Chapter : 11 One steps, Two LEAVE
「おはよっ。一人くん」
「……ああ。おはよう」
窓から流れる清涼な空気は、旅立ちの朝にふさわしい。起こした二葉の前で、手早く制服に着替えた。胸元に手を置く。質感がなかった。……銃が、ない。
「探し物は、これかな?」
笑顔の二葉が、片手で銃をくるくるしていた。臓器が口から出そうになる。もちろん、未知。
「ふふふ。男はタンジュン。必殺、ハニィートラァップ!」
「ね、寝込みを襲うなんて、卑怯だぞ! 大事なものなんだ、返してくれないか」
「……あたしの、心。返してほしい?」
呼吸が出来なかった。なぜ?
「今とか結構漏れてるよ。昨日の夜とかもね。……あと、蓮くんの、お芝居のとき。あの時にね、全部全部、わかっちゃった。……ずっと聞いてなかったからかなぁ。今まで考えてたこととか、見てきたこととか、レイちゃんのこととか。その時ね、流れ込んできたの。だからね」
能力、進化。このタイミングで? どうして、どうして……そんな。
「一人くん。あたしには、なーんでも、お見通しなんだよ?」
見破られてはいけなかった。……ああ。
「一人くん。……好き、だよ」
「……やめろ」
「好き」
「やめろっ!」
「やめるもんかっ! 好きだ! ずっとずっと、好きだったんだっ!」
待って待って、待ち続けた女の子は、ついに吠えた。
「このばかっ! あたしのことを散々待たせて、用が済んだらどっか行くのか! 酷いよっ! あたし、頑張った! 頑張ったんだ! だから、だから……。ちょっとくらい、報われたっていいじゃんかぁっ! あんたなんか、あんたなんか大好きだ! ばかぁっ!」
やめろ、と言葉にならない。俺は、受け止めねばならない。
「痛いか? 痛いだろっ! でも嫌ってなんかやるもんか! それがあたしの復讐だ! 苦しめ……、もっと泣け! 心に、苦しめ! あたしが育てた、愛をくらえっ!」
泣きじゃくって、愛を示す。二葉には、わかっている。俺が一番望むことが、わかっている。
「ずるい……ずるい! あたしが一番嬉しいの、あんたが自分で、何かしたいって、思うことだって……。知ってて、今日まで撃たなかったなっ! あたしに、あんたが止められないって知ってて! 全部仕組んだ! 便利な目覚ましがないと、起きられないからっ! ……っ、みんなが、普通になりたいって、思ってるの、知ってるから……あたしが、止められないって……知ってて……。う、うう――」
二葉は、崩れ落ちた。誰より他人の願いに共感してしまう、優しい二葉。
俺は、金の弾丸をレイに使う。勝手にオルギアを止めて、月の契約を反故にする。
そして奴が手痛い目にあった瞬間、もし共犯者の片割れが傍にいたら?
「……ごめ、ん。二葉。俺、人に、戻ってきたから。……だからもう、見たくないんだ。二葉が、ウィッチになるなんて、もう、嫌なんだ。普通に、生きて欲しいんだ。……自分を助けてくれた人を、助け返してあげたいって、そう思っちゃったんだよぉっ……」
泣いても、泣いても、心は枯れない。痛みは、人である証。
「ごめんな、二葉……。人に、戻って、ごめんなぁっ……」
二人で、抱きしめ合う。祈ることしかできない。どうか、と。
どうか、呪縛から解き放たれた後のこの子の人生に、幸せが芽吹いてくれますようにと。
「……ねぇー。このポーズ、なんかえっちくない?」
着ている服の上下を両手でずらして、へその辺りをさらけ出し、赤くなって二葉は言った。
「昨夜、部屋に乗り込んできた女の台詞とは思えないね」
「それとこれとは別っ! 乙女心は、欧州情勢より複雑怪奇なもんなのさっ」
泣いて、でも最後には。俺たちらしい終わりだなと、そう思う。「……ね、一人くん」
「あたし、待ってるね。それがあたしの仕事なの。……あんた、あたしが育てた、強くてかっこいー男だからさ。……だから、絶対戻ってこれるよ。それまで、あたし、また待ってる!」
せっかく出た色気を、人懐っこい忠犬のような笑みで、台無しにした。
「……やっぱり君には、敵わないなあ」
「よし、約束! 早く無職にしてね? ……そーれーとーもー」
その続きは、言わなくてもわかった。言葉がなくても通じ合える、二人の特別。
「じゃあね、一人くん。――いってらっしゃい」
引き金を絞る、その時まで。ずっと二葉は笑顔だった。最後まで俺のことだった。
淹れてある、俺を一番最初に世に呼び戻した、一番大好きなものを飲む。
「……ああ。苦いなぁ」
小さくて、けど、俺にとっては何より大きな一杯だった。




