Chapter : 12 好きは無邪気な君の協奏
音楽室でピアノを弾き、彼女を待った。
やがて、時間。三柑が部屋に入って来た。嬉々として隣に座り、尻をぶつけられる。
空けろということらしい。苦笑をして、二人で連弾を続けた。
「センパイ、上手いなー。マジでへこむっす。一体、いつ誰に教わったんですか?」
「君だよ。頭に、いつも君がいた。……でも、いつまで経っても難しいね、これ」
でしょー? と、三柑はけらけら笑った。……さあ、一番の矛盾を突かないとな。
「なあ、三柑。……音楽、本当に嫌いなの?」
「………………わかんない、です」
ぴたり、と手が止まる。俺も手を止めて、鍵盤をじっと見つめる三柑を見た。
「酷いこと、されてばっかりだったんです。いい思い出なんて、全然ないんですよ。ピアノに。これのせいで、他に何もできなくて、叩かれて……。演奏会なんて、もう怖くて怖くて。人に聞かれるの、今でもすごく、イヤです。だから、嫌って、当然なんです。……でも」
きゅっと、三柑は両手でスカートの裾を握った。
「でも、気付いたら弾いちゃうんです。なんでか、弾いちゃうんですよ。嫌で嫌で仕方ないはずで、こんなのなんにもならないって、わかってるのに。どうしても、辞められない。……弾いてる時だけ、自分は真っ白になるんです。その時だけ、自分は好かれたいとか、嫌われたくないとか、そういう嫌いな自分を忘れられるんです。……それでね、センパイ」
握った手を、俺の片手の上に乗せてきて、言った。
「そんな、真っ白な自分を……、たまに、誰かが、好きだって言ってくれることがあって。それを聞くと、もう、言葉がないんです。どうしていいか、わからないくらい。同じように、嫌われたら、死んでも死に足りないくらいへこみます。……そんな、ごちゃごちゃした、得体のしれないものを。……好きか嫌いかなんかじゃ、言えないです。自分は」
ぽんぽん、と鍵盤を鳴らない程度に小さく叩いて、三柑は苦笑いした。
それは、俺を見て二葉や六花がたまに笑う仕草と、そっくりだった。
「これは、自分の一部です。……全く、どうしてこうなっちゃいましたかねー」
この子はこの先も、度々転んで泣くだろう。けれど、最後には必ずひとりで立ち上がる。
大丈夫。そういう確証がある。そういう笑い方をする子を、たくさん見てきた。
「そうか。……さて、三柑に悲しいニュースと嬉しいニュースがあるんだ」
「……悲しい方は聞かないっての、ナシですか?」「じゃ悲しい方から」「鬼ぃ!」
猫に引っ掻かれるように、手の甲をつねられる。なのに、胸の方が痛んだ。
「俺、島から脱走することにした。未来から指令が来てね。外で、やることができた」
「……ぇ?」
ぎゅっと、縋るようにそのまま手を掴まれる。けど、掴み返さない。
捨てるなら、飼ってはいけない。たとえどれだけ懐かれても。
「ごめんね。もう決定事項なんだ。どのみち首謀者として派手なことをした。しばらく、外でほとぼりを覚まさないとね。……あ、俺以外の証拠は全部消してる。心配しないで」
「……そんな……そんな、ことは……じぶんの、ことなんて、いいから!」
その言葉に、どれほどの価値があるか。君は自分で、気付いているか?
「いつ! いつ帰ってくるんですか! やだ! イヤです! ひとりにしないで!」
「……いつになるかは、わからないなぁ。でも、外にはいるんだ。外界にね。だからさ」
ふかふかの三柑の黒帽子を、ぽんぽんと撫でた。ばいばい、の代わりに。
「もし、三柑のルナティックが治ったら。君も外においで。……君のピアノ、大好きなんだ。君が外でピアノを弾いて、大きくなれば、いつかどこかで俺は聞く。必ずね」
「……そんな。できません、自分には。……ありえません」
「約束、してみないか。……守ろうって、頑張るんだ。強くなろうよ。六花みたいに」
三柑は、その言葉に弱いよな。大好きだもんな、六花が。俺のようには、寄れないけどさ。
「……わかり、ました。もし、そんな奇跡が、起きたらですよ!」
小さな小指と、指切りした。こんな小さな指が、いつも俺の心を痺れさせていた。
「じゃあ、嬉しいニュースだ。……これ、未来のことだ。信じてくれる?」
「今更です。全部、当たってるから信じますよーだ」
「うん。じゃあ、教える。未来では、ルナティックの研究が進む。それで、明らかになった。マイナスには、三柑のギフトが効かない。つまり俺は、純粋に君のピアノを好きになった」
「……うそ。センパイ、……やめてくださいよぉ。ぐにゃぐにゃに、なりますよぉ」
「そして最後。これも、本当」
に、なるかどうか。それは、君次第。
「君は将来、身長が伸びて、胸も大きくなって、もっとピアノが上手になる。幼さは消えて、優しく強い、立派な大人の女になるんだよ。確実だ。……だから、頑張れ」
勇気をあげると言って、俺は三柑に目を瞑らせた。その顔を、記憶に焼き付ける。
「あは。ご褒美の、ちゅーですか?」
「似たようなものかな。……お守り、音楽器に入れたから。辛くなったら、聞いてくれ」
最後は熱狂的ファンが、額に銃を向けるのか。……皮肉だよなあ。
「……最後に。一個だけ聞いてもいいかな、三柑?」
「……何ですか?」
勇気の確認。そして俺にも、最後まで頑張る勇気をください。
「俺のこと、好きかい?」
三柑は目を瞑ったまま、笑って言った。
「だいすき」
それが今生の後輩の、最後の言葉になった。




