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09. 前兆

毎日投稿頑張りますので、どうかお付き合いをお願いしますm(_ _)m

 試し依頼から数日が経ち、僕らの生活はすっかり四人分のリズムに馴染んでいた。朝は宿の1階の食堂で顔を合わせ、ギルドで依頼を選び、日が傾く頃には酒場で今日の反省会をする。地味だけれど、着実に積み上がっていく実感のある毎日だった。


 輝度の変動はまだない。それでも、剣を構える姿や太刀筋、仲間との呼吸の合わせ方は、少しずつ様になってきている気がする。誰に褒められるわけでもない、小さな手応えだ。


 依頼の合間、カイルとの拳を合わせる習慣も、すっかり板についてきた。こつん、という音がするたびに、何とも言えない充足感があった。


 朝の食堂で顔を合わせるたび、誰からともなく今日の予定を話し合う。それだけのやり取りが、いつの間にか当たり前になっていた。一人だった頃には、朝起きて誰かと言葉を交わす相手すらいなかったことを思うと、この変化はやはり不思議だった。


「よし、今日は何にする?」


 ギルドの掲示板の前で、ルミナがしばらく依頼票を見比べていたが、やがて一枚を指差した。街道沿いを行く商団の護衛、討伐推奨は7等星以上。


「7等星以上って、僕らで受けていいの? 僕らは8等星だけど」


 僕が尋ねると、カイルが答えた。


「4人フルパーティなら、一つ上のランクまで受けられるって決まりがあるんだよ」


「へえ……」


 カイルはそう言って、豪快に笑った。特に変わったところのない、いつも通りの依頼のはずだった。


「また護衛か。最近多いな」


 カイルが欠伸交じりにそう言うと、受付の奥からレティシアが顔を出した。


「多いのには、理由がありますよ」


 彼女は帳簿を片手に、僕らの方へ歩いてくる。


「最近、討伐推奨輝度を超える魔獣の目撃報告が増えているんです。街道沿いだけじゃなく、森の浅い場所でも」


「格上の魔獣が、浅い場所まで下りてきてるってことか?」


 カイルが眉を寄せる。レティシアは小さく頷いた。


「原因は分かっていません。縄張り争いか、何か別の要因があるのか。ギルドとしても、警戒レベルを一段階上げているところです。皆さんも、単独行動は控えてくださいね」


「わ、私も、噂は聞きました……その、いつもより、森の奥が、静かすぎるって」


 シエルがおずおずと口を挟む。静かすぎる、という言葉に、僕は思わずあの夜――クリムゾンベアと遭遇した日のことを思い出した。あの日も、いつもより奥まで進んでしまった。


「あんまり気にしすぎるのもよくないけどね」


 ルミナは軽い調子でそう言ったが、その目には、いつもの茶目っ気とは違う色が映っている。


「まあ、噂なんてどこにでも転がってるもんだ。気にしすぎたらキリがねえよ」


 カイルがそう言って、依頼票をひらひらと振る。その言葉に、張り詰めかけていた空気が、少しだけ緩んだ。


 それでも、レティシアの言葉は、頭の片隅にずっと引っかかっていた。単独行動は控えるように、という注意は、これまでも何度か聞いたことがある。だが、今回の言い方には、いつもより一段、重みがあった気がした。


「よし、行くか!」




 カイルの一声で、僕らは依頼票を受付に提出し、指定された商団の集合場所へ向かった。荷馬車が三台、思ったよりも小さな商団だった。


 依頼主である商人は、四人の姿を見ると、ほっとしたように表情を緩めた。


「駆け出しパーティさんだって聞いてたけど、ちゃんと四人揃ってるんだな。助かるよ」


「精一杯、務めさせていただきます」


「頼りにしてるよ、兄ちゃん」


 商人はそう言うと、御者台に乗り込み、出発の合図を出した。荷馬車がゆっくりと動き出す。


 隣街まで商団に同行し、荷を届けた後、そのまま同じ商団を連れてルクスガルドへ戻る。往復ともに護衛が必要な、よくある依頼だった。


 行きの道中、依頼主である商人が、御者台からふと世間話のように口を開いた。


「最近、この街道もぶっそうでねぇ。うちみたいな小さい商会は、護衛雇うだけで利益が飛んじまう」


「そんなに危ないんですか?」


「危ない、っつうか……何かがおかしい、って感じだな。獣も、いつもと違う動き方をする。おかげで護衛を受けてくれるパーティもどんどん減っちまってよ。あんたらみたいな駆け出しパーティが引き受けてくれて、正直助かってるんだ」


 商人はそう言って、肩をすくめた。それ以上は、彼にも分からないようだった。


 道中は特に何事もなく進んだ。荷馬車の車輪の音、商人との他愛のない世間話。平和な時間が続くほどに、さっきレティシアが口にした「警戒レベル」という言葉が、かえって現実味のないものに感じられた。


「わ、私、念のため、少し索敵してみます」


 シエルがおずおずと申し出た。その言葉に、みんなが頷く。杖から広がった淡い光は、特に何も拾わないまま消えていった。


「何も、いません。今のところは」


「なら安心だね」


 ルミナが軽く笑ったが、シエルの表情は、どこか浮かない色を残していた。何かを気にしているような、そんな横顔だった。




 隣街に着き、荷を無事に届け終えると、商人は何度も礼を言って、少し遅めの昼食までご馳走してくれた。宿場町の食堂で、四人揃って温かい料理を囲む。


「駆け出しにしちゃ、随分息が合ってるじゃないか」


 商人が感心したようにそう言うと、カイルが得意げに胸を張った。


「そりゃ、俺たちの自慢の連携だからな」


「わ、私は……その、まだまだ、ですけど」


「十分だよ、シエル」


 僕がそう言うと、シエルは照れたように俯いた。


「帰りも、しっかり頼むよ」


「はい。お任せください」


 僕らはそう答えて、帰路につく準備を始めた。朝早くに出発し、昼過ぎには隣街に着いていたから、まだ日没にはずいぶん余裕がある。行きの道中は平穏そのものだった。この調子なら、ルクスガルドに着く頃には、ちょうど日が沈みきる直前――そんな行程になるはずだ。

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