グリンレインは一生懸命お手紙を書いた。
ラブレター作戦だった。
何度も推敲を繰り返し、納得いく便箋と封筒を厳選し、丁寧に丁寧に心を込めて書いた。
グリンレインの年齢から、手紙を送る場合は代筆も許されていたが、グリンレインは手を真っ黒にしながら何度も書き直した。
拙い文字で、可愛らしい幼女全開で、とても真っ直ぐに大好きを主張したお手紙を送った。
そして手紙を受け取るメンタルは、とても真面目だった。
とっても素直に好意を伝えてくる女の子からの手紙を無碍にできなかった。
ので、二人の可愛らしい文通が始まるのは当然の流れだった。
となると自然と増えるお互いの知識。高くなる理解度。積み重なる経験値。
二人はとても静かに、しかし確実に、交流を深めていた。
グリンレインの計画通り。
そして子供達の集まりの度に、グリンレインはメンタルへ突撃した。
仔犬のようにコロコロ駆け寄っては挨拶をして、けれどしつこくならないよう離れていく。
ごろにゃんと懐き倒したい気持ちをグッと我慢して、けれど確実に好意を伝え続けた。グリンレインは好意を隠さなかった。だって五歳だから。
一連の流れを、周囲は微笑ましく見守っていた。
グリンレインがいくら頑張っても、慣習からクラッシャ家長男の婚約者にはなれない。メンタルに婚約者が出来るまでの間、期間限定の許されたアプローチタイムを微笑ましく見守っていた。
そんなグリンレインを眺め続ける、草木の影に隠れたぶちゃいくな猫。
猫は、元気に頑張るグリンレインをじっと眺めていた。
一方困ったのはメンタルだ。
だって普通に可愛いのだ。
年下の可愛い女の子が、好き好きと全力で訴えてくる。
送られてくる手紙の文字も、回数を重ねるごとに上手になっていく。小さな子供の努力の成果が目に見えて、メンタルは胸を擽られる思いだった。
自分がいずれ分家の令嬢と婚約するのは知っていたが、メンタルの母は騎士の妻として耐えられず心を病んでしまった。それもあってメンタルは将来の伴侶に対して肯定的な未来を描けなかった。
描けなかったのだが。
可愛い笑顔で好意を主張するグリンレインは、すっかりメンタルにとって平和の象徴だった。
出会いが平和からかけ離れていたのは、すっかり忘れている。
失恋確定だからこそ見守られていたグリンレインのアピールは数年続き……。
グリンレイン十二歳。メンタル十四歳の時に、それは起こった。
「七年も諦めずアピールを続けるプラナー伯爵令嬢が報われないなどあって良いと思いまして!?」
「侯爵家と伯爵家で大きな身分差もないと言うのに!?」
「訓練漬けのメンタル様の表情が緩むのはプラナー伯爵令嬢からの手紙が届いたときでしてよ!?」
「パーティーで挨拶に飛んでくるプラナー伯爵令嬢を認めた時のメンタル様のご様子をご覧になって!? 好きすぎて溢れていますわよ!? お花が!!」
「むしろこのまま他の令嬢が選ばれてもこの悲劇に耐えられます!? 見るからに相思相愛の二人を引き裂く悪役令嬢になど誰もなりたくありませんわ!!」
「それはそれでクラッシャ家本家存続の危機でしてよ!!」
「クラッシャ侯爵家の血筋問題ですが調査の結果、本家にも他所から嫁いだ前例がありましたわ! 全く無理という話ではありません!! きましたわコレ!!!!」
「前例があるのならば押せばいけますわ血筋は大事ですが今大事なのは戦い続ける為に必要な熱意でしてよ!!」
「幸い幼い頃からのアピールを見守り続けてきたので頭の硬いオジサマ方も孫を見る目付きですわ! 押せ押せでもプラナー伯爵令嬢が礼儀を守り続けた事もあって赤の他人ですのに気分は孫!!」
「いけますわこれいけるのではなくていけないなどありえませんわ!!」
「頭の硬い大人はわたくしたちも説得しますので! 是非メンタル様のお嫁になってください!!」
「まあ――――!」
分家令嬢達からの懇願に、十二歳のグリンレインは歓喜の悲鳴を上げた。
グリンレイン、根性と執念の勝利である。
慣習以外の障害がなかった。
そして前例もあった。
悲劇が見えるし巻き込まれるかも知れない令嬢達が動いた。
巻き込まれたくないでござる!!




